第20話 俺以外の誰かが、どうして俺として生きているのだろうか?

 シオンとリィエルがターコイズ王国の王都を訪れてから二日後。

 正午の城下町で。

 未来の王妃エステルの来国を歓迎するパレードが開始された。

 パレードの部隊は王城を出発し、城下町へと繰り出していた。そこから市内をグルッと回ってから、お城へと帰還していく。そういう手筈になっている。


「シオン様!」「未来の賢王シオン様!」

「エステル様!」「未来の王妃エステル様!」


 シオンとエステルは豪華な馬車の台車に乗り、周囲を歩く兵隊達に厳重に警備されながら、群衆に手を振っている。

 そんな二人に民衆が声援を送っていて――、


「おおお、手を! お手を! 振り貸してくれたぞ!」

「シオン様、素敵……」

「エステル様!!」

「ああ、お美しい、美しい……」


 二人の姿を目にした国民達は強く感動して打ちひしがれている。

 近隣諸国との戦争が数百年間に渡って起きたことがないターコイズ王国において、民衆は王家を強く支持している。平和を保つ王族は民衆から絶大なる支持を得ている。

 ゆえに、王族に向けられる敬意は天使信仰に続くほど強い。民衆の多くが前へ前へと進んで、より近い場所でシオン・ターコイズとエステル・ヴァーミリオンの姿を拝もうとしている。ただ、そんな中で……。

 いや、民衆達からだいぶ離れた場所から、シオン・ターコイズとエステル・ヴァーミリオンを眺めている者達がいた。

 シオン・ターコイズではない、ただのシオンと、リィエルだ。二人は背の高い都市の時計塔に忍び込み、物見台の影からパレードの様子を眺めている。


「……あの男の人、髪の色以外シオンにそっくり」


 リィエルが馬車に乗るシオン・ターコイズを見下ろしながら、隣に立つシオンに向けて言う。そう、二人は生き写しのように外見がそっくりだった。

 違うのは髪の色だ。シオンが神眼をその身に宿した時に髪の色素が抜けて白髪へと変化したのに対し、馬車の台車に乗ってエステルの隣にいるシオン・ターコイズは群青色の髪をしている。


「…………なんなんだ、アイツは?」


 シオンは薄気味悪そうに、掠れた声で疑問を口にした。衝撃が強すぎて思考が停止しそうになる。だが、今のシオンにはその疑問を確かめる術がある。

 シオンはごくんと息を呑むと、神眼を発動させ、馬車の台車に立つシオン・ターコイズの鑑定を行った。結果――、


================

【名前】シオン・ターコイズ

【種族】人造人間ホムンクルス

【年齢】肉体年齢は16歳

【性別】男

【レベル】14

【ランク】1

【基礎パラメーター】

・膂力:E(44/100)

・敏捷:E(44/100)

・耐久:E(44/100)

・魔力:C(4/100)

【特殊パラメーター】

・魔法:A

・魔眼:A

【スキル】

・魔の祝福

 特殊パラメーター『魔法A』の項目を追加し、基礎パラメーター『魔力』の等級を一つ上昇させる。また、レベルの上昇に伴う基礎パラメーター『魔力』の上昇値に大補正。

・魔眼・大魔道士の眼

 特殊パラメーターに『魔眼A』の項目を追加。魔眼発動時には四級魔法までの鑑定、魔法陣構築速度の上昇、魔力消費量の軽減、四級魔法までの詠唱破棄などの恩恵を受ける。

【特記事項】

 シオン・ターコイズを複製した人造人間ホムンクルス

================


 という鑑定結果が判明する。

 かくして、シオンはシオン・ターコイズの正体を知った。


(……人造人間ホムンクルスだと? 俺を元に複製された、人造の人間?)


