第45話。気になること

 



 ベスティエの中心にある時計塔より少し北、獣人国の城にやってきた。城壁や柵などはなく、代わりに水が張られたお堀がある。その周りを黒い服に身を包んだ何人もの兵士が、周囲に目を光らせて立っていた。


「なんだか物騒だけど、これこそ獣王陛下がいらっしゃる獣人国の王城、ベスティエ城さ」


 ベスティエ城は要塞の様ながっしりとした建造物で、見栄えより実用性重視の城だ。魔道具で強化されているのか、城全体から微弱な魔力を感じる。


 獣人は魔力を持たないが故に魔道具を扱うことが出来ないが、他種族でも雇っているのだろうか? でも獣人国は他種族の入国をほぼ拒否しているし、まさか他種族を奴隷にしているなんてことも無いだろう。

 ルーシィに聞いてみるか。


「ルーシィ、城が魔道具で強化されてるみたいだけど、これって誰が発動してるの? こんな規模の魔道具を発動させるなら、エルフ並の魔力持ちが何人も必要だよね?」


「あたしもそれ考えてたのよ。父様の頃はこんなの無かったわ。そんなことする必要も、できる人も居なかったもの」


 となると、新王になってからか。ツヴァイなら調べられるかもしれない。どこかで連絡を取れたら頼んでみよう。もしかしたらもう調べてくれてるかもしれないけど。


「でも、今は1人になれないからな……」


「どうしたのよ」


 出すつもりはなかったけど口に出ていたのか、ルーシィが片眉を上げて俺を見てきた。


「ツヴァイ――――情報部隊の彼に頼めば調べてくれるかな、って思ったんだけど」


「わざわざそんな事するまでのことかしら。他種族を雇ってるだけじゃないの?」


「そうかもしれないけど、気になるっていうか、なんというか」


「ふーん……わかったわ。少し待っててくれる?」


 そう言い残したルーシィはリカルドの方へ駆けて行き、彼の服を摘んでから口を開く。何を話しているのか、ルーシィが下を向いてもじもじしている。リカルドが何か察した表情になり、ヤビットの耳元で口を動かす。それに頷いたヤビットがルーシィの目線に合わせてしゃがみ、ある方向を指さした。

 顔を上げたルーシィが微笑み、こちらに戻ってくるなり俺の手を掴んで、指さされた方向へ足早に歩き出す。ミシェルが不思議な顔をしていたけれど、サラシャ達女子組は俺達を見送るように手を振っている。


「ねぇ、リカルド先生に何言ったの?」


「その……花冠作ってくる……って、言ったわ」


 なるほど。つまりはお手洗いに行くと誤魔化したわけか。遠回しとはいえ、男性であるリカルドとヤビットに伝えるには相当羞恥があっただろう。申し訳ないことをさせてしまった。


「ごめん、ルーシィ」


「問題ないわ。エミルが引っかかってる時は大抵何か裏があるときよ。あたしも気になってるし、さっさと行動に移した方がいいと思ったの。……ここら辺でいいかしら?」


 俺達が立ち止まったのは、遠足の一団から200m程離れた十字路から、数度曲がった細い裏路地。

 ルーシィはヤビットからお手洗いの場所を聞いていたはずだが、そちらには行かなかった。そこまで行く時間が惜しいし、俺も賛成だ。


「いいと思う。さて………ツヴァイ」


「こちらに」


 いつもと同じく、瞬きの間にフッと現れたツヴァイ。毎度の事ながら思わず感心してしまう程の忍者ぶりだ。忍者じゃないけど。


「ベスティエ城を強化している魔道具の発動者、並びに貴族院の動向も調べて欲しい。頼めるか」


「かしこまりました。部隊の者を数名連れてきておりますので、彼らを使います。それと……そちらの御方を、獣王が密かに探しているとの情報を入手しました。お気をつけください」


「ルーシィを……? 分かった。それについての情報も詳しく調べておいてくれ。ご苦労だったな、下がっていい」


「はっ」


 ツヴァイが姿を消したのを確認し、俺はルーシィに向き直る。


「新王に探される心当たりはある?」


「ないわよ、そんなの。自分で平民にまで落とした家系の娘に一体何の用なのかしら。とはいえ見つかったらそれはそれで面倒ね……。変装しましょうか」


 そう言ったルーシィが、闇属性魔法の一種である幻覚魔法を発動して耳と尻尾を隠す。更には髪まで橙がかった黄色から茶髪に見えるようにして、瞳を金色から緑に変えた。

 久しぶりに見たルーシィの幻覚魔法だけど、出会ってから4ヶ月程度の間にかなり上達している。これならパッと見程度で見破られることはない筈だ。カイン学園の皆に説明するのが少し面倒だが、それは仕方ないだろう。


「これでどうかしら?」


「色合いもルーシィに似合ってるし、魔法の方も違和感がないからバレないと思う」


「に、似合ってる……!? そう……ありがと」


 照れて赤くなった顔をして、本当に嬉しそうなルーシィがなんだか可愛く思えてきてつい頭を撫でてしまう。そうしたら今度は、子供扱いしないで! と盛大に拗ねられてしまったので、即座に謝った。


「もう、仕方ないから許してあげるわよ。そろそろ戻らないと怪しまれるわね。行きましょ?」


「そうだね。ルーシィ、手を」


 自分の手を差し出したら、ルーシィは直ぐに俺の意図を理解してくれたのか、しっかりと手を握る。俺も握り返し、今度は俺が前に出て歩きだした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る