第56話





 それぞれの関係性が、少しは分かった。

 しかし世間でいう尊いものは、僕にとっては気味の悪さしかない。

 どうして、そんなにも人に対して、打算的ではなく優しさ見せられるのか。

 分からない。


「いい、関係ですね」


 それでも、本音を言うわけにはいかない。

 ふり絞るように、思ってもいない言葉をかければ、二人は嬉しそうに笑った。


「ああ、来栖さんの気持ちは分かる。紗那に助けられた分、俺も紗那を助けたい」


 力強く頷いた鷹辻さんに、僕は笑い返す。

 今度は上手く笑えていたようで、何も言われなかった。


「相神さんとサンタさんは、どうなんですか? どのぐらい一緒にいて、どういう経緯で一緒にいるんでしょう?」


 それは、あまり詳しくは話をしたくない。

 しかし期待した視線を向けられてしまえば、少しは教えないと納得してくれないだろう。


「僕と緋郷の出会いは、僕が高校を卒業する前ですから……何年前でしょうかね……まあ、それはいいでしょう。僕と緋郷が出会った時に、人が死んだんです。それも殺されました。出会いが殺人事件だなんて、笑えますよね。どんな物語なんだよって」


 あの事件が合って、僕は緋郷の凄さを知った。

 僕の平凡で終わるはずだった人生に、緋郷は別の選択肢を教えてくれた。

 そのおかげで、今こうして僕はいる。


「緋郷がいなければ、僕は平凡な人生を送っていたと思いますよ。その人生に未練はありません。でも、時々どんなものだっただろうかと、想像する時はありますけどね」


「平凡な人生ですか」


 この島にいる誰もが、絶対に送っていないであろう平凡。

 ほとんどの人は送っているのに、この島にこれだけの人数がいて誰も送っていないなんて、おかしな話だ。

 いや、鷹辻さんであれば、これから先そんな人生を送れる可能性は大いにある。


「緋郷は強烈で、うかつに近づけば光に呑み込まれてしまいます。僕は光が見たくて、ずっと傍にいます。呑み込まれないように、適度な距離を保っているんです。そうすれば一緒にいられるし」


 僕も光り輝いたかのような、そんな気分を味わえる。

 所詮僕は、緋郷に群がる害虫に過ぎない。

 緋郷の周りを飛び回って、いつかは死んでいく。


 浅ましい欲望を持っていて、一緒にいる。

 これではまるで、彼が嫌がっていた群がる人達と変わらないのではないか。


 未だに彼に聞いたことは無いけど、僕のことはどう思っているのだろう。

 どうも、思っていないのかもしれない。

 その方が、僕にとっては楽だ。

 嫌われて離れられる方が、ずっとずっと辛い。


「僕達の関係性は、お二人とは違って綺麗なものではないし、優しく温かいものでもありません。でも、それでも、僕は一緒にいたいと、そう思ったんです」


 もう話し過ぎた。

 僕は口を押えて、離さない意思を示す。


 何だか、生暖かい目を向けられている。

 そんな顔をされるような、話をしたつもりはないんだけど。


「と、とにかく、僕と緋郷の関係はこんな感じです。満足いただけましたか?」


「二人の関係も、俺は良いものだと思うぞ! きっと相神さんも、そう思っているはずだ!」


 まるで慰められているような言葉だ。

 僕に、そんな言葉が染みわたるわけもない。


「ありがとうございます。そう言われると、とても嬉しいです」


 心のこもっていない感謝を述べる。

 緋郷との話なんて、まだほんの一部だ。

 こんな話だけでは、緋郷との関係性が分かるわけがない。

 言うつもりも無いのだけれど。


 緋郷と出会った最初の事件は、心の中にとどめておきたい。

 どんな人が死んで、どんな結末を迎えたのか。

 大事な思い出だから、心の中に秘めておきたい。

 僕と緋郷以外の関係者は全員いなくなったから、言わなければ誰にも知られることは無い。


 それぞれの関係性を知ることが出来たのは、収穫なのかもしれない。

 緋郷との話をする羽目になった誤算はあるが、そこまで取り乱すほどではない。


「それじゃあ、別の話をしましょうか。今の状況についてです」


 緩んでいた空気が、僕の言葉で緊張感が出た。

 今のこの空気を壊さないように、当たり障りのない会話をするだけでも良かった。

 しかし、それをしなかったのは、ちょっとした意地悪なのかもしれない。


「あなた達二人は、第三者の犯人がいるという可能性を出しましたね。えっと、来栖さんは幽霊説、鷹辻さんは外からの侵入者説」


 ここで笑わなかった僕を、誰か褒めてほしい。

 少し時間が経ってから考えてみても、幽霊と侵入者なんてありえない。

 本当に、ドッキリとかではないのだろうか。


「ええ、今でもそう思っております」


「色々と言われてしまったけど、俺だって!」


 本人達は、どこまでも真剣らしい。

 僕は口元を引きつらせて、それでも口は開いた。


「それじゃあ、もう少し深く話をしましょうか。まだ一時間以上は時間があります。それだけの時間があれば、何か新たな事実が発見できるかもしれません。犯人を見つけたい気持ちは、この中の全員が持っているでしょうから、話をして何かが見つけられれば良いことじゃないですか」


 反対意見は認めない。

 後一時間は起きているしかないのだ。

 逃げることだって出来ない。



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