対峙の十日目-2


 校庭にはエルバート、マリアを前にメイド、赤崎先輩、そして沖之島先生が僕たちを待ち構えていた。だが、沖之島先生は赤崎先輩たちからは少し離れており、どこか部外者的な感じがする。

 赤崎先輩は家から持ってきたのだろうか高そうな椅子に腰かけ、紅茶を啜っていた。周りにはストーブも設置されており、この寒空の下でもそれほど寒そうには思えなかった。


「時間通りの到着ね。一分でも過ぎたら家の方にお邪魔しようと思ってたのだけどその必要はなくなったわね」


 やはり来ておいて正解だった。赤崎先輩は「お邪魔しよう」と軽い感じに言っているが、顔を見る限り「襲撃をしよう」と変換した方が正しいだろう。

 赤崎先輩は椅子から立ち上がるとメイドに命令してテーブルと椅子を片付けさせる。流石に今から戦うのに家具は邪魔だと判断したらしい。


「私たちを呼び出したって事は私たちが持っているレガリアの数を知ってるんですよね? 先輩たちは何個持っているか教えてもらっても?」


 針生の問いかけに赤崎先輩は隠す事なく答える。それは自信の表れだろうか。


「私たちも貴方たちと同じ数のレガリアを持っているわ。本当はもう一人の使徒アパスルにも来て欲しかったんだけど居場所がなかなかつかめないのよね」


 僕たちと同じ数と言う事は四つと言う事になる。シルヴェーヌがマリアに後ろから殺され、レガリアを奪われたのを見ているので、もう一つはエルバートがアンドロイド族の女性を倒して奪ったのだろう。

 これでアンが他の使徒アパスルと組んでいるという可能性はなくなった。アルテアであれヴァルハラであれこの戦いに勝てさえすればアンを倒して全部のレガリアを手にする事も可能だ。この戦いに勝てさえすれば……。

 エルバートの性格――と言うほどエルバートの事を知らないのだが、以前、エルバートはアルテアと戦って赤崎先輩に無理やり止められた事を考えるとアルテアの相手はエルバートになるだろう。

 だが、エルバートがマリアを呼び寄せると立っていた位置を変え、ヴァルハラの前に立ち位置を変えた。


「俺様の相手はお前だ。ユーゴ!」


 エルバートがヴァルハラに向けて行った言葉に僕はおろかアルテアまでも一緒にヴァルハラの方を向いた。今、エルバートは何と言った? ユーゴだと?

 優吾と言うのは僕の父さんの名前だ。偶然の一致……かもしれないが、それにしてはここで出てくる名前としては違和感がある。


「チャッピー……。貴方はチャッピーなのですか……?」


 震える声でアルテアがヴァルハラに問いかけるがヴァルハラは毅然とした態度で答える。


「私はヴァルハラであって、チャッピーやユーゴと言う者ではない」


 どこまでヴァルハラの言葉を信じて良いのか分からない。エルバートとアルテアが連携して父さんだと示唆してくるとは思えないし。

 仮にヴァルハラが父さんだとしたらどういう事だ? 父さんは僕を事故から守った影響で死んでしまった。そして異世界に転生してチャッピーとして一緒に暮らす。その後エルバートと知り合ってレガリア争奪戦に参加してこちらの世界に戻ってきた。

 ヤバイ。なんか話の辻褄が合うような気がする。後は本当にヴァルハラが父さんなのかどうかだが、ヴァルハラが仮面を着けているため確信が持てない。


「良く言うぜ。チームを組んで長年一緒にやって来たんだ。仮面を着けていてもその魔力を俺様が間違える訳がねぇ」


「……」


 ヴァルハラは肯定も否定もしない。


「ヴァルハラ。その仮面を取りなさい。言う事が聞けないなら強制命令権インペリウムを使ってでも取らせるわよ」


 僕としてもヴァルハラが本当は誰なのか知りたいのでその提案は有難いが、こんな所で強制命令権インペリウムを使って勝てなかったら目も当てられなくなってしまう。


「君は本気で言っているのか? こんなくだらない事で強制命令権インペリウムを使うなんて正気じゃないぞ」


「本気よ。これは私が知りたいだけじゃなく紡やアルテアにも関わってくる事ですもの」


 針生とヴァルハラの視線が交差する。ヴァルハラは仮面を着けているのでどういう表情で針生を見ているか分からないが、顔はしっかりと針生の方を向いている。


「……」


「……」


「……仮面を取る事はできない」


 何時まで続くのか心配した沈黙だが、ヴァルハラは仮面を取るのを拒否した。針生は宣言通り強制命令権インペリウムを使うために精神を集中し始めるが、ヴァルハラが言葉を続ける。


