お砂糖とスパイスと、仔犬のしっぽ。

並木坂奈菜海

お砂糖とスパイスと、仔犬のしっぽ。

 佐倉 はるか、16歳。

 私の幼馴染にして、文芸部部長。

 その可愛らしい姿は見るものを虜にし、筆を取れば人を泣かせる。

 負けていないつもりではいるが、才能は確か。




 性別は、男である。

 いわゆる、「男の娘」だ。

 でも制服は男物。

 だからというか何というか、女子の制服を着せてみたくなった。

 むしろ、昔から女装させてちやほやしたい願望があった。

 残念ながら学祭は終わってしまったので、当分彼がスカートを履く機会はない。

 ではどうするか。

 休日に家に連れ込んでしまえばいいのである。




 ******




 私がそんなよこしまな計画を実行したのは、開校記念日の当日。

 平日休みなんて早々ないし、親がいない時を狙うとすればそこしかない。

 適当に理由をつけて遥を呼び出し、部屋に上げる。

 ここまでは順調だった。

 気を付けなければいけないのは、そこから先である。


「ゆ、有紀ゆき

「なに」

「今日は急にどうしたの?」


 何と答えようか。

 普段の遥なら首を横に振ってイヤイヤしそうだし、ストレートにグイグイ行ってしまうと逆に引かれる可能性もある。

 まずは適当な話題からいってみるか。


「前に、また男子から告られたって聞いたんだけど、ホントに?」

「なんで既にその話がっ!? というか最初の話題がそれってどうなの!?」

「アンタなんて昔から男にもてるしねぇ、いーじゃんいーじゃん。というかホントなのね……」

「でもなんでボクなのよりにもよって……」

「まあ、いいんじゃない? 可愛いことは良いことだよ」

「か、可愛いって言うなよ!!」


 怒り顔が普通に可愛くてしんどいです。

 なんで頬が膨らむのか不思議だけど。


「じゃあ、いっそ女の子になっちゃえば解決だね」

「それはやだ!! ボク男子なんて興味ないし!」

「……でも、1回くらい女の子になってみたいって思ったこと、ない?」


 ここだ。ここで決めろ。

 遥が黙り込む。


「どうなのさ?」

「そ、そんなことない……」

「小さい声じゃよく聞こえないわね」

「そんなこと、ないっ!!」

「そう、残念」


 しかし本番はここからである。


「2人きりなんだから、自分の気持ちに素直になっても良いのよ? どう? スカート、履いてみない?」


 オトすつもりで耳元まで近づき、囁いてみる。

 吐息も耳に当たっているはずなので、相当効くはずだ。

 遥の身体が、一瞬跳ねる。

 体温が、空気を通して伝わってくる。

 半袖から覗く細い腕は、白色にほんのり紅を差す。

 額から汗が一筋垂れるのを、私は見逃さなかった。


「笑わないで、ね……」

「笑わないから、安心して」

「有紀と同じ、女の子に生まれたかったなって、思ったことは、ある……」


 か細い声で、答えた。

 私は心中で喝采を上げる。

 今宵は祝杯だ、宴の準備をしろ。


「可愛い服とか、羨ましかった……」

「じゃあ、着てみない? 例えば、制服とか」

「い、いいの……?」

「貸してあげる。ね?」


 手元に置いていた制服一式を、遥に手渡す。


「リボンはつけるの手伝ってあげる。着替えたらまた呼んで」


 そして立ち上がり、部屋を出る。

 閉じた扉の前で私は小さくガッツポーズ。


「よっしゃ! それにしてもアイツ、女の子座りとかあざとすぎでしょ……」


 それはともかく、着替え後が楽しみである。




 ******




 5分後、扉の外から私を呼ぶ声が聞こえた。


「ゆ、有紀、いる?」

「はーい。入ってもいい?」

「いいよ……」


 扉を開けると、そこには。

 短く切りそろえた、さらさらな黒髪の美少女がスカートの裾をつまんで立っていた。


「おお、可愛い可愛い。じゃあリボンつけましょ」


 わが校のリボンは紐の端がボタンなので、着用も簡単なのが助かる。


「ねえ、遥」

「な、なに……?」

「こうしてると、首輪着けてるみたいね」

「そんなこと言わないでよ!! バカ!!」

「ほら、いい子にしてね?」


 ついでに髪をひと撫ですると、水のように流れていく。

 遥は眼光を鋭くさせ、今にも噛みついてきそうな勢いの表情になる。

 ……ただし涙目なので、一言でいうと犬というより「くっころ」状態だが。

 くっころ男の娘最高。


「はい、出来た」


 完璧な女子高生(♂)の、出来上がりである。


「ちょっと、回ってみて。こう、スカートをヒラヒラさせる感じに」

「えっ……!?」

「いいから、ね?」


 私から少し距離を置いて遥が回ると、スカートもそれに合わせて踊り出す。

 可愛い。ただひたすらに可愛い。

 フワフワと舞う布地。

 そして遥の匂いを、なんとなく感じる。

