第59話 私の生きてる世界



「貴方は本当は優しい神様だった。いえ、今もそうなのでしょう? 私を殺すフリをして、迷っている怨霊達を助けてあげたのだから」


 そこで、初めて相手の動きが鈍くなった。


 黒猫は戸惑うように何度も首を振ってから、自らの思考を思い直し正そうとするかの様に攻撃をする。

 が、こちらが無事であることが示す通りに、その行動はうまくいってない。


 彼にとってはそれほど予想外だったのかもしれない。

 私のその言葉が。


「ウルベス様の時は、迷える魂を成仏させてくれたわね。アリオの時だって、女優さんの恨みを晴らしてあげたかったんでしょう? そうとしか思えないもの、貴方のやっている事は。貴方は……。心の底から人間を嫌いになる事なんでできないのよ。ただ私達を追い詰めるだけなら、もっと隙の無い魂を使う事が出来たはずなのに、貴方がけしかけてきたのはそうじゃなかった」


 そう、効率を考えればもっと私達がどうする事も出来ない方法をとれたはずだ。公演を見にいった時は、私達が境遇も知らないような怨霊をけしかけることだってできた。ウルベス様の時には、そもそも彼のいる時を選ばずに私の不意をつく事だってできたはずなのに。

 彼はそうしなかった。


 私はそれからも、精一杯相手に伝わる様にと、言葉を尽くし声を高くする。


「ユスティーナ様や私達を恨むな、なんて言わないわ。私は直接この目で、貴方の身に何が起こったか見てないのだから。でも、この世界の人達への復讐はしないでほしい。皆、貴方のした事を知らない時代に生きているのよ」


 神話の時代に起きた事を、遠い世界の出来事として捉えている今の世の人達を冷たいと考えるのが普通の事なのか、それともそうすべきでないのかは私には分からない。けれど、自分がした事でない行動の責任を取らされる事は間違っている……、と私は思っている。


 私の場合は転生させてもらえるという取引があってこの場にいるのだから良いのだが、もしそうでなく世界の救済だけを押し付けられてこんな場所に放り出されていたとしたら、どう思っていたか分からない。


「もしも関係ない人達への復讐を止めてくれると言うのなら、加護を渡すわ。貴方が私のかけがえのない友達になってくれて、神話の時代に本当にひどい目に遭ったという事が分かったのなら、私は貴方の味方をしても良いとすら思う。女神様へ文句を言うのだって止めたりしない。だから、お願い」


 味方になる、と言われた黒猫の視線が突き刺さった。


 その瞳にあるのは、信じられないという思いと驚愕の感情。


 当然だ。女神に歯向かう事を良しとする人間など、これまでにいなかっただろうから。


 ユスティーナ様はこの世界を作り出してくれた存在である。

 この世界の全ての命の母で、私達の身の回りにある全てを生み出した創造主。


 だからこそ、彼はそんな言葉をかけられた事が無かったはずだ。


 けれど、私は神様は絶対的な存在だとは思わない。

 神様が完全で素晴らしい人なら、そもそも誰も不幸になったりはしないし、過去にあったとされる最初の世界は争いの火に呑まれたりはしなかった。

 神様だからという理由で、誰かを見る目を曇らせたりする事は、私がウルベス様と説得した時の話を蔑ろにしてしまう事だ。


 私は未だ戦い続ける道を選択している黒猫へと話しかける。


「私の生きてる世界を壊さないで」


 そして、黒猫に渡すはずだったそれを握りしめて前へと進んでいった。


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