第33話




「私達が、二人を殺した理由は大したものではありませんよ」


 来栖さんはハードルを下げるためか、そんな前置きをした。


「どんな理由だって構いません」


 きちんと教えてくれるのならば。

 どうせ人が人を殺す理由は、大元をたどれば似たようなものであるし。

 そこまでセンセーショナルな理由は、はなから期待していない。


「それなら、どこから話しましょうか……ああ、そうだ。私と出流は兄妹なんですよ」


 どんな話が聞けるかと思っていたら、サラリと衝撃の事実を明かす。


「え? 実の、ですか?」


「正真正銘、血の繋がった兄妹です」


 もっと言うべきタイミングがあったんじゃないかと思うけど、どこと言われると難しいので、今で良かったのか。


 それにしても家族という感じはあったが、

 まさか兄妹だったとは。

 言われてみれば、顔の作りや雰囲気が、どことなく似ているような。

 まあ、後付けの共通点である。


「前に一度、何人かに話をしたかと思いますが、私と出流の両親は既に亡くなっています」


 兄妹の名字が違う時点で、結婚以外の理由だったら、だいたい泥沼である。

 だから鷹辻さん達が兄弟だと分かった時も、その辺は詳しく聞けなかった。


「亡くなったと言いましたが、正確に言うと殺されたんですよ」


 やはり泥沼な理由か。

 それに、何となく察してしまう。


「何となく分かると思いますが、殺したのはあの二人でした」


 そうなるよな。

 そうじゃなかったら、意味が分からなくなる。

 内心で意見を言いつつ、話を聞く。


「殺したといっても、直接手を下したわけではありません。ただ、こう言っただけです」


 そこで、言葉を切る。


「……あれがほしい、と」


 ただの一文。

 しかし、詳しいことを知らない今でさえ、その言葉から不快感を感じ取れた。


「あれって、なんだと思います? 私達の両親が、大事にしていた物? 違います。物ではなかった。でも、とてもとても大事にしていたんです」


 当時のことを思い出しているのか、顔が苦痛に歪む。

 それを労わるように、賀喜さんがそっと握っている手を動かした。


「……ありがとう。大丈夫だから。二人が欲しいと言ったのは、私達のことだったんです」


 それはそれは。

 わがままな性格だとは思っていたけど、凄まじい。

 りんなお嬢様とは、違ったベクトルの規模の大きさがあった。


 人を物のように欲しがるなんて。

 普通だったら、絶対に無理な話だ。


「鳳は私を、飛知和は出流を、どこで知ったのかは分かりませんが、欲しいとそれぞれの両親に訴えた。そして、最悪だったのは、鳳と飛知和の家が、公私にわたって交流があったことです」


 そこで大きなため息を吐く。

 わがまま娘が、一人ならまだしも二人。

 とてつもなく、周りにとっては迷惑な存在だっただろう。


「最悪は重なるもので、鳳の家も飛知和の家も、万里小路家にはまったくもって劣りますけど、ある程度の地位にありました。そして、一人娘を溺愛していた。だから、私達の両親に、私達を譲るように打診をしてきたんです。狂っているとしか、言いようがありませんよね」


 わがままな娘を、たしなめるならまだしも、甘やかしたというわけだ。

 そんな性格に育ってしまった原因は、どう考えても親に原因の半分ぐらいはあるだろう。

 あとの半分は、元々の性格か。


「そんな狂った話を持ちかけられた両親は、もちろん拒否しました。当たり前じゃないですか。きちんと愛情を持って、私達を育てていてくれていたんです。大金を積まれても、気持ちが変わることは決してありませんでした」


 愛されて育っていた。

 お金を積まれても考えが変わらなかったのなら、とても愛されていたのだろう。

 世の中には、お金で子供を手放しても平気な人間だっている。


 とても立派な両親だったみたいだが、相手が悪かったということか。


「拒否をされて、諦めてくれれば話は終わったんです。しかし逆に、二人はヒートアップしてしまった」


 その時の二人の様子が、目に浮かんでくる。

 泣いて喚いて怒って、欲しいものが手に入るまで、絶対に諦める気は無かった。

 それが、簡単に手に入る物であれば、まだ可愛らしげがあったのに。


 どうして、人が手に入ると思ってしまったのだろうか。

 裕福な人間ではなく、そこまで溺愛された覚えのない僕には、とうてい理解できない。


「最初は諦めさせようとした親達も、可愛い娘がそんなにも一生懸命頼んでくる様子に、心を動かされてしまったんです」


 なんて愚かな人達。

 結局は、その親も人間の価値を下に見ていたというわけだ。


「……私達の両親は、二人で出かけている最中に、居眠り運転をして崖から転落したということになっています。……でもそんなことは絶対にありえないです」


 来栖さんは笑う。


「安全運転に気をつけている人でしたから、もしも眠気があったらパーキングエリアに止まって休むぐらい。だから居眠り運転なんて、一番おかしい話なんです。でも、誰に訴えたところで聞き入れてもらえなかった」



 おかしいと思った人が仮にいたとしても、もみ消されて終わりだっただろう。

 人を事故に見せかけて殺せたのだから、それぐらいは簡単だったはずだ。


 こうして二人の命は、子供のわがままによって簡単に奪われ、月日が経ち因果応報という形で返ってきた。

 そういうことなのだろう。



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