第6話 冒険の始まり⑤

 近くに工場のような建物が一つだけあったので、そこに行って、見張りの状況などを偵察することになった。


それにしても涼しい。まばらに生えている木は、翼には馴染みのない針葉樹が多い。夏なのにこんなに涼しいのは、ここが帝国最北の菱の島だからなんだろうな。翼は地理の授業で教わったことを思い浮かべた。


菱の島は我が氷上帝国最北の島です。旧氷上暦元年、初代将軍が氷上を統一した時に、氷上帝国の領土となりました。唯一神を信ずる青の民が住んでいます。たくさんの島が連なる氷上帝国の中でも、本島に次ぐ大きさを誇っています。氷上有数の思い石の産地です。現在は青の民が独立を求めて謀反を起こしていますが、我が帝国軍が必ずや謀反人どもを殲滅してくださることでしょう。


確かこんな感じだった。翼はけして勉強が得意ではないが、厳しい家のしつけと本人の努力のおかげで、成績は悪くなかった。地理の知識は試験に出たため、よく覚えていたのだ。


ということは、ここの武装組織は青の民の謀反人ということだな。翼は考えをまとめた。青の民は唯一神を信じているらしいが、翼はその唯一神という考え方がよくわからなかった。


 もっと具体的に書けば、神が一人しかいなかったら不便じゃん!シイ神さまみたいなのが一人だったら世界は終わりだ!と思っているということである。が、翼と青の民ではそもそも『神』の捉え方が違うのだ。


翼は氷上帝国で一番多い民族『緋の民』の出で、一般的な多神教を信仰している。家には祖霊を祀る祭壇があり、夏は近くにある神殿の祭りに参加している。万物に神が宿ると考え、生まれ変わりを信じている。熱心な信者ではないが、困った時は


「我が祖霊よ、山の神よ、海の神よ……」


と唱える。そういう習慣だった。宗教というよりは生活に基づいた呪いの寄せ集めのようなものである。髪には霊力が宿ると考え、髪を短く切るのは死んだときとと戦場に行くときだけである。翼も肩甲骨の下あたりまで髪を伸ばして、頭頂部で一つに結んでいる。


一方で青の民は、世界を創造した唯一神を信仰している。シイ神さまのような存在は、神ではなく強い霊、すなわち精霊ととらえる。精霊も神の下に位置する。たとえ先祖であっても人間を祀ることは禁止されていて、生活の細々としたことまで規定される戒律がある。髪の毛は、彼らにとって特別な意味を持つものではなく、むしろ世俗的なものの象徴として、短く切ったりする者も多い。青の民と呼ばれるのは、彼らの宗教を表す色が青だからである。また神と、その下にある人間と自然を表す象徴として、正三角形が使われる。そのため信者は右耳の耳たぶに、正三角形の耳飾りをつける。


氷上帝国は緋の民のような多神教信者が大多数を占め、もはや氷上人または帝国人といえば緋の民のことを指すことが多いが、わずかながら青の民のような少数民族も暮らしている。現在反乱を起こしているのは青の民だけだが、その昔、教科書にも登場する初代の大将軍が、島々を統一し氷上帝国の礎を築くまでは、戦の多い土地であった。翼はその事を、知ってはいるがわかってはいない。


翼が考えごとをしながら歩いているうちに、一行は目指していた建物に着いた。思っていたよりは人がいないのが気がかりである。

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