 なんでも知ることができる神眼を手に入れたはずなのに、わけがわからない事実に直面している。思わず薄ら笑いが浮かんできた。

 未来の賢王シオン・ターコイズ。

 そういった王子が今のターコイズ王国に存在するとはこのパレードが行われるまでの間に何度も耳にしていたが、どこか実感は沸かなかった。こうして実際に目の当たりにするまで、半信半疑に思う自分がいたのだ。

 いや、あるいは現実逃避していたのかもしれない。だから、もしかしたら国の混乱を恐れた父が影武者を用意したのかもしれない。そんな風に思うようにしていた。

 しかし、今この瞬間、シオンは確信した。


(あそこにいるシオン・ターコイズは間違いなく俺やリィエルを監禁していた組織、ダアトと関わりを持っている)


 人造人間、という鑑定結果がすべてを物語っている。あそこにいるシオン・ターコイズはダアトが作りだしたのだろう。

 人造の亜天使であるリィエルと同じように……。

 そう考えれば説明がつく。

 そう、シオンはダアトが作りだしたシオン・ターコイズによって本物の立場を奪われてしまったのだ。

 ダアトが偽物を作って本物とすり替えて、シオンの人生を奪った。それだけは確かだった。だが――、


(父上はこの事実を知っているのか?)


 それがわからない。

 いったい何がどういう経緯で本物の自分と偽物のシオン・ターコイズはすげ替えられたのだろうか?

 もし国王である父も気づいておらず、妹のイリナに大切な幼馴染であるエステルにクリフォードも事実を知らないまま、偽物のシオン・ターコイズと接しているとしたら? あそこにいるシオン・ターコイズが、三人を騙しているのだとしたら?

 自分とまったく同じ顔をした誰かが、自分として生きている。そして、自分の親しかった者達を騙している可能性がある。

 そんな現実を目の当たりにして突きつけられた今――、


(…………ふざけるなよ)


 シオンの中に形容しがたい拒否感が湧き起こってきた。

 わからない。

 人の人生を奪っておいて……。あそこにいるシオン・ターコイズは、どうして幸せそうな顔でエステルの隣に立っていられるのだろうか?

 偽物のシオン・ターコイズは我が物顔でエステルの肩に手を回し、民衆に手を振っている。シオンはそんなシオン・ターコイズの姿を見ているだけで強い不快感を抱き、キュッと唇を噛む。

 すべての元凶はダアトという組織にある。

 シオンはダアトによって三年も研究所に拉致監禁されていた。そして、モニカとウリ二つの顔をしたリィエルも存在する以上、ダアトという組織はモニカの失踪にも絡んでいたのだろう。

 人の人生をこれだけメチャクチャにしておいて、いったいダアトという組織は何を目的にしているというのか?

 いったい何が起きているというのか?

 モニカはいったいどこへ消えてしまったというのか?

 わからない。

 外の世界に出た今も、わからないことだらけだ。

 本当に。

 嫌になるほどに。

 だから、調べる必要がある。

 そのための神眼ちからならば手に入れた。すると――、


「シオン」


 リィエルが普段通りの優しい声色で、モニカの声で、シオンの名を呼んだ。


「……ああ」


 シオンは深く息をつき、しっかりと返事をする。

 現状、本物のシオンが生きていると知っているのは、世界でリィエル一人しかいない。それだけで少し救われた気がした。本物だとか、偽物だとか、そんなのは関係なくて、自分は自分なのだと思えた。


「これから、どうするの?」


 リィエルが尋ねる。


「あそこにいるシオン・ターコイズの隣にいる女の子。エステルは俺の大切な友達なんだ……」


 だからこそ、シオンは疑問に思う。偽物のシオン・ターコイズの周りにいる者達は、真実を知っているのだろうか、と?

 もし真実を知らなかったら、エステルは偽物だと知らないまま偽物のシオンと結婚することになる。

 けど、偽物のシオン・ターコイズと関わることで、ダアトに見つかるリスクもあって……。


「シオン?」


 と、リィエルがシオンの名前を呼ぶ。

 私はシオンの味方だよ。

 リィエルがそう言ってくれている気がして、シオンは密かに鼓舞される。

 だから……。


「なんとかして、エステルと接触してみようと思う」


 せめてエステルが真実を知っているのかどうかだけでも確認したい。シオンは悩ましそうに顔を曇らせ、しかる後にガシガシと頭を掻くと、強い決意を覗かせてそう告げたのだった。

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