「この仮面は私の意思で自由に着けたり外したりできるような物ではないのだ」


「ほう。ホムンクルス族に伝わる『懲罰の仮面』か。珍しい物を着けているんだな」


 どうやらエルバートは仮面の事を知っているようだ。名前からして穏やかな感じではないのだが。


「知っているのか。そうだ、これは『懲罰の仮面』と言って今回で言うと私が前の世界に戻るまで外す事ができない」


 それで仮面をずっと着けていたのか。と言うかヴァルハラは父さんで、チャッピーでエルバートの元仲間と言う事で良いのだろうか?


「そう言う事になる。できれば正体はバレずにこの戦いを終えたかったのだがもう隠している必要もないだろう。紡、大きくなったな。私が死んでから苦労を掛けたと思うが母さんをしっかり守ってくれたようだな」


 今まで仮面で声が籠っている感じがしたので分からなかったが、父さんと思って聞くとその声は僕の知っている父さんの声に聞こえてくる。電話で最初は誰か分からないけど認識するとその人物の声に聞こえてくるのと同じだ。

 それにしても死んだ父さんが異世界で生きていてもう一度会えるとは思ってもなかった。本当ならここで僕が父さんに抱き着いて感動の再開と言うのが美しいのだろうが、驚きを通り越して混乱している僕は動く事ができなかった。


「アルテア、約束通り帰って来た。私の息子はどうだ? 中々良い男だろ」


「えぇ、流石チャッピーの息子さんです。思っていた以上に素敵な男性でした」


 そう言われるとちょっと照れる。場所がこんな所では無かったら僕の家にアルテアが結婚の挨拶に来たみたいじゃないか。


「おい! もうそろそろ感動の再開は終わってくれないか。後ろで待っているお嬢様が何をしでかすか分からん」


 赤崎先輩の方を見ると片付けたはずの椅子に再び座り、貧乏ゆすりをしてこちらの話が終わるのを待っている。その表情は明らかに苛ついており、確かにエルバートの言うように何時までも父さんとの再会で話を続けていたら何をしてくるか分からない状態だ。


「私は何時までも感動の再開をして貰っても構わないわよ。私はね」


 赤崎先輩の言葉に反応してメイドの二人が前に出る。赤崎先輩の態度次第で何も言わずとも襲ってくるだろう。


「これ以上離す必要もないし、それではそろそろ始めるか。以前、パーティーを組んでいたお前と戦うなんて不思議な気分だがな」


「ふん、俺は前からお前と戦いたかったんだが、その機会がなかったんだよ。あんなことがあってパーティーがバラバラになってやっと機会が回って来たってとこだ」


 父さんは異世界に転生してエルバートとパーティーを組んでいたというのはアルテアの所から旅に出た後の話だろう。だからアルテアもエルバートと父さんが知り合いだったとは知らず最初にエルバートと戦ってもヴァルハラが父さんだとは思わなかったのだろう。

 父さんとエルバートとの戦闘が開始された。父さんは拳銃を。エルバートは鉈を握り凄まじい攻防を繰り返している。僕の知っている父さんはあんなにも強い印象はなかったのだが、異世界に行った影響で強くなったのだろうか。

 そう言えば僕がシェーラの毒にやられた時に父さんは魔法を使っていた。転生すると何らかのボーナス的な物が貰えるのかもしれない。


「あー。やっと始まったの? 何時まで経っても始まらないから寝ちゃってたよ」


 立っているだけで寒さを感じる中、冷たい校庭に寝そべっていたマリアが起き上がった。どうもマリアは僕たちの会話に興味がなく本当に寝て居たようだ。目をこすりながら起きてくる姿は小学校低学年の少女そのものだ。


