第35話




「お兄ちゃんも、色々と大変だったんですねえ」


 少しの言葉だけで、僕の今まで歩んできた人生を察したのか、今湊さんは僕に同情したみたいだ。

 おそらく彼女の想像通りであり、僕の人生はほとんど可哀想という一言に限る。


「まあその代わり、今が楽しいですから」


「あんな人の助手をしているのが楽しいなんて、お兄ちゃんはドエムなんですねえ」


 どんどん、僕は可哀想なものになっていく。

 それを止める気は無いし、事実なのだから仕方がない。

 緋郷とここまで一緒にいるなんて、よほどの性格じゃなければやっていられるわけない。

 しかし誉め言葉でもあるので、ありがたく受け取っておいた。


「褒めたわけじゃないんですけどねえ」


 聞こえないふりをして、僕は時計を見る。


「お、そろそろ夕食の準備が始まる時間ですね」


 その言葉が合図になったのか、厨房に続く扉が開き、千秋さんが姿を現した。


「三人ともおそろいでしたか。今から食事の用意をいたしますが、よろしいでしょうか?」


「ああ、はい。よろしくお願いします」


 深々と礼をして確認をとってくるので、僕が代表して返事をする。


「それではご用意いたします。相神様とサンタ様は、ご自身の席にそろそろお戻りくださいね」


「はい。すみませんでした」


 夕食の時間が近づいたということは、他の人がこの部屋に来る。

 その時のここに座っているのを見られれば、微妙な感じになってしまうだろう。


 僕は反抗せずに、自分の席に戻った。

 緋郷がそのままでいそうだったので、わざわざそちらを通って、席から立たせた。


 そこはあすまさんの席だから、一番面倒なのはことになりそうなのだ。

 緋郷なら、うやむやにしてくれそうだけど、無駄な争いは避けたい。


 緋郷は文句を言わず、立ち上がり自分の席に座ってくれた。

 わがままを言うタイプじゃないから、こういう時は楽だ。

 そして、またまたタイミングを見計らったかのように、僕達が席に座った途端に、遊馬さん達が入ってきた。


 遊馬さん、賀喜さん、来栖さん、メンバー的に一緒にいた訳ではなく、たまたま扉の前で会ったのだろう。

 三人は僕達がいるのに驚いた顔をしたが、帰るわけにもいかず、中に入ってきた。


「あ、どうも。早いですね」


 三人の中で、一番コミュニケーション能力が高い来栖さんが話しかけてくる。


「今までみんなで話しをしていたんです」


「お前達、妙に仲がいいんだなあ。何か宇宙人の集会みたいだ」


「それは僕も入っているんですか?」


「あ? 当たり前だろ」


 当たり前なのか。

 さっきは優しさを見せてくれていたのに、お父さんキャンペーンは終了してしまったらしい。

 正直気味が悪かったので、意地悪な方がやりやすくはある。


「話というのは、どんな?」


「ただの世間話ですよお。気になりますかあ?」


「い、いえ。そこまでは」


「あまり面白い話はしていませんからねえ。話すほどのことではありませんよお」


「そうでしたか」


 今湊さんは、僕達が何を話したのか言うつもりがなく、意地悪な返しをしていた。

 こうしている間にも、千秋さん一人で食事の用意はされていく。

 手際が良すぎて、見ていて面白い。


 そういえば、ここぞと時に率先して仕事をしそうな冬香さんは、未だに姿を現さない。

 それが何を意味するのか気がつくと、自然と顔が笑顔を形作っていた。


「お兄ちゃん、気持ち悪いですよお」


「湖織。僕は今、この表情を浮かべないと、自分を保っていられそうにないんだよ」


「それは大変ですねえ。お察ししますう」


 冬香さんがいない。

 そして鷹辻さんと槻木さんもいない。

 遊馬さん達とは違って、あの三人は一緒にいてもおかしくない。


 先程あった時から一緒だったと考えれば、どれぐらいの時間が経っているのだろう。

 時間と好感度が比例していれば、カンストしているに違いない。


 僕は、一体どこで選択肢を間違えてしまったのか。

 彼女にはできる限り真摯な対応を心がけていたのに、やはり男らしくて守ってくれそうな方がいいということか。

 僕だって、30キロの米ぐらいは平気で持てると思ったけど、それはきっと非力な方なのだ。


 しかし緋郷と比べれば、まだマシだと思うけど。

 好きな人が絡んでいない時の緋郷ポンコツすぎて、10キロのものでさえも持てるかどうか怪しい。

 鷹辻さんから見たら、どんぐりの背比べでしかないのだろうけど。

 彼なら、遊馬さんでさえもお姫様抱っこを余裕でやれる。


「何か、寒気が」


 僕の想像が伝わったのか、遊馬さんは体を震わせた。


 それは置いといて、問題は冬香さんの様子だ。

 もうすぐこの部屋に入ってくる彼女の表情で、どのぐらいまでの親密度になったのか、ある程度は分かる。


 僕が祈るような気持ちで、扉だけを真っ直ぐに見つめていると、ゆっくりと開かれていく。


 さあ、どっちだ。


「あっ。皆様おそろいだったんですね。千秋、ごめんなさい。私も今から手伝います」


 僕は勝負に負けた。

 頬を染めて、可愛らしくはにかんでいる冬香さんは、完全に恋する乙女の表情だった。

 それを目の当たりにして、僕は天を仰ぐ。

 同情した今湊さんからの視線を感じたが、今はなんの反応も返せなかった。




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