第173の扉  関係変化

「だって、守るために必死だったんだよ!」

「「いやぁ、ないわー」」


 一同日本に帰国して、現在リビングで翼が正座しながら事情聴取中である。ちなみに風花は太陽と一緒に自室に引っ込んだ。


「じゃあ、どうするのが正解だったの!」

「「……」」

「ほらぁー! 僕のが正解じゃないか!」


 翼が唇を尖らせながら、優一と彬人に文句を言っている。確かに翼の行動は風花を守るためにやったこと。責めることはできないのだが、ピュアボーイにしてはかなり大胆な行動である。そして、恋心自覚寸前の風花にとってはダメージが大きかったようだ。


「そもそも、お前は平気なのか?」

「何が?」

「お前は桜木にバックハグをしたんだぞ」

「……」


 優一の言葉を受けて、翼がピタリとフリーズ。風花を守ることに必死だったため、忘れていたようだが自分のしたことをようやく自覚したらしい。

 風花と二人きりで気絶していた彼のことだ。おそらくこれから真っ赤になって気絶するだろう。優一と彬人は翼を受け止める準備をしたのだが……


「優一くん、彬人くん」

「「?」」

「今まで、お世話になりました。僕は死ぬよ」

「「!?」」


 非常に穏やかな表情で生涯を終えるつもりの翼。予想外の展開に優一と彬人は開いた口が塞がらない。


「それじゃあ、さよなら」

「ちょ、ちょっと待て。なんでそうなったんだ!」

「だってぇ! 桜木さんに嫌われたら死ぬしかないじゃないかー!」

「なんでそうなるんだよ!」


 どうやら翼の頭の中では、いきなり自分が抱きしめて口を塞いだので、怖がられて嫌われた、という結論に至ったようだ。そして、彼の中では「風花に嫌われる=死」を意味するらしい。


「僕なんか生きている価値ないんだよ!」

「おい、やめろよ! 早まるな!」


 今すぐ命を絶ちそうな彼を、優一と彬人が必死に食い止める。














(なぜそうなるのですか……)


