第30話 リンドウの罪と罰⑦
一つの墓の前でリンは足を止め、跪いて胸の前で三角形を作った。その墓には親友の娘が眠っている。
望まない妊娠だった。母親は幼かった。経済的にも、母体の健康の為にも、精神的にも出産は難しかった。
ある冬の日のことだった。ヒナに会いに行こうとしたリンは、ヒナが行方不明だと知った。ヒナが見つかったのは、その日の夕方。川の中にいた。血走った目でヒナの母親は呟いた。
「なんでヒナが」
なぜお前ではないのかと言いたげだった。なぜと問われても、リンにもわからない。
「こんな状態で子ども生まれるのかな」
翼は言った。帝国の軍人の息子がそう言った。墓に眠る赤ん坊の父親は、帝国の軍人だ。
翼を恨む気持ちはこれっぽっちもない。リンはそう断言できる。けれど。目に焼き付いたヒナの顔が離れてくれない。
ヒナがいなくなって七年。養母もいなくなってから三年。魔女と忌み嫌われ、一人で暮らしているけれど、なんだかんだで仕事は絶えずそれなりに暮らせている。
不幸せだと、思ったことがないと言えば嘘になるけれど、運がいい方だと思っている。経済的にも精神的にも誰にも縛られていないリンは、ある意味では鹿毛馬市の中でも恵まれた方だ。
リンの脳内に記憶の断片が浮かび上がってくる。身ごもった事を知ったヒナの顔。ヒナは人が変わったようだった。おしゃれが好きだったのに、
「帝国軍の前で、派手な服着てたから」
なんて誰かの受け売りを口にしていた。彼女は死んでしまった。誰よりも地味な服を着て、ちょうど今リンが着ているような黒い服を着て川に浮かんでいた。
「リン」
死の数日前、ヒナを見舞った時に、張り詰めた声で言われた。
「帝国人なんていなくなればいいのに」
大きな秘密を打ち明けるような、重々しい口調だった。彼女の不幸は、全て帝国のせいだと言いたげだった。返す言葉もないリンに、念を押すようにヒナは繰り返した。
「帝国人なんていなくなればいいのに」
ヒナの黒目がちの目をよく見ていれば、死の兆候が見えたかもしれない。リンはその目をまともに見ることができなかった。変わってしまった親友のために、できる限りのことはしていたつもりだった。それでもヒナは死んだ。もし彼女の母親に、なぜお前が生きているのかと問われたならこう言いたかった。
「私が代われたらどんなに良かったか」
と。問われることはなかったから、口に出すことはできなかったけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます