第13話
来栖さんとの話を終えて、僕達は屋敷へと戻っていた。
彼との話は、それなりの収穫はあったのだろう。
「来栖さんの話から考えると、鳳さんが殺されたのは……トランプが終わったのは、大体一時半ごろだったから、それ以降ということになるね」
「うーん、どうだろうねえ」
「というと?」
来栖さんの話から、僕はそれぞれが部屋に帰った後に、鳳さんの身に何かしらがあったのだと思ったのだけど。
緋郷は、緩く否定をしてきた。
「今は、誰が犯人だか分からないから、言っていることを全て信じるのはまだ早いよ。それに、来栖さんが鍵がかかっていると確認した時には、すでに部屋にいなかった可能性はあるからね」
「それもそうか」
確かに僕は、信じすぎて安易な考えで結論を出そうとしていた。
緋郷の言葉で、僕は納得する。
「他の人の話も聞いて、矛盾のない事実だけを選ぶのが良いと思う。あとは、この屋敷の主人とメイドの言葉は基本的に信じてみてもいいかな。基本的に、だから全部信じきるのは駄目だよ」
「え。その人達の話も全部は信じちゃ駄目なの?」
この屋敷に招かれた客人を信じていけない、という言葉は分かる。
しかし、りんなお嬢様やメイドさん達まで信じちゃいけないというのは、一体どういうことだろう。
目を少し開く僕に、緋郷は呆れた視線を向けてくる。
「あの人達だって、嘘をつく可能性はあるということ。でも、犯人をかばうためじゃない。この島を守るために、という点でね。だから犯人じゃないっていう言葉は、真実と判断していい。ここで人を殺すとしたら、わざわざ死体を発見させる理由もないし、このタイミングでやらなくてもいいし」
「そ、それもそうだね」
まるで、彼女達が殺そうと思えば人を殺せる人種だと、言っているみたいじゃないか。
そう僕は軽口を叩こうとしたけど、同意された時が怖いから黙っておいた。
いくらお嬢様だったり、メイドだったりと、一般人とは違っていても、人を殺せるようには見えなかった。
しかし、見る目を変えた方がいいのかもしれない。
「信じられるのは、自分が見たことだけ。あと俺の言葉もね」
「分かった。自分と緋郷だけを信じる」
信じられるのは自分で見たこと、緋郷のことだけ。
それを頭に叩きこんで、僕は力強く頷いた。
でも、鷹辻さんと槻木君も悪い人には見えないんだけどな。
この二人も、嘘をついている可能性があると疑わなきゃならないのか。
緋郷に尋ねたら絶対に呆れられるから、そんな考えは口には出さないでおいた。
来栖さんから話を聞いたので、僕達は遊馬さんや鷹辻さん達、あとは今湊さんを探して歩いている。
しかし歩いているうちに、朝食を食べていないからか、体が空腹を訴えだした。
「ご飯、食べに行く?」
僕のお腹が、ものすごい音で鳴ったのを聞いて、緋郷は笑いを堪えながら聞いてくる。
こういう時は、他の人のように知らないフリをしてくれればいいのに。
顔が熱くなるのを感じながら、僕は頷いた。
腹が減っては戦ができぬ。
これ以上の恥をかく前に、お腹を満たしておきたかった。
あえて突っ込まなかったが、僕は知っている。
僕のお腹が鳴った時に、緋郷のお腹も鳴っていたのを。
しかしきっと僕には気づかれていないと思っているから、その勘違いのままにしておいた。
これから行動するのには、緋郷の機嫌がいいことが第一条件であるから。
屋敷に戻ると、大広間にはタイミングのいいことに、遊馬さんがいた。
彼も同じようにお腹を空かせていて、先に腹ごしらえをと考えたのだろう。
朝から豪勢なことに、ステーキにかぶりついていた。
「おお。お前達も飯を食いに来たのか?」
ナイフで切り分けることなく、噛みちぎっている姿はワイルドだが、マナーが悪すぎる。
りんなお嬢様がいたら、絶対に出来ない行動だろう。
「はい。遊馬さんもみたいですね。……あ、すみません。僕達は昨日と同じ和食でお願いします」
「かしこまりました。ただいまご用意致します」
ステーキを口にしたまま話しかけられ、僕は軽い話をして、そして自分たちの席に着く。
その途中で控えていた冬香さんに、朝食の準備を頼んだ。
緋郷はが朝食は和食派なので、ついでの僕も同じものにしている。
その方が、作る人も楽だろうという心遣いからだ。
本当は朝は、トースト一枚で構わないのだけど。
席に着くと、僕達と遊馬さんの間には、椅子二つ分の距離ができる。
近いようで遠い距離。
僕は準備ができるまでに話をしようと、緋郷を窺った。
しかし彼はお腹に手を当てて、厨房に続く扉を見ている。
朝食が出てくるのを、待っているのだろう。
これはもう、食べ終えるまでは使い物にならない。
話をする機会はこれからもあるだろうから、今は止めておこう。
僕は諦めて、一緒に朝食を待った。
そして数分後、冬香さんが台車とともに朝食を運んできた。
お味噌汁のいい匂いが、空腹をさらに刺激する。
「お待たせ致しました」
テキパキと並べると、一礼して去っていく。
膳にならべられたのは、ご飯にお味噌汁、漬物におひたし、玉子焼き、秋刀魚の塩焼きとシンプルなメニューだった。
しかしこれが絶品なのだと、何度も食べているから知っている。
まずお味噌汁に口をつけると、出汁の香りが口に広がり、自然に息を吐く。
それからは箸を止めることなく、僕は夢中でご飯を食べた。
そうしている時に、遊馬さんが部屋を出ていく気配がしたけど、止められるわけがない。
美味しすぎてすぐに食べ終えると、僕は満足しながらお腹をさすった。
隣の緋郷も同じような仕草をしているから、彼も随分とお腹が減っていたみたいだ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて挨拶をすると、すぐに冬香さんが片付けに来て、温かいお茶を淹れてくれた。
何も言わなくても、完璧なサービスを提供してくれる。
このままここにいたら、ダメ人間になってしまいそうだ。
玉露のお茶を飲んで、また息を吐くと、扉が開く音がした。
そちらに視線を向けると、遊馬さんがいて、どうやら喫煙室に行って戻ってきたみたいだった。
僕達の方をちらりとみて、テーブルに膳がないのを確認すると、こちらに近づいてくる。
「良かったらよお。少し話をしようか」
そしてそのまま、鳳さんの席だった場所に座った。
拒否を許さないような強引さがあるが、こちらも話をしたかったので、好都合である。
煙草の臭いが、いやに鼻について顔をしかめてしまったけど。
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