第3話

 真奈美が観察、もとい目で山本浩平を追い始めて、二週間。

 しだいに、浩平という人間が見えてきた。

 彼はその強面の外見とは裏腹に、かなり親切だ。

 普通、男子の親切というのは、可愛い女子限定だったりすることもあるのだが、浩平は人を選ばず、親切である。彼とよくつるんでいる片桐保のほうが女子に人気があるけれど、親切なのは圧倒的に浩平の方である。

 落ちている教科書を拾ったり、場所をさりげなく空けてあげたりと、実にきめ細やかに周囲をフォローしている。ただ、鋭すぎる目つきのせいで相手が委縮してしまうため、彼の良さはなかなか伝わっていない。

 とはいえ。カノジョがいるのだから、ミーハーな取り巻き女子などは、かえって邪魔であろう。

 女子を寄せ付けない硬派のほうが、カノジョも安心であろうとは思う。

 問題は、浩平は武道家だからなのか、目端が利くからなのかは不明だが、最近やたらと真奈美と目が合うことだ。

 真奈美としても自分が不躾な視線を送っていることが原因だとわかっている。

 勘の良い浩平をこれ以上、目で追うことはやめた方がいいのかもしれない。

「沢田、悪いけど、今日のお昼と夕方、図書当番、代わってくれないか?」

 同じ図書委員の坂上仁さかがみひとしに声をかけられ、真奈美は考えをいったん打ち切った。

「科学部、今日、どうしても外せなくって」

 坂上は優等生タイプのメガネ男子。仲がいいというわけではないが、真奈美と会話することが多い数少ない男子である。

 真面目が服を着ているような男なので、彼が『外せない』というなら、本当に『外せない』用事があろうのだろう。

「いいよ」

 真奈美は頷く。

 今日は部活もないから、剣道部の見学に行こうと思っていたが、誰に求められているものでもない。

「サンキュ。明日、昼と夕方、代わってもいいけど」

「大丈夫。どっちにしろ、夕方のほうがヒマだから」

 明日は部活の日ではあるが、一か月は部長に小説を書くなと言われている。それに昼休みは『観察』に忙しい。昼休みには高確率で、最上雪奈が浩平のところにやってくる。

 もっとも。

 これ以上、浩平と目が合うのであれば、その観察はやめた方がいいのかもしれない。雪奈が来るとさらに浩平が過敏になる気がする。

 真奈美は疑似恋愛中なのであって、相手から警戒されたり、嫌われたいわけではない。

 始業のベルが鳴った。

 浩平は、相変わらず背筋がピンと伸びている。

 意識をしないで視線を向けてしまった自分に驚きながら、真奈美は授業の用意を始めた。



「沢田、後でノートを集めてきて」

 数学の教師の田野倉が真奈美を名指しする。

 田野倉は、文芸部の顧問である。なぜ、数学教師が文芸部の顧問なのか?

 きっと、くじ引きかなんかで決めたのに違いない。なんといっても幽霊顧問であるから。

──それでも、部員の顔を覚えているのはスゴイと思うけど。

 クラスで目立たない真奈美を指名する理由は、部員だから、という理由以外思いつかない。

 真奈美は、積み上げられたノートを回収して、持ち上げる。

 ちょっと重い。持てなくはないが、二回に分けたほうがいいかもしれない。

「手伝う」

 言葉少なに、持ち上げたノートを半分、大きな手が引き取ってくれた。

 浩平だった。

「……ありがとう」

 真奈美の返事を待たず、無愛想で、怒っているかのようにずんずん前を歩いていく。

「無理せずに、誰かに頼れよ」

 ぼそりと呟かれた言葉は優しいのに、顔があまり笑っていないから、ちょっと怖い。

「損なタイプだね」

 ふと、本音が漏れた。

「え?」

 浩平が驚いて振り返る。

「あ、えっと。山本君は、すごく親切なのに、笑うの苦手だよね」

 真奈美は、言いながら、少し顔に熱が集まるのを意識する。さすがに面と向かって、異性をほめるのは恥ずかしい。

「お、おめ、馬鹿なことを……」

 しかし、言われた浩平の方はもっと恥ずかしかったようで、見る見るうちに顔が真っ赤に染まった。

 意外と、シャイらしい。

──かわいいな。

 心に浮かんだ自分の感想に、真奈美は驚いた。

 こんな強面の浩平をかわいらしいと感じる日が来るとは、思ってもみなかった。

 胸の奥がほんのちょっと、ふわりとする。

「そう言えば、沢田さん、最近剣道部の練習見に来ているよな?」

 コホン、と咳ばらいをしながら、浩平が真奈美に目を向ける。

 キラリと鋭い眼光。嘘は許さない、そんな目だ。

「う、うん」

 否定したところで、ごまかせそうもない。真奈美は正直に頷いた。

「ちょっと、剣道に興味があって……」

「ふーん?」

 浩平は納得していないようだった。

 ひょっとしたら、ここのところの真奈美の不躾な視線を怒っているのかもしれない。

 真奈美は、この二週間のことを謝るべきかどうか、迷う。

 誰だって、好きでもない女子に、四六時中見られていると気が付いたら、落ち着けないだろう。むしろストレスだ。

 そもそも、気が付かれてしまっては、『ひそやかな片思い』ではない。

「邪魔だったら、ごめん」

「いや、別に、見学するのは構わんのだが……」

 浩平は言葉を濁す。

 本当は剣道の見学ではなく、真奈美の観察行為をとがめたいのだろう。

 真奈美の中で膨らみかけた何かがシュンと小さくなっていく。

「手伝ってくれて、ありがとう」

 ノートを田野倉の机まで運ぶと、真奈美は浩平に丁寧に頭を下げた。

「気にするな」

 浩平は相変わらずぶっきらぼうに答える。

 その声からは、怒っているのか、笑っているのか判別がつかない……でも。

 真奈美は、なぜか浩平の顔を見ることができなかった。



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