第82話 ブレイクタイム(真知子先生)

「さて、話を聞こうか」

「千歳のこと、色々と助言をくださりありがとうございました」


 わたしは頭を下げてお礼を言った。


「お礼は事がうまく収まってからにしろ…うまく行くと良いな」

「はい、皆が居るからうまく行くと思います」

「うむ、すべて終わったらみつぎ物を持ってお礼に来いよ」


 先生は真顔で言った。本気だなこれ。苦みの少ないコーヒー豆でも持ってこよう。そしたらわたしも飲みやすいし。


「同好会の皆と宮子、そしてもちろん真知子先生も、皆大切な人たちです」

「どうした急に。なんだか照れるな。もう一杯コーヒー飲むか?」

「いえ、飲み過ぎて授業中トイレに行きたくなったら困ります」

「そうだなあ…便秘って言われるな」

「それっ!先生のせいで便秘キャラになったんですよ。どうしてくれるんですかっ」

「すまんすまん、まあ怒るな」


 先生のせいなんだけど…なんだか許せる。


「先生はどうしてこんなにこの同好会に一生懸命なんですか?」

「初めはていで集まった連中だが、部活で3年間を共にするんだ、ダラダラと過ごしても良いが、それでは勿体ない。せっかく係わり合いができたんだ、何かを得て成長して欲しいからなぁ。ここでの36カ月というのはこの先の人生の基盤になる。今やっていることが10年後、30年後、その先の人生を作っていってるんだよ。まさに今、だよ。あの時ああしておけば違う人生を歩めたのにと思うよりも、あの時ああしておいて良かったと思えるようになって欲しいんだ」

「まさに今、ですか」

「そうだ。地下アイドルの活動も、やって良かった思えるように頑張りたまえ」

「先生預かりになっている地下アイドルの話はその後どうなってるんですか?」


 先生はニヤリと笑い、


「それか、私はその活動はお金を得るのが目的の単なるバイトではなく、正式な仕事と判断した。と、すると…」


 先生は胸ポケットから生徒手帳を取り出した。なんで先生が持ってんの?


「校則にはアルバイトは禁止、やるなら正当な理由とともに申請しろと書いてあるが、正式な仕事についての規定はどこにも書いていない。つまり問題ないと言うことだな」

「ええと…アルバイトに関する決まり事の意味を考えると、仕事も申請しないといけないように思うんですが…」

「そうとも言えるが、そうではないとも言える。グレーゾーンというヤツだ。すり抜けられる校則の網だ。申請は口頭ではあるが私が受理して許可を出した。お前はおとがめ無しだ。怒られるのは私だ。許可を得ているんだから堂々と活動しろ。書面にして欲しかったら作るぞ」

「いえ、そこまでは」


 わたしはこの先生を信用している。雑だけど。


「今度是非ライブを見に行かせてもらうぞ。チケットよろしくな」

「有料ですよ」

「良いぞ。アイドルの収入源だな」

「あと先生は大人なので物販を大人買いしてください!もちろんわたしのグッズですよ!」

「グッズ販売…お金目的か?!と言うことはバイトか?!」

「違いますよっ。自分の為のお金じゃなくてグループの活動資金が欲しいんです」

「わかってるよ」


 先生は楽しそうに笑いながらコーヒーを飲み干した。この先生と関われて良かったと本気で思う。


「さあ、昼休みが終わるぞ。早く教室に戻らないと便秘と言われ…」

「だからそれっ、先生のせいですからねっ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る