第77話 真知子先生の淹れるコーヒーは、ほろ苦かった

 千歳のこと、どうしたらいいかわからない。でも皆を巻き込みたくない。真知子先生なら…。

 先生が食後のコーヒーを飲んでいるかも知れないと期待して、お弁当を食べ終わったわたしは、ひとりで部室に向かった。


 扉に近付くとほんの少しコーヒーの香りがした。よかった、先生は本当に食後のコーヒーを飲みに来てるんだ。わたしはコーヒーが苦手だけど、初めて落ち着く香りだと思った。


 扉を開けると風が通り抜けカーテンが動いた。先生はこっちを見て、


「なんだ香風か、焦ったじゃないか」

「すいません…」

「うん?…」


 わたしは先生に表情を読みとられた気がした。


「コーヒーを飲むか?私がいれてやるぞ」

「コーヒーですか、苦手です…」

「私のコーヒーが飲めんのかー」


 先生は棒読みで言った。私は笑いながら答えた。


「先生、それパワハラですよ。会社とかで上司が部下に「俺の酒が飲めんのかー」って飲酒を強要するやつですね」

「うむ、さすがは大人の世界をよく見てるな。地下アイドルの活動は楽しいか?」

「はい、楽しいです」

「一度見に行かせて貰うぞ、その時にはくちパクじゃなくなってたら良いんだがなあ」

「そんなすぐには無理ですよ。あの…コーヒーをいただきます」


 先生は新しい豆を轢きコーヒーをドリップしてわたしのマグカップに淹れてくれた。


 わたしは黙ってコーヒーを飲んだ。ほろ苦いけど、今の気分ならこういう苦みも良いかな。先生は何も言わない。ただ優しくわたしを見守ってくれている感じがする。


 千歳がわたしの居ない北高祭に来るかも知れない。その時どうなるかわからない。何も起きないかも知れないけど、亮やまどろみさんに何かが起きるかも知れない。それは避けなきゃいけない。わたしが阻止する。北高祭までに千歳と話をして、ここには来ないように説得する…。でも、それでも来てしまったら…。皆を巻き込みたくないのに巻き込んでしまう。

 

「千歳のことだな。北高祭に来ると言ってる、大方おおかたそんなとこだろう」

「…はい。わたしが作った原因なのに、皆を巻き込んでしまいそうで…」

「それでひとりで何とかしようと考えている。しかし答えが見つからない。そういうことだな?」

「…はい」

「お前が今一番大切なものはなんだ?」


 今、一番大切なもの…。


 千歳を元に戻したい。だけどそれはわたし自身の為でもある。自分が一番大切なんて思わない。わたしは最後で良い。じゃあ大切にしたいもの…それはまどろみさんの想いだ。誰かに邪魔なんてさせたくない。


「大切なものを守る、いろんな方法が有るのだろう。だが、ひとりで抱えこむことは最善の方法か?」


 ひとりでは守り切れないかも知れない。昔のわたしのひと言で、守れないものが出てくるなんて耐えられない。だったら…。


「考えはまとまったか?」

「はい、皆に相談します」

「うん、お前は仲間意識が強いな。頑張ってみろ。それでも行き詰まったら、その時はいつでも私のところに来い」

「はい!」


 先生は優しく頷きながら言ってくれたんだけど…


「さて、そろそろ5限目が始まる。遅刻したらまた便秘かって言われるぞ。急いで教室に戻れ」


 ちょっと先生、誰のせいで便秘キャラになったと思ってんのよーっ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る