第8話 冒険の始まり⑦
ところが、そう離れないうちに子ども兵士を見失い、なかなか見つからなかった。何人か兵士はいるようだが、人の数も少ないままだ。報セの話によると、革命軍は割と人数が多い反乱軍らしいので、おかしな事だ。もしや本体はどこかを襲っていて、ここにいるのは留守番なのではないか。今この瞬間にも、革命軍が悪事を働いていると思うと気分が悪いが、報セを逃すには良い機会だ。今日を逃したら、次はないかもしれない。翼は気を引き締めて、偵察に戻ることにした。
一階をぐるりと歩くと、地下室に降りる階段と二階に上がる階段があった。翼は地下室に降りることにした。
地下室は暗くて湿っぽくて、広さはあるものの、記者のいる土牢とさして変わりない場所だった。おまけに臭いが酷い。汗や排泄物、金物臭い血が混じり合った、獣臭い空気が充満している。鼻が曲がりそうだ、と翼は顔をしかめた。
武器庫として使われているのか、木箱だらけで暗い。その中を手探りで歩いていると、奥の方からくぐもった悲鳴が聞こえた。人が暴れるような物音も。暗くて見えないが複数人いる気配がする。おそらく二人だ。嫌な予感がした。
「おい、何してやがる! 」
翼は狭い隙間をできる限りの速さで走った。
嫌な予感は的中した。倒れている人影と、それを見下ろす人影。先程の呻き声は倒れている人影のものだろう。もう一人は翼の声に振り返って、こちらを警戒している。
向こうは明かりをつけているので、こちらがよく見えないらしい。翼は速度を上げる。やっとこちらに気づいて鏃杖を構えた人影めがけ、拳を振り下ろした。
拳はすり抜けたが、人影は魂を抜かれたようにその場に倒れこんだ。倒れこんだ人影の顔をよく見てみると、見張りをするはずだった兵士だった。まぶたが微かに動いているので、気を失っただけである。目を瞑っていると、先程見た時よりも若く見える。無精髭のせいで老けて見えるが、まだ十代の若者のようだ。手に煙草を持っている。
翼は倒れていた人影、先程見かけた子ども兵士を見た。子どもはいつのまにか部屋の隅に移動し、膝を抱えて座っていた。
間近で見ると、痩せているのがよくわかる。丸まった背中は背骨が浮き、顔色も悪い。寒い時にやるように、手を擦っている。その手には真新しい火傷の跡がある。ぼろぼろで短い服は、引っ張られたのか片袖が千切れていた。
その瞳には、何も写っていない。役目を終えた屍のように、明日を夢見る胎児のように、ただぼんやりと床を見ている。床は冷えて冷たく、寒いに違いなかったけれど、そんなことどうでもいい、何も見たくない、考えたくない、小さく丸まったその姿が訴えていた。
声をかけても良いのか、翼はためらった。子どもは翼のことも見えていない。きっとここではないどこかに逃れているんだ。だけど、翼は思う。このまま放っていいのか?こいつは敵方だ。だけど放っておけばずっとこのまま。考えるより先に、言葉が口をついて出た。
「ここから逃げよう。一人ではできないけど、俺と報セさんと、神さまだってついてる。今を逃したら次はない。見張りの薄い場所を教えてくれ。協力しようよ」
静かな地下室ではやたらと声が響く。子どもは瞳だけ動かしてこちらを見た。
「殺されるよ 」
報セさんも神さまも誰のことなのか説明はしなかったが、子どもには分かっているようだった。
「捕まればだろ。なんとかするさ。それに…… 」
「ここにいても同じ? 」
翼は黙って頷いた。子どもは呟いた。
「……あの人、案外良い人 」
「良い人の基準がおかしいだろ」
どんな理由であれ、自分より弱い者を殴りつける人は、絶対に良い人ではない。
「このままで良いと思ってんの? 」
子どもは何も言わない。
「なあ、それはおかしい。好き好んで殴られなくてもいいじゃないか。こんなところ出て行って、もっと面白おかしく生きたっていいんだぜ。なあ 」
子どもは再び俯いた。
「一緒に行こう。放っておけないよ! 」
子どもが初めて、翼と目を合わせた。怯えながら、疑っていた。翼を試していた。お前は本当に、味方なのか? 翼は目をそらさなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます