第24話 エステルの様子

 ターコイズ王国領。

 国境付近のとある都市で。

 雨脚が加速度的に強まる中、エステル・ヴァーミリオンが乗る飛空車を護衛する部隊が都市の行政を司る役所の敷地内へと接近していた。

 役所は都市に勤める兵士達の本部にもなっている。兵士達はこの豪雨の中で上空から接近してくる一団の存在に気づくと、その所属を確認するため部隊の旗を見極めようと目を凝らした。

 すると、自国であるターコイズ王国と同盟国であるヴァーミリオン王国の国旗と王家の紋章を目視し、上官が慌てて友軍だと兵士達に伝令する。

 それから、ペガサスやグリフォン達が続々と敷地内の直線路に舞い降りた。直線路をどかどかと踏みならしていき、エステルが乗る飛空車も着地する。

 そして――、


「ご尊来! ターコイズ王国、並びにヴァーミリオン王国王家の方々のご尊来である! この豪雨につき一時この都市へ立ち寄ることになった。至急、代官へ連絡せよ!」


 ペガサスに騎乗していた騎士が、都市の兵隊達に命令を下した。


「はっ!」


 兵士が慌てて役所の建物へと駆けていく。それを追って、ひときわ豪華な飛空車も役所の入り口へと近づいていく。

 その中にはシオンの婚約者であるエステル・ヴァーミリオン、その兄でありシオンのライバルでもあるクリフォード・ヴァーミリオン、そしてシオンの妹であるイリナ・ターコイズの三人が乗っていて――、


「とんだ災難だったな。出発して数時間で豪雨に見舞われるとは。この土砂降りだと今日はもう移動を再開できなさそうだ。帰国の日数もズレるかも」


 クリフォードが窓から外を覗き、物憂げに溜息をつく。一方で、ヴァーミリオン王国からの国賓であるエステルとクリフォード兄妹を見送るべく、ターコイズ王国を代表して途中まで同行することになっていたイリナ。


「二人と一緒にいられる時間が増えるから、私は大歓迎だけどね。次の休憩で王都まで引き返す予定だったけど、このまま雨が止まなかったらこの都市にお泊まりすることになりそうだし」


 イリナは実の姉のように慕うエステルにべっとりと抱きつき、上機嫌に声を弾ませた。


「シオンの奴、悔しがりそうだな」

「ね」


 クリフォードがふふっと笑って言うと、イリナがおかしそうに同意する。二人の視線は自然とエステルへと向かった。


「……なんですか? もう」


 兄妹のように親しく育った二人が何を言いたいのかを薄々察したのか、当のエステルはむうっと唇を尖らせる。と――、


「お三方、よろしいでしょうか?」


 飛空車の扉がトントンとノックされた。

 外から女性の声が響く。


「あら、オリヴァ? どうしたの? 開けていいわよ」


 イリナが返事をすると、扉が開く。扉の外には給仕服を着たイリナの侍女――オリヴァという名の女性が傘を差して立っていた。その隣にはエステルの侍女であるソフィという名の少女もいて、他にも側仕えの人間が待機しており、恭しくこうべを垂れている。


「準備が整いました。雨が止むまで宿舎の中へお移りください。もしかすると今宵はこちらでお泊まりになるかもしれません」


 オリヴァが三人に説明する。


「ええ、わかったわ。オリヴァ」


 と、イリナが応じると――、


「ああ。じゃあ、行くとしようか。ほら」


 クリフォードが率先して下車し、車内にいるエステルとイリナに向けて紳士的に手を差し伸べる。側仕えの一人は雨に濡れないよう、すかさずクリフォードに傘を差した。


「貴方から先に降りて、イリナ」

「うん」


 エステルに促され、まずはイリナから降りる。すると、オリヴァが間髪を容れずに傘を差した。


「ほら、エステルも」

「ありがとう、兄さん」


 エステルも続いて降りる。


「姫様、どうぞ」


 ソフィがすかさず傘を差す。


「ソフィもありがとう。自分で持つわ」


 エステルはそう言って、ソフィから傘を受け取る。それから、役所の建物へと進んでいく一同。その一方、遥か上空で――、


「……駄目だ。雨でエステルがどこにいるのか見えない」


 ノアが神眼を発動させながら、地上の様子を窺っていた。エステルの位置を鑑定しようとしたが、雨で視界が悪いせいで人物鑑定ができない。

 神眼はノアに視えているものしか鑑定できないのだが、どうやら鑑定対象の姿形をきちんと認識する必要があるようだ。姿形を目視しやすい建物の鑑定はできたので、役所の位置や都市の地理を代わりに確認すると――、


「俺達もこの雨に紛れて都市の中へ降りて、どこかで雨宿りをしよう」


 と、リィエルに言った。

 都市の役所は代官の住居と隣接させなければならず、役所か代官の住居を迎賓施設としても機能させなければならないと国法で定められている。この都市もその例に漏れていないはずだから、エステル達もこのまま宿舎か代官の屋敷に滞在するだろう。


「様子を見ていなくていいの?」

「大丈夫、雨が降っている限りは役所か代官の屋敷にいるはずだ。雨が止んだら様子を見にくればいい。もしもあと数時間も雨が止まなければ今日の移動は見送るはずだから、その時はこの都市で宿を取る」


 ノアはそう決めて、地上へと降下を開始した。


   ◇ ◇ ◇


 そして数時間後。

 エステル達が立ち寄ることになった都市の迎賓館で。


「今日はもう駄目だな。このままこの都市で世話になることが決まったよ」


 クリフォードがエステルとイリナが控えている客室を訪れ、決定事項を伝えた。


「やった! エステル姉さん、同じ部屋で寝ようね!」


 と、真っ先に喜ぶイリナ。隣に座るエステルに抱きついて頼んだ。


「はい。いいですよ」


 エステルがイリナの頭を撫でて頷く。すると――、


「じゃあ、そういうわけだから、俺は剣の素振りでもしてくるよ」


 クリフォードはそう言い残し、さっさと立ち去ろうとする。


「え、こんな雨の中で剣の素振りをするの? え、流石に室内でだよね?」


 イリナが信じられないと言わんばかりに目を見開いて確認した。


「外ですよ。修行馬鹿の兄さんですから」


 エステルはそう言って、諦めたように溜息をつく。


「修行馬鹿はひどいな。一日に一度は剣を握っておかないと感覚が少し鈍るんだ」

「だからって豪雨なのに外で素振りをするとか……」


 ちょっと引いた顔をするイリナ。


「実戦では天候を選べない。悪天候であるほどに修行日和なんだ。雨の中で剣を振ることだってあるかもしれないだろう?」

「うわあ……」


 これでは実の妹であるエステルから修行馬鹿だと言われるわけだ。そう思って呆れたイリナだった。


「もう止めるのは諦めました。けど、こんな天気で剣を振るって風邪でもひいたら怒りますからね。ほどほどにしてください」


 日頃から慣れているのだろう。エステルは少しだけ唇を尖らせて念を押した。

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