第44話
「私達は、万里小路家から抜けて、りんなお嬢様に一生を捧げる身となりました。それに関して、全く不満も怒りもございません。私達は、この島でりんなお嬢様と一生一緒に過ごす。とても光栄なことではないですか。私達は、逆にりんなお嬢様に申し訳なく思っているのです。私達は、万里小路家の重圧に耐えきれず、逃げ出してしまったのですから。全てを背負って生きていかなければならない、りんなお嬢様のサポートをするのは当たり前のことでございます」
春海さんは息を吐いた。
長く話をしすぎて、疲れてしまったようだ。
「春海。いつも言っているでしょう。あなた達は自由にしていていいと。私になんて縛られずに、好きなように生きていいのよ。あなた達ならば、幸せな人生を送れるはずよ。そのためのお金だって、十分なほどに用意するわ」
りんなお嬢様は、絞り出すように言った。
どう考えても本心で言ったようには聞こえなかったけど、彼女は彼女なりにメイドさん達のことを考えているようだ。
「ふざけないでください」
しかし、それは春海さんにとっては、怒りに変わる言葉だったらしい。
とても冷静な声色だが、その中には大きな怒りを感じた。
「私達は、りんなお嬢様と一緒にいることが幸せなのです。お金なんて必要ございません。私達は、あなたがいらないとおっしゃらない限りは、ずっと一緒にいます。千秋も冬香も同じ気持ちです。生半可な気持ちでいるわけではないのですよ。馬鹿になさらないでください」
「春海……」
「そのことを、よく覚えておきなさい。りんな」
敬語が外れ、呼び捨て。
それは不敬ではなく、僕には姉が妹を心配している姿だと思った。
春海さんの視線が、とても柔らかいものだったからかもしれない。
「……失礼いたしました。少し話をしすぎました。申し訳ございません。紅茶が冷めてしまったようなので、お代わりを持ってまいりますね」
視線が集中しているのを感じたのか、春海さんは表情を引き締めて、許可が出る前に部屋から出て行ってしまった。
りんなお嬢様は、特に何も言うことなく、その姿を見送る。
そして、春海さんの気配がいなくなったところで、僕達を見てきた。
「という感じですわ。先ほど、春海が話した話は、全部本当ですの。私達は四つ子の姉妹で、私が跡継ぎに選ばれたから、春海達はメイドとして私を支えてくれていますの」
この話は確かに、万里小路家にとっては重大な秘密だが、誰かに話しても信じてもらえない。
しかし、そういうのを生業にしている人にとっては、とてつもないゴシップのネタになる。
「えっと……春海さんが長女ですか?」
「そ、そうですわね」
言いたいことはたくさんあったが、口から出てきたのは、くだらない質問だった。
りんなお嬢様も、まさかそんなことを言われると思っていなかったようで、戸惑った様子で答える。
「とてもいい名前ですね。春夏秋冬で。もしかして、あなたも実際は名前に漢字を使っているんですか?」
「まあ、そうですわ。今はもう違いますけど、昔は凜夏という名前でしたわ」
優しいことに、わざわざ漢字を紙に書いて教えてくれた。
とても可愛らしい字だし、彼女の字も綺麗だった。
そんな優しさを見せてくれるとは、僕はお礼を何度も言う。
「いい名前ですね。あ、そうか。だから、メイドの皆さん達は全員ハイスペックなんですね」
元々、万里小路家のスペックの高さもあったのかもしれないが、そこから跡継ぎになるために努力したのと、そして今はりんなお嬢様を支えるために更に力を磨いているということなのだろう。
「さすがにやりすぎだと思いますわ。何度も、そこまでしなくていいと言っているのだけど。全く聞く耳を持たないですの。私を守るためには、念には念を入れるべきだと」
「万里小路家にはあ、たくさんの敵がいますからねえ。気を付けておいてえ、損はないんじゃないですかあ。この前もお、忍びの末裔だという人があ、この島に入ろうとしていたじゃないですかあ」
「何ですか。それ。凄い興味がありますね。その忍びの末裔の人は、どうなったんですか?」
「……まああ、聞かないほうがいいですよお」
気になってしまったが、血を見そうなので、それ以上は深く追及しておかなかった。
忍びの末裔なんて、そんなキャラが濃い人、一度ぐらい見ておきたかったから、とても残念だ。
「でも、重機の免許や危険物の取扱いの試験を受ける必要はあるのか、毎回思うのよ。でも色々と資格を手に持っていた方が、就職には有利に働くわよね。……私がこんな話をしたのは、春海達には内緒にしておいてくださるかしら」
りんなお嬢様の気持ちも、よく分かる。
三人は、どこにいこうとしているのだろう。
最終的に四人が揃えば、世界なんて簡単に征服出来そうだ。
その時は、僕も味方のポジションでいたい。
今のうちに、ごますりでもしておいた方が得策か。
今までの緋郷の行動を考えたら、もう手遅れだけど。
真っ先に喜んで潰されそうな気がする。
その時はその時かと、僕は楽観的に考えることにした。
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