 そんな様子を見て、私の心中にある考えが浮かんだ。

 奴が油断しているところを見計らい、手を伸ばせば届く距離まで忍び寄り。

 そして。

 スカートを後ろから一気にまくり上げる。


「よっと!」

「ひゃん!?」


 その奥に秘められた小さな布地が、いつもよく見る……というより普段から穿き慣れているモノと同種類のそれであることを確認した、と同時に。


 何コイツなんなのよなに可愛らしく悲鳴を上げてるのよアンタ最高の男の娘よ男にしておくには勿体ないわああでもこのルックスは男の娘のままでいた方が良いかな、などと思考回路が暴走する。

 が、私の視覚にはばっちりと頬を真っ赤に染めて涙目になりながらこっちを向いてお尻を押さえつける美少女幼馴染(♂)の姿が映っていた。

 やばい。萌え。

 すごい興奮する。


「な、なんでめくるの……やめてよ……」

「ア、 アンタが可愛いからいけないのよ……」


 うっかりしたら警察を呼ばれそうだ。

 そうそう、一番重要な「中身」はというと……。


「遥」

「な、なに……?」

「可愛いパンツ穿いてるのね。ピンク色のドット柄ですか。やっぱ心は女の子なのね」

「ううっ……何でボクをいじめるのそうやって……」


 アンタが可愛いからに決まってるじゃない。


「もうやだぁ……スカートだって恥ずかしいのに……めくられるし……パンツも見られた……」

「ねえアンタもう女の子になりかけてるわよ」

「そういうこと言わないでよ!! ボク男の子なのに!!」

「そうね、男の娘だものね」

「多分それ漢字が違うと思う!!」


 何の事だろう。


「遥にはショーツも可愛いけど、レングスもアリなんじゃないかな。こう、ちょっと短めのトランクスみたいなやつ」

「えっ、何の話」

「パンツに決まってるでしょ、せっかく女の子になったのに下着は男の子のままって変じゃない。スカートめくれたときどうするの」

「別にいいようなというか、どっちにしろ恥ずかしいというか……ボクは女の子にはならない!! 結局有紀はめくるつもりでしょ!」

「別にいいじゃない、同士なんだから。それにさっき『女の子に生まれたかった』って言ったじゃん」

「そういう問題じゃないっ! じゃあ聞くけど、有紀はボクにパンツ見られても恥ずかしくないの!?」

「女子ならめくり合っても『あーかわいいの穿いてるなー』とかそういうことしか思わないし、見られること自体は別に何とも……男子相手だと変わるけどさ」

「ボク男子!!」

「そんな顔で言われても無理よ」


 ショートカットな髪型でも完全に見た目は女子だし、無理なモノは無理だ。


「余計な話ばっかしちゃったけど、女の子になった気分はどう?」

「服着られたのは嬉しいけど……でも女の子って、スカート大変だよね」

「なに他人事みたいに言ってんのよ」

「だ・か・ら!!」

「正直になればいいのに」


 諭すように言うと、遥は大人しくなった。


「ねえ、有紀」

「んー?」

「今日は、ありがとう。楽しかったよ、『女の子』になれたのは。でも、こういうのは時々の方が特別感あっていいかな。例えば……」

「2人で遊ぶ時、とか?」


 あ。つい台詞を引き取ってしまった。

 しかし遥は。


「う、うん」

「別にいいよ、じゃあ今度は服買いに行きましょ。それから下着も」

「下着はいいですっ!」

「えー」

「服だけで十分だから!!! ねっ!?」

「はいはい。でも、気が変わったらまた言ってね」

「多分、言わないと思う……」

「そう。あ、服は着て帰らないでよ? 明日困るから」

「それはもちろん返すよ……」

「あーでもリボンもスカートももう一着分あるし、別にいっか」

「ちょっと!?」

「冗談よ、冗談」


 でも、と私は付け加える。


「買ったはいいけど着てない服あるから、それあげようか? 帰りに着て行くとか、さ」

「えっ……!?」

「いいじゃん、うんそうしましょうそれが良いわね」


 ちょうどいいところに、大きめの紙袋があった。

 抵抗される前に服を片付け、クローゼットから新しい服を引き出す。


「というわけだから、制服脱いでこれに着替えて」

「有紀さん……せめてお慈悲を……」

「立派に慈悲深いじゃない。アンタの大好きな『スカート』を履いて、女の子のまま帰れるのよ? それとも男の子に戻りたい?」

「で、でも……」

「素直になって、い・い・の・よ?」

「はい……」


 素直にスカートに手をかけ、再び着替えを始める。

 流石に着替えを覗くと「魔法」が解けそうなので、そそくさと廊下へ退散した。




 ******




「じゃあ、またね」

「うん。明日、学校で」


 背を向けて家路についた「彼女」の姿は、とても美しかった。

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