最終章

第1話





 七日目の朝。

 僕は自分達に割り当てられた部屋のベッドで、久しぶりに朝を迎えた。


「おはようございます」


 いつも通りの時間に起きたので、いつも通りの挨拶を口にする。


「おはよう。サンタ。いつも通り、早いね」


「そういう緋郷こそ。今日はもう起きているの?」


「最後に、楽しそうなことに出会える予感がしたからね。朝食の前に、外に出ようよ」


 緋郷の申し出は、僕にとって魅力的なものだった。

 今日でこの島とはお別れなのだ。

 最後に、色々なところを目に焼き付けておくのも悪くないだろう。


「それじゃあ、早めに行こう。さっさと着替えて、島を回ろう」


 僕はベッドから勢いよく出て、緋郷が着替えるように促したら、すでに着替え済みだった。


「おー、用意がいいね。僕が早く着替えるべきなんだね。ごめんごめん」


「そうそう。早く着替えて、行くよ」


 それを見て、慌ててテキトーな服に着替える。

 テキトーだからコーディネートも何もない。

 しかし、誰も見ないと思うので、どんな格好をしていたって恥ずかしくないだろう。


「あはは。面白い格好だね。俺は嫌いじゃないよ」


「全く褒める気無いよね。まあ、いいけどさ」


「さあ、着替えたのなら早く行こう」


 とりあえず外に出られる格好になったので、緋郷の手を引いて部屋の外に出る。



「ああ、おはようございますう」


 そして、同じタイミングで部屋の扉を開けた今湊さんと目が合った。


「ぷふふう。それはあ、私服ですかあ」


 案の定、僕の格好を見て笑ってくる。

 まさか、一番会わないだろうと思っていた人物の登場に、顔が引きつった。


「おはようございます。今日は、早起きなんですね」


「なんだかあ、面白いものに出会える予感がありましてねえ。やっぱりい、直感を信じるべきですねえ。お散歩ですかあ?」


「そんなところです。今日でこの島ともお別れなので、最後に見て回ろうかと」


「そうなんですかあ。……私もお、お供していいですかあ?」


 いつも睡眠の方を優先する人達が、こんなにも早起きをするなんて。

 どれだけ本能に忠実に生きているのだろうか。

 僕は直感というものが恐ろしくなったが、それは今湊さんの申し出を断る理由にはならない。


「いいですよ。一緒に散歩をしましょうか。今日でお別れですからね」


「ありがとうございますう。それじゃあ、一緒に行きましょうかあ」


 嬉し気に僕の腕に腕を絡ませる彼女は、やはり可愛らしかった。

 こんな妹がいたのならば、違った人生を歩めたのかもしれない。

 そんなくだらないことを考えるぐらいには、彼女は僕の中で大きな存在になっていた。


「それじゃあ、まずはどこに行こうか」


 緋郷が隣に並び、僕達は散歩に出る。

 とりあえず、近いところから行くことに決めた。



 屋敷の中の娯楽部屋、外にあるプールや桜の木。

 そこはあまり長く滞在することなく、軽く回った。

 今回、重要な場所は二つしかない。


 そして、まずはそのうちの一つに来ている。


「なんだかんだ言って、やっぱりお気に入りの場所なんだね」


「うーん……まあね」


 こうして来るのも最後となれば、何だか感慨深いものがある。

 僕は肺いっぱいに空気を吸い込み、カルミアの花の香りを体内に取り込んだ。


 見た目にも楽しんで、僕はそっと息を吐いた。


「鳳さんと飛知和さんとも、お別れの時間が必要でしょ」


「そうだね。さすがサンタ。分かっている」


「お別れですかあ。どこに埋めたのかあ、ちゃんと覚えていますう?」


「えーっと、確かこことここら辺だよね」


「少しでもずれたらあ。別の人とお別れすることになりますからねえ」


「え?」


「冗談ですよお」


 今湊さんが言うと冗談に聞こえないから、ものすごく恐ろしい。

 それに、他の人が埋まっていても不思議ではない。


 もしかして、本当に誰かしら埋まっていないよな。

 僕は地面を靴のつま先でつつくが、特に反応が返ってくることはなかった。

 これで地面から手が出てきて足を掴んだら、一気にホラーに変わるのだけど、その期待は裏切られた。


「うふふう。お兄ちゃんはあ、怖がりですねえ。土の中からあ、出てくることは無いですよお。もう死んでいるんですからあ」


 生きている死んでいるの問題ではなくて、二人以外の死体があるという事実が恐ろしいのだ。

 そんなことは無いと信じたい。

 今更掘り返すなんてこともしたくないし、いないと信じていた方が精神的に良い。

 僕は箱の中にいる猫が、生きていると考える派である。


「このまま姫華さんと珠洲さんを連れて帰られないかな。まだ、きっと腐っていないだろうし」


 緋郷が何かを言っているが、全く聞こえないふりをした。

 絶対に、掘り起こさせるわけがない。


「そういえばあ、あなたはこの花が植えてあることをお、面白いって言っていましたねえ。ということはあ、もしかして花言葉を知っているんですかあ?」


「ん? 何?」


「いいええ。何でもないですよお。どうせえ知っていたんでしょうからあ」


 今湊さんの言葉を聞いて、僕はスマートフォンが手元に戻ってきたら、カルミアの花言葉を調べてみようと思った。

 忘れていなかったらの話だけど。




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