12幕:人形使いは日常を過ごす


 王都を目の前にしてはや何日になるだろうか。

 僕たちは目と鼻の先にあるこの町で訓練と仕事に明け暮れていたんだ。


 現在パトは実質的なあのラウンジのオーナーになり裏で人形を操るかのように日々を過ごしている。

 引き篭もりは変わらず人形屋敷の部屋の中から出て来ることはない。そして僕は冒険者稼業の訓練やクエストに追われている。

 パトを王都に送りつける、、、いや押し付けて見舞金やら達成報酬やらを戴く予定は一旦保留中だ。

 何故か王都に入る許可が未だに下りないんだ。


 なに?あのラウンジでのホスト業はどうしたのかって?

 あのお店はパトにより生まれ変わったんだ。

 ガラリとね。

 現在はあのお店のメインは僕が用意したぬいぐるみや人形たちが切り盛りしているんだ。

 いわゆるヌイグルミ専門のラウンジだ。

 もちろんあそこの元オーナーが変らず現場指揮に携わっている。

 今でも相変わらずパトの下馬で這いずり回っているようなんだ。


「ん。最近馬の乗り心地が良くなった」とか口にしてるしね。


 そんな暇があるなら僕の強張った筋肉でも刺激してもらいたいもんなんだけど。

 幼女に背中を踏んでもらうととても気持ちいいんだ。

 本当に最高なんだ。


 そうそう僕やグリンティアはすでにあのお店に勤めに出ることはなくなったけどその分は僕の新たな可愛い相棒たちが代りに一生懸命働いてくれているんだ。

 だから現状ではお金を稼ぐ必要はなくなった。

 僕たちの指名してくれていた太客たちとのパイプもそのままだしね。

 ちゃんとお店にも顔を出しているしね。


 僕や彼女、そしてパトが勤めていた頃に比べれば売り上げは落ちるがそれでも好調を維持している。さらにそれを起点にして町中に新形態のお店も数店舗だが開業しており、そちらでも安定した収入が臨めているんだ。もちろんそちらの主役も僕の可愛い相棒たちなんだけど。


 人件費と比較した人形やぬいぐるみたちの維持費と購入費、改造費、などなどは新たに人を雇うよりはるかに安価だ。もちろんトラブル対応時のためにあのお店にいた人たちは全てパトの手により忠実なる手下として勤務している。

 ホステスもホストもボーイも上から下に至るまで全てね。


 辞めたがる人は、、、いなかったようだ。

 僕は余計なことは詮索しないんだ。

 そんなことにいちいち首を突っ込むと僕の首がいくつあっても足りないからね。

 まさかあんな恐ろしい魔術?みたいなものがあるなんて知らなかったよ。


 そんなおかげか引き篭もりは部屋の中で終始缶詰状態で最近はよく奇声が聞こえてくるんだ。


「あーっ幼女ショタ萌えですぞーっ!!この萌えのフォルムなど最高ですぞーっ!!」


 こいつそろそろ警備局に突き出したくなるんだが、こいつほど有能な奴はいないから仕方なく我慢しているんだ。人形使いとして人形たちのメンテナンスや改造は欠かせない。それを一手に引き受けてくれ、かつ魔改造から何から手がける腕を持つ一流のクリエイターなんだ。

 本当は重度の引き篭もりだけど。

 ただこいつの世話は今でもほぼ僕一人がやっているから、、、ほんと解せないんだ。


 ちなみにパトがあいつの世話をするときは上目遣いで何かをお願いするときぐらいだしね。


 ん?待てよ。世話をするって、、、僕はなんて頭がいいんだ。

 今度専門のメイド人形を作らせるべきなんだ。

 これで僕は自由になれる。


 おっと、、、それから『両天秤』の先輩たちだが三人は未だに現場で未だに幅を利かせているんだ。成績も未だに上から数えた方が早いしね。どう考えてもそっちが天職だよね。

 それでもたまに僕とクエスト依頼を共同で受けて教えを受けたりはしているんだ。

 チャラいところとかギャルっぽいところとかなければ面倒見がいい人たちなんだけど、、、

 あのノリには未だについていけない。

 想像してほしい。

 僕が「ちょー受けるんですけど!!っていうかパトマジパねぇみたいなぁ~」なんて話し始めた日にはきっと首と胴体が離れていると思うんだ。


 最後にグリンティアなんだけど彼女は『召使い』としてパトの身の回りの世話をやらされる予定だったんだけど、、、すぐにバックれた。

 だから未だにパトの世話は僕の仕事の一つなんだ。

 ホステスとして働いているときから彼女のバックラーとしての素質は群を抜いていたらしい。

 気に入らない客が来ればそのまま理由をつけてバックれていたらしいし何か気に食わないと同じようにバックれていたそうだ。

 元オーナーに伺うと今までそれなりにやらかしてきたらしい。

 それでもあのお店のあの町のNO.1の称号を得ていた限りだと彼女が持つ魅力は本当に凄まじいものがあったんだろう。王都からかかる専属指名の数は凄かったらしいし、、、ただそちらも同じように気に食わなければバックれていたそうだ。そのおかげで何回バックれされたかステータスになったそうで。王族や上位貴族の連中の頭の中身がどうなのかは不思議なんだ。


