第212の扉  サプライズのその先へ

「ここは……」


 風の国で優風と話していたはずの太陽。みけちゃんとの再会を果たし、どういう状況なのかと頭を整理していたら、急激な眠気に襲われた。そして……


「ありゃ? なんで俺もいるんだろ」


 太陽の目の前には月が。彼も状況を飲み込めていないようで、不思議そうな顔をしている。

 太陽と月は二人で一人の身体を共有している。なので、目の前にもう一人が居ると言うことはあり得ないのだが、これ一体どういう状況なのだろう。二人は混乱する頭で辺りを見渡してみると……


「あ……」

「タタン様?」

「ほっほっほ、久しいのぉ、太陽くん、月くん」


 そこには夢の国の王様、タタンの姿が。相変わらずプニプニと触りたくなる豊かなお腹をしている。


「タタン様、これは一体どういう」


 太陽が首を傾げながら疑問を口にする。タタンが居るということは、ここは夢の国のようだが、二人にはここに招かれる理由が思い当たらない。ここに来る前に優風は「サプライズ」と言っていたが、どういうことだろうか。


「ほほ、この前のお詫びをと思ってな。ゆっくりしていくといい。この子と一緒に」


 タタンがにこやかに微笑んで、少し位置をズレる。すると、彼の背中で見えなかったが、そこには一人の少女の姿が。


「っ!?」「あ!?」


 その人物の姿を捉えた瞬間、太陽と月は驚きの表情を浮かべながらも、嬉しそうに微笑んだ。そして、彼女の元へと駆け寄り、その足元に跪く。


「お久しぶりでございます」

「……」

「元気そうで良かったよ」

「……」


 太陽と月が楽しそうに声をかけるのだが、彼女はずっと無表情で何も答えてくれない。ただその瞳に二人の姿を映すだけ。


「三人ともこっちに来て、お茶でもどうじゃ? 長く会えていなかったのだから、話したいこともたくさんあるじゃろうて。ささ、じじいは退散するから、後は若い子らで楽しむと良い」


 タタンがお茶会の準備をしながら三人を招く。テーブルの上には温かそうな紅茶と、形が独特なクッキーが並べられていた。


「何から何まですみません」

「いやいや、気にするでない。楽しみなさい。そうじゃ、このクッキーはこの子が焼いたんじゃよ。焼いてほしいと頼んだら上手に焼いてくれた」

「なんとっ!?」


 タタンの言葉を聞いて、太陽は満面の笑みを浮かべる。クッキーの見た目からもしかしたらと思っていたが、やはり彼女が焼いたのか。


「では、ゆっくりしていきなさい」

「ありがとうございます」


 タタンは宣言通り、テーブルを整えるとスッと姿を消した。彼のその温かい心遣いが、太陽たちの胸の中にジンと広がる。


「あっちに行こうか」


 月が少女の手を引いて椅子に誘導すると、彼女は大人しく月の手に従ってついてきた。そして、太陽が少女の目の前に紅茶とクッキーをセッティング。


「……」


 にこやかに微笑んでいる太陽と月とは対照的に、少女は無表情で自発的な動作がほとんどない。


「いただきます!」


 無反応の少女に少し寂しい気持ちを覚えるも、早速月が独特な形のしているクッキーをパクパクと口に放り込んでいく。一つ口に入れる度に目をキラキラと輝かせて、頬っぺたが落ちるのではないかというくらいのニンマリ笑顔を浮かべていた。


「最高! やっぱりお前のクッキー上手いな! それに比べてあいつは……」

「こら、月! ダメですよ、そんなことを言ったら! 風花様も頑張って練習されているのですから」

「分かってる、分かってるんだけど、こっちを食べちゃうとどうしてもさ……あ、そういえば、前に風花ここに来たんだよな? ちゃんと会えたか?」

「……」

「あの時は京也さんもお見えになったそうですね。彼も会えましたか?」

「……」


 太陽と月が話ながら質問するも、相変わらずの無表情。目の前の紅茶にもクッキーにも手を付けようとしない。


「冷めないうちにいかがですか?」

「……」


 太陽が紅茶を更に近づけて、飲むように促す。すると、紅茶をジッと見た後、両手を合わせて『いただきます』のポーズ。そして、一口含んでくれた。


「美味しいか?」

「……」

「紅茶お好きですもんね? おかわりもあるようなので、おっしゃってくださいね」

「……」


 太陽と月がニコニコと笑顔を浮かべ、穏やかにお茶会の時が過ぎていく。









_______________











「楽しめたかな?」

「おう!」

「貴重な時間をありがとうございました」

「ほっほっほ」


 しばらくすると、穏やかに微笑みながらタタンが戻ってきた。そして、彼の元にはみけちゃんが抱えられている。

 思い返してみると、風花が最初に夢の国に渡ったのは、みけちゃんを抱っこして幼児化したのがきっかけだった。不思議な雰囲気のする猫だと思ってはいたが、まさかタタンと繋がりがあったとは。


「この猫はワシの使い魔なんじゃ。最初は強引な真似をしてしまってすまなかったね」

「にぅ」

「変な質問をして泣かせてしまったが、ワシはただ風の国の人達の全てを嫌いにならないでほしかったんじゃ」

「にゃん」


 タタンとみけちゃんがぺこりと頭を下げた。

 最初に風花を夢の国に招いたのは、ただ風花の姿を少女に見せたかっただけ。そして、いつか月の存在を知るであろう風花へ、風の国の人達が優しい側面も持っていることを忘れないでいてほしかっただけである。害そうとする気持ちなど一欠片もなかったのに、こちらが変な推測をしてしまった。


「いえ、とんでもございません」

「こっちこそ、いろいろ考えてくれてありがとな」


 風花や太陽や月のことを考え、行動してくれたタタンには感謝の気持ちしかない。二人は深々と頭を下げた。そして……


「長い間お待たせしてしまい、申し訳ありません」

「もうすぐで風花のしずくが集まるから。あと少しだけ頑張ってほしい」


 タタンの隣で相変わらずの無表情のまま立っている少女の手を、優しく包み込む。すると、一瞬だけ彼女の瞳が揺れたような気がした。太陽と月はその様子に息を呑むと、寂しそうに唇をギュッと噛む。


「名残惜しいが、もうお別れの時間じゃな」


 タタンの声に、ふと二人が自分を見ると、身体が透け始めていた。どこか意識もぼんやりとしてきたような気がする。もっとこの世界に居たいのだが、もう別れの時間のようだ。

 夢の国は、夢の国に居るものが招待して扉を開かなければ入ってくることのできない、厳重に守られた世界。

 タタンはまた招いてくれるだろうか。次に彼女に会えるのはいつだろう。

 太陽と月は薄れゆく視界の中、少女の姿をしっかりと目に焼き付けて、最後に彼女の名前を呼んだ。


「それでは、また」

「またな」
















「「風吹様」」




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