第3章 トール・ゼルティアス
第31話 不吉なことわざに拒否反応がでています
小雨が降る中、身震いをする。
早朝、屋敷の外に出ると体が冷えてきた。
しかし寒いといってまだ戻るわけにはいかない。
やる事があるのだから。
トールと共に歩きながら、屋敷周りのあちこちへ視線を配っていく。
植え込みの影とか、木の後ろとか。
見逃すところがないように念入りに。
玄関周りや庭園、家の敷地から少し離れたところなども足をのばしていった。
朝の静かな空気は嫌いではない。
心が落ち着くから、考え事の多い今の状況にはぴったりだ。
屋敷から伝わってくる喧騒はない。
厨房の近くは仕込みなどの関係で多少人の声が聞こえてきたが、まだ使用人も両親も寝ている頃のようだった。
横のついてきているトールも、特に何かを話しかけたりしないので、歩いていなければもっと静かになるだろう。
そんな静かな時間の中で歩き回る私は、有効活用とばかりに考え事も行っていた。
乙女ゲームの内容の整理や今までの振り返り、これから起こることなど。
一通り整理をつけた頃。
トールが「そういえば」と話しかけてきた。
それは月についての話だ。
「昨日、使用人たちが外の月を見ながら、雑談に盛り上がっていたんです」
「貴方は混ざらなかったの?」
「私は特には、ただ景色は綺麗だったなと。お嬢さまは?」
「私も見ていたけど……」
私が転生したその世界には、月が笑う様な日、ということわざがある。
昔の人々が、綺麗な満月が出た日にその輝く光を見て、「まるで月が笑っている様だ」と誉めたからだ。
その時の話が、長い年月が経過した今でも残り、綺麗な夜空の事を「まるで月が笑っているような景色ね」と人々が誉める様になったという。
だが、その言葉には別の意味がある。
女性に人気の流行りの物語の中では、どういうわけか「月が笑っている」と喜んだ次の日には悲劇が起こるケースが多かった。
だから私は、その日そんな言葉を聞いて拒否反応を示した。
「昨日はまるで月が笑っているかの様な綺麗な星空でしたね、お嬢様」
「そうね。……そう、ね」
使用人のトールに言われた私は、同じ言葉を繰り返して思わず顔をしかめてしまった。
そんな私の態度を見た彼は、不思議に思った様だったが……すぐ原因に気がついたようだ。
「そういえば、最近不吉なことわざとか苦手になってしまったと、おっしゃっていますけど、まさかそんな事を気にされているのですか?」
「ええ、ちょっと後味の悪い物語を読んでしまって、その影響で」
「そういうった事は気にしても仕方がありません。早く忘れるに限りますよ」
「そうよね」
もちろん私が言うそれはトールの考える物とは違う。乙女ゲームの内容に関する事であり、この世界の事でもあるのだが、そんな事を言ったところで彼に理解してもらえるわけがないだろう。なので適当に言葉を濁しておいた。
屋敷の周りを歩きまわった後、玄関に戻ってきた私は一息つく。
そんな会話をしながらも、朝早くの時間帯から私達がしているのは些細な捜索だった。
屋敷の庭に出てきた私達は、雨が降る中、とある存在を探していたのだ。
小雨だから少しぐらい濡れても構わないのだが、あまり長く出ていると風邪をひいてしまうかもしれない。
だから、もう屋敷の中へ戻るつもりだ。
「猫……いないわね」
「そうみたいですね。あれは人の気配に敏感ですから、こちらの事に気がついてとっくにどこかに行ってしまったのかもしれません」
「だったら、今日の所は探しても意味ないわね。戻りましょうか」
「はい」
少しだけ下がってきた体温を自覚しながら、諦めてトールと共に屋敷の中へ戻る。
猫を探していたのは最後のイベントの為だったのだが、見つからないのなら仕方がない。
ここのところ、一周目とは違った方法で思いついた事をあれこれ試してはいるのだが、あの黒猫から好かれる気配が微塵のないので、少しショックだった。
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