「私の方は何時でも大丈夫です。ヴァルハラたちの戦いが終わらない内に始めてしまいましょう」


 アルテアも気持ちを切り替えたのか日本刀を取り出して構えている。その姿を見てマリアもやっと頭がさえてきたのかおろし金の大きくしたような物を武器として取り出した。

 マリアの身長とほとんど変わらないほどの武器は日本刀のように斬り殺すという感じではなく、叩き潰したりギザギザの大きな刃の所で肉をすりおろしたりするみたいだ。


「いっくよー」


 肩に担いだおろし金を振りかぶってアルテアの所に突進してくる。アルテアもそれに応戦し、マリアのに向かって行くと中央で金属の交わる音が校庭に響いた。

 二組の戦いが始まった事で僕たちも自分の出来る事をやる事にする。当初の作戦通り赤崎先輩を人質にとれればいいが、やはり赤崎先輩の近くには二人のメイドが周りを警戒している。

 一人のメイドが周囲を警戒すれば、もう一人の方は僕たちの方を警戒すると言う全く隙のない警戒の仕方だ。これでは鷹木が居たとしても近づくのはかなり難しかっただろう。


「どうするの? こっちの動きは完全に警戒されている感じよ」


 どうすると言われてもあれだけ警戒されていると動きたくても動けない。少しでも怪しい動きをすれば確実に警戒されるからだ。

 だが、赤崎先輩の周囲がどうもおかしい。メイドは相変わらず僕たちや周囲を警戒しているのだが、それと同時に赤崎先輩と何やら話をしているようだ。

 暫くするとメイドたちは赤崎先輩から離れアルテアたちが戦っている所に一人、父さんが戦っている所に一人と戦いに加わった。

 ただの人間が使徒アパスルの戦いに参加しても足手まといになるだけだと思ったのだが、メイドは何の違和感もなく戦いについて行っている。


「ねぇ、私たちはどうするの? メイドが居なくなって一人になった赤崎先輩を襲うか、戦いに参加して二対一の不利な状況を覆すか」


 今は赤崎先輩は一人だ。この隙を突いて赤崎先輩に近づけば何とか出来るかもしれない。だが、それはメイドが戦いから離脱しない前提だ。いくら戦いに参加しているとはいえ僕たちが赤崎先輩に近づこうとすればメイドは必ず赤崎先輩を守るために戻ってくるだろう。

 流石にアルテアも父さんも二対一の状態では不利なのは否めない。だが、父さんの方はメイドとアルバートの仲が悪いのかお互いの動きが悪影響を与えており、何とか出来るような感じがするが、アルテアの方はかなり苦戦している。

 それなら父さんには悪いが僕はアルテアの助けをした方が良い。そして針生にはここで待っていてもらいたい。


「なんで私だけ戦いに参加できないのよ! 私だってちゃんと戦えるとまでは言えないけど何かの役に立つわよ」


 そうはいっても針生の『ギフト』は魔力障壁だ。相手の使徒アパスルが亜人族なので魔法を使ってくると言う事はほとんどない。針生が魔力障壁を展開しても防げるものがないのだ。


「それなら紡も同じでしょ? 『ギフト』すら貰っていないんだから」


 確かに僕は『ギフト』を貰っていない。だが、僕には白雪さんから教えてもらった魔術があるのだ。それだけで使徒アパスルに勝てるなんて思わないが、メイドの相手をする事ぐらいはできるだろう。


「何よ。魔術って? そんなの私聞いてないわよ」


 正直を言うと僕にできる魔術はまだ炎を出すぐらいでとても実践で使えるような物ではないのだが、それを言ってしまうと針生が僕を離してくれないので針生には魔術が使えるので大丈夫だと言って納得してもらう事にする。


「はあ、仕方ないわね。魔術が使えるって言っても身体能力が上がる訳じゃないんでしょ? それでも使徒アパスルの戦いに正面切って行くって言うんだからどれだけ頭が悪いんだか」


 僕の服をずっと掴んでいた針生だが、瞳を見て僕が引かないと言う事を悟ると掴んでいた服を離してくれた。


「良い? 絶対に死んじゃ駄目よ!」


 僕は一度だけ大きく頷くとアルテアの戦っている所に向かって走り出した。針生には死なないと約束したのだが戦いになってしまえばどうなるか分からないのは針生も分かっているだろう。

 それでも送り出してくれる針生には感謝しかない。そして、その感謝に答えるためにも僕がやらなければいけないのはアルテアの戦いの邪魔になっているメイドを排除する事だ。

 地面を蹴り、駆けだした僕はすぐにアルテアの横に辿り着いた。アルテアは一瞬驚いた顔をしたが、何も言わずすぐに相手に対峙する。


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