第二章 『港町の事件』1

第二章『港町の事件』


 1


「──おはようラミ、ほら起きて。とてもいい朝なんだよ?」

「あ……ん。何、が……」

 青年の意識を揺り動かすこえが、微睡まどろみから覚醒へと彼を誘った。

 ひとみにじんでいる──そんなことをまず最初に自覚して、目を拭ったラミの視界。そこへ最初に映ったものは、見慣れているようで新鮮なおさなみの少女の笑顔。

「…………」

 会わなかった間、一度だって忘れることのなかった顔。

 けれど知らないうちに、幼馴染みは女性的な美しさを増していた。

 真正面からのぞむと、少しばかり照れてしまう。まして至近距離まで近づかれては、寝起きの心臓がいきなり乱れるのを防ぐことなどできなかった。

「……エイネ、か。……おはよう」

「うん。それよりほら早く、起きてよラミ。さっそく街をに行こう!」

 エイネは、どうやら朝から気分がいい。

 それだけ海辺の都に訪れる日を、楽しみにしていたのだろう。ラミもそれは同じだが、しかし眠っていた自分を馬乗りになって起こすほどとは想像していなかった。

「……どしたの、ラミ? もしかしてけてる?」

 うるさいほど高鳴る心臓の鼓動を、必死で隠す青年の奮闘。

 少女には、どうやら伝わっていない模様だ。隠しおおせたことを喜べばいいのか、何も気にされていないことを悲しめばいいのか。年頃の男としては微妙だった。

「いや、寝惚けてないよ。起きるから、まずはオレの上からどいてくれ」

 しばしの時間があってから、落ち着きを装ってラミは告げる。

 よくあったことだ。何度となく同じ部屋で眠ったし、あるいは同じベッドだったこともある。今さらどぎまぎするような理由は、どこを探してもないはずだった。だから昨日も特に迷わず、宿賃をひと部屋分で抑えたのだが。

「私はもう着替えも済んでるし、先に下に行って待ってるよ。まず朝食だよね」

 エイネは言う。

 宿の一階は食堂で、宿泊者はそこで食事をする。

「やっぱり海の幸は鮮度が命。聖都の食事は確かに凝ってたけど、こればっかりは産地で直接食べるのに勝るものがないもんね。ね、ラミもそう思うでしょ?」

 まあ、地方の名産品を食べることも旅のだいではあろうが。

「……いったい何時から起きてたんだ?」

 たずねるラミ。エイネのテンションがここまで高いのも珍しく思えた。

「む……いいじゃないかっ。楽しみにしてたんだよ!」

 少し恥じらいながら唇をとがらせるエイネに、ラミは苦笑した。

 まあ気持ちはわかる。ラミの場合、修行で野外にいることが多く、まともな食事にありつける機会が少なかった──という意味だが。食への欲求では同じだろう。

「なるほど。いつの間にか食いしん坊になってたとはな。食べすぎて太るなよ?」

「そ、そんないじわる言うことないじゃんかあ……」

「はははっ!」

 からかうラミ。恥ずかしがっているエイネは貴重なのだ、たまには反撃もしたい。

 とはいえ。エイネも言われっ放しで黙っているような少女ではなく。

「て、いうか。──別に、早起きした理由はそれだけじゃないんだけどー?」

「うん?」

「私も、これでも一応、女の子なんですけど。身支度とかいろいろあるんですけど」

「…………」

「まったく、ラミ。山奥に引き籠もってたせいで、デリカシー育ってないんじゃない?」

 当然と言えば当然なエイネの言葉に、ラミは絶句して目を見開く。

 エイネはあきれとともにやれやれと首を振ったが、それでも笑みを取り戻すと、

「──ま。早起きして、かわいいトコ見せた甲斐かいはあったかな。どきどきしてたでしょ、ラミ。さっき顔、真っ赤になってたよ?」

 それだけを言い放って、返事も待たずに部屋を出ていく。

 あとに残された初心うぶな青年は、何も言えずに自分のほおへ手をやって。

「…………」

 道理で顔が熱かった、と今さらのように自覚した。

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