ダーリンは名探偵

石崎

再会フラグはへし折ります

第1話 

 何をしても時間を戻せないことに慟哭したのは14歳の春だった。

 生まれて初めて身を焦がすような憎しみを覚えたのは15歳の夏だった。

 恨んで、嘆いて、憤り、憎んで、すべての感情が焼き切れて、ただ一つの使命感が残ったのは15歳の冬だった。


 そして俺、葉山悟は16歳の覚悟の初夏を迎えている。




 A県笠鈴山の中腹には一軒の西洋建築がある。地元の名家五鈴家によって明治時代に外国人技師を招いて建てられたそれは、時代を感じる華麗な外観と自然を生かした美しい庭から「緑玉の館」と称されている。


「これは凄いな。こんなところに悟は住んでいるのか」


 驚いたように目を見張る涼やかな目元が印象的な少年は桜庭和泉、俺が東京に住んでいたころの友人である。


「まっ、俺は住まわせてもらっているだけだからね」

「でも、一人で住んでいるんだろ」

「いや黄瀬さん、執事の人がいるから」

「執事さん、すごい! 本当にいるんだ……」


 ほへーと謎の感嘆を漏らしながら建物を見上げているのは、小動物めいた幼い顔立ちの少女だ。近藤真白といって和泉の助手らしく、今回の旅行に半場強引についてきたのだと和泉が苦笑していた。人懐っこさのにじみ出る可愛らしい少女だ。


 と、バロック風の大扉が開き、初老の燕尾服の男性が姿を現した。いかにも絵になる光景だった。


「おや、悟様。例のお客様ですか」

「様はよしてくれって、ああ紹介するよ、執事をしてくれている黄瀬さん」

「初めまして、悟の友人の桜庭和泉です」

「近藤真白です! お世話になります!」


 はきはきと礼儀正しく挨拶をする二人に対し、黄瀬さんの顔は分かりやすく曇った。


「執事の黄瀬です。しかし、本当に来られるとは……今ならバスもありますし、お帰りになられたほうが」

「黄瀬さん! 言いたいことは分かるけど、あんな怪文書でおじさん達が騒いだら面倒でしょ」

「ですが」

「俺らは西館だし、話し合いには頼まれても加わらないよ。俺、二人を案内するから」


 言いたいことが沢山ありそうな黄瀬さんを無視して、乱暴にその場を後にする。心底困ったという顔を見て胸が痛むが、二人の案内は俺がしないと計画が狂ってしまう。



 緑玉館の庭はもとの自然を最大限に生かしているため、木々が豊かで小さな池が複数個所ある。黄瀬さんが見えなくなって、気まずそうに和泉が問いかけてきた。


「話し合いって例の?」

「ああ、宗一郎さんの遺産会議。ま、俺には関係ない話だけどな」


 五鈴宗一郎、五鈴家の前当主で資産は10億にものぼる資産家だ。三年間植物状態だったが、ついにこの春に没し、遺言通りこの館で親戚一同で会議をすることになった。

 いかにも血で血で洗う争いが起きそうだが、正直俺には直接関係ない。というか、権利がない。というのも、俺の母は三年前に宗一郎の館にやってきて家族になる予定だったが、母はなくなり、すぐに宗一郎も植物状態になってしまったため、法的には五鈴家と何の関係もない。未成年だからと館にはそのまま住まわせてもらっているだけの人間だ。


「まあ、会議次第では追い出されるかもしれないけど」

「追い出すって」

「その時は黄瀬さんが高校卒業までは面倒見てくれるから何とかなるよ。法的には赤の他人だし、あいつらには愛人のうっかり残った連れ子だからな」


 そう苦笑すると、二人の顔が沈鬱に沈んだ。俺には慣れた話だが、二人にとってはそうではない。慌てて、気にしてない笑顔を作った。


「ま、気にするなって。俺がお前たちを呼んだのは別件だろ?」

「でも遺産関連の怪文書なんだろ」

「それが分からないんだよな」


 俺がこの二人をこの時期に呼んだのは、ある調査を頼むためだった。

 『恨ミ未ダ絶エズ』『報いを受けよ』『罪人には血の雨を』、血文字や新聞の切り抜きを使った手紙や、納屋が赤く塗られる騒ぎがここ一月頻発しているのだ。


 本家の人間にはまだ言っていないが、露見すれば俺を追い出す絶好の口実を与えかねない。そこでこの手の事に詳しい昔の友人を呼んだ、というのがきだった。


「ついたぞ、ここが西の離れだ」


 西の離れは本館から二分ほどの距離にある。本館と違い手入れが行き届いてないので蔦が若干覆ってはいるものの上品な風情が十分にある。小さめの扉を開けると、シャンデリアや紅い絨毯の廊下が姿を現し、近藤さんが感嘆の声を上げた。


「うわあ! 映画みたい、すごい!」

「二人の部屋は二階に用意してある、201と202を使ってくれ」

「ああ、ありがとう」

「荷ほどきが終わってから、そうだな30分後くらいに103に来てくれ。俺が自室代わりに使っている」

「分かった」


 二人はそれぞれボストンバックを抱えると、受け取った鍵を手に螺旋階段を上っていく。近藤さんはよっぽど嬉しいのか駆け足で、まるで子犬のようだった。その姿に自然と胸が痛んだが、笑顔で見送り、2階の扉が閉まる音を確認する。


「……悪いな」


 数々の怪文書に怪事、その犯人を俺は知っている。何を隠そう、俺がこの手で作り上げたものだからだ。


 二人を招いたはこうだ。

 今夜から明後日にかけて本館では殺人事件が連続する。二人は不幸にも事件に巻き込まれ、五鈴家に関係ない者として俺のアリバイを証明する。


「さて、始めるか」


 心臓の音がやけに高鳴る。自分がゾッとするほど冷たい目をしていることが分かる。

 ああ、やっと、やっとこの恨みをこの手で晴らすことができるのだ。俺の母を殺し、母子を庇護した宗一郎を騙し殺したあの悪鬼どもに。

 自然と口元に笑みが浮かんだ。5人も殺す必要がある以上計画が狂ってはならない。まずは、トリックの仕込みだ。


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