 そしてバックれた彼女を探し出すのも今や僕の日課となっている。

 今日もパトの無茶振りからバックれて消えてしまったらしい。

 つまり今の僕の置かれた状況は大変まずいと言っていい。

 彼女がいなければ僕の負担はさらにとんでもないことになる。

 このままあまりの忙しさに僕は過労で倒れてしまうかもしれないんだ。


 彼女を探して十数分、僕は裏通りの喫茶店に足を運んだ。

 ここは知る人ぞ知る甘味処で彼女のお気に入りの場所なんだ。

 扉を開けると甘くて香ばしい焼き菓子や甘酸っぱいベリー類の香りが漂ってくる。

 それに薄暗い店内の蝋燭の灯りがとても心地いい空間をしており二人っきりになるには最適な場所だと思う。


 僕はカウンターを抜け奥へと続く通りを抜けて小さな木製の階段を登り裏庭のオープンテラスを見渡した。そこにはちょっとしたスペースがあり大きな樹木や手入れされたプランターの中には色とりどりの花が咲いている。そんな中に小さな木製のテーブルや椅子が置いてありお客なら誰でも利用できるようになっている。

 その片隅で彼女はこちらを見つめながら微笑んでいた。

 樹木の間から降り注ぐ陽の光が淡い緑色の髪に降り注ぎ天使のような可憐さが引き立っている。

 なんて絵になる光景だろうか。

 だけど僕は困った顔で彼女を見つめたんだ。


「もぉー遅いんだからシュガール」

「グリンティア、、、君だけそんな美味しそうなものを!?」

「あー!?ちょっと私がお仕事してないって思ったんでしょ?」

「またバックれたから探してきてって連絡入ったんだよ」

「だって「ん。召使いは色仕掛けで誑し込むべき」って命令してくるのよ」

「ちょ!!すごく似てるんですけど!?」

「あー!?そっちも伊達に一緒にクエストに出かけてる訳じゃないのね」

「「wwww」」


 グリンティアの笑顔がすごく眩しい。

 あれから心を開いてくれた彼女とはだいぶ距離が近くなったような関係に落ち着いた。

 二人ともあのとんでも幼女に無茶振りを振られる日々。

 変な連帯感が生まれないはずがない。

 それはさておき気になることを聞いてしまったから僕は彼女に質問したんだ。


「それで今度は誰を誑し込めって言われたのさ」

「うーーーーん、気になる?」


 すごく色っぽい声を上げる彼女に僕の心はドキリと騒つく。


「えっ!?そりゃ、、、」

「答えはね、、、」

「答えは、、、」


 ゴクリと唾を飲み込むと彼女は僕の耳元に艶かしい唇を近づけて囁いた。


「この可愛いぬいぐるみのご主人様」


 そして今にも見えそうな胸元から小さな小鳥のぬいぐるみを取り出したんだ。

 それをそのまま口元に近づけて僕の唇にキスを、、、

 柔らかい羊毛の感触と生暖かい温かさ。

 さきほどまで柔らかそうな彼女の持つ谷間の中で、、、


 、、、。


 僕はそのまま眠りについたゴーレムのように固まった。

 きっとその自然さは誰にもわかることはないだろう。


「あら、、、もうシュガールもまだまだね」

「、、、。」

「じゃそろそろお仕事に行ってくるわね。護衛の件はあの子達に伝えといてね」

「、、、。」

「もう!!シュガールったら」


 深い眠りについたゴーレムのように僕は動けなかったんだ。

 そんな僕を置いて彼女はこれからホステスとして王都に赴くんだ。


 なぜ僕たちが王都には入れないのか。

 なぜパトが探索されているのか。

 そして何をパトが隠しているのか。


 以前から指名があった件を利用して王都へと探りを入れてもらう予定だ。

 きっと彼女なら数多の情報を手にいれることができるだろう。


 だけど今の僕にはそんなことはどうでもいい。

 耳元に残った甘い囁きと肌触りの良いぬいぐるみの温かさが僕の心から離れないんだ。


 そんな時だった。

 僕の肩を現実に引き戻した輩が現れた。

 僕を正気に戻したのは可愛い黄色のエプロンをしたこのお店の店員さんだった。

 そのままうっすらと笑みを浮かべながら僕に語りかけてきたんだ。


「素敵な彼女さんですね」

「そんな彼女だなんて、、、」

「へぇー美少女を侍らせて隅に置けないですよ」

「いや僕たちは!?」

「もぉ隠さないでいいじゃないですか?それより、、、」

「えっ、それより?」

「これお会計です。今から尻に敷かれるなんて大変ですよ」


 うぅ、、、さすがは知る人ぞ知る有名どころのバックラー。

 どうやらうまい具合に会計からバックられたらしい。

 あれが世に言うバックラーと呼ばれる人種なのか。


 複雑な感情の前で思わず苦笑すると懐からゆっくりと財布を差し出した。

 そして僕はしばらく項垂れたんだ。




 パト∑∑(・ω´・+):ん!?奴隷が何かに目覚めた気がする









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