 太陽はリビングの翼たちの会話を背中で聞きながら、ため息をついた。そして、風花はベッドの上で布団をかぶって出てきてくれない。彼女のこの感情の原因は、恐らく……


「たぃよぅ」

「はい」


 太陽が考え込んでいると、風花がベッドに埋まりながら話し出す。


「胸の奥がざわざわするの。相原くんのこと考えると、苦しくて……」

「はい」

「も、もっと、お話したいなって、私と、一緒に居てほしいなって思ったの」

「はい」

「でも、それを伝えようとしたら、上手に言葉が出なくて、何だか顔が熱くなって……」

「はい」


 風花の心のしずくは、もう半分程度集まっている。夏旅行の時から見え隠れしていた感情を、どうやら理解する時が来たようだ。風花は胸を握りしめながら、言葉を紡ぐ。


「私、私……」

「はい」

「死んじゃうんだね……」

「はい?」


 思いがけず飛び出した言葉に太陽は、ポカンと口を開けてしまった。しかし、風花は布団の中からガバッと出てきて、興奮気味に言葉を紡ぐ。


「だってぇ! 心臓の奥が痛くて、苦しくて! 息も苦しい感じがするの! 熱もあるんだと思う!」

「あぁ、えっと?」

「きっと今回の出来事がきっかけで、病気が進行したんだよ! もう末期なんだ!」

「……ある意味末期ですね」


 彼女の答えを聞いて、太陽から息が漏れた。ついに自覚したかと思ったが、まだ先らしい。

 風花は自分の恋心を、不治の病と勘違いしている。今回の身体症状はその病気が進行したと思っているようだ。あながち間違ってはいないのだが、間違っている。


「し、ぬ……ついに、おわった」

「姫、死にません。終わっていません」


 風花は本気で死ぬと思っているのだろう。顔が真っ青である。翼もそうだが、なぜみんな『死』という結論に至るのか。謎である。













「落ち着きましたか?」

「たぃよぅ」


 しばらくして太陽が優しく問いかけるも、風花は相変わらず末期。ベッドの上で布団を被って、バグを求めている。


「はいはい」

「んぅ……」


 ベッドの端に膝を立てて、太陽が風花を包み込んでくれる。風花は今まで感じたことのない感情に戸惑っているようだ。太陽の服を掴んで離そうとしない。


「なんでこんなに痛いのかな。ざわざわするの」

「どうしてでしょうね」

「太陽は理由分かるの?」

「……まぁ、そうですね」


 風花のかかっている病気。それは恋の病である。彼女は心が欠けている影響で理解できていないが、風花は翼のことが好きなのだ。


「教えて」


 潤んだ瞳で太陽に懇願する風花。今の状態が余程辛いのだろう。疼き続ける恋心。これは自覚させた方が彼女のためかもしれない。

 太陽は少し悩むも、彼女に最終確認を行う。


「いいのですか?」

「うん」

「本当によろしいのですね?」

「うん」

「では、失礼いたします」

「?」


 太陽はそう言うと、風花の身体を優しくベッドに押し倒す。そして、彼女の顔の横に手をついて、上から風花の顔を見つめた。


「風花様」


 太陽は優しく彼女の名前を呼んで、髪をさらりと手に絡めとる。そして、額、頬、唇、顎、首筋と、暖かく指で触れた。優しい光をその目に宿して、微笑みながら風花を見つめる。


「今、どういう気持ちですか?」

「太陽は何してるのかなって気持ち」

「では、翼さんに同じことをされたらいかがですか?」

「相、原くん、に……」


 翼が風花の身体を優しくベッドに押し倒す。そして、彼女の顔の横に手をついて、上から風花の顔を見つめた。


『桜木さん』


 翼が優しく彼女の名前を呼んで、髪をさらりと手に絡めとる。そして、額、頬、唇、顎、首筋と、暖かく指で触れた。優しい光をその目に宿して、微笑みながら風花を見つめる。


「っっっ!?」


 想像した風花の顔が赤くなり、煙が出た。そして、苦しそうに胸を握りしめ、太陽から目を反らす。太陽の姿が翼と重なり、恋心が更に疼きだしてしまったようだ。そんな風花に気が付きながらも、太陽は容赦しない。


「姫、どんな気持ちですか?」

「ぅ、ぁ……」

「教えてください、姫様」

「んぅ……やぁだ」


 風花はふるふると首を振り、要求を拒否。自分の中の感情がくすぐったいのだろう。もう少しで花開くのに、彼女が強制的に押し込め始めた。


「姫?」

「やだぁ」

「どんなお気持ちですか?」

「やだぁ」

「やだぁ、では分からないのですが?」

「やだぁ」


 風花は頑なに首を振る。そんな彼女の態度にため息をつきながら、太陽は押し込めようとしているものを、引っ張り出すべく強行手段に出た。


「翼さんが囁いたのは、こちらの耳ですか?」

「あぁ!?」

「それとも、こちらの耳でしょうか?」

「んんっ」


 風花の耳元で低く、艶っぽい声を囁き、息を吹きかける。風花の頭の中では翼の声で再生され、身体から力が抜けた。


「あぅ、太、陽、ぃや」

「ほら、姫様。どんな気持ちなのですか?」

「んん、や、めてぇ」

「教えてほしい、と言ったのはあなたですよ?」

「もぅ、いいの」

「よくありません。そう言えば、腰にも触れていましたね? ここですか?」

「んぁぁぁぁぁ」


 風花が悶える中、太陽の攻撃は緩まない。花を開かせるために、風花の耳に囁きながら息を吹きかけ、腰に手を絡ませる。


「やだよぉ、もう、やめてぇ」


 風花は限界寸前のようだ。顔が真っ赤で息が荒い。頭の中で翼の顔、瞳、声、手、指が駆け巡り、体温が沸騰。そして……



 彼女の胸の奥の蕾が、今、花ひr



「……ぃ」

「?」

「太陽、嫌い! 大っ嫌い!!!」


 花が開く寸前で、風花が強制的に蕾をもぎった。自分の上に乗っている太陽の身体を押しのけて、パタパタと部屋から出て行く。


「……」


 残されたのは、ポカンと口を開けている太陽。その瞳からはポロポロと涙が。今彼の頭の中には


 太陽、嫌い。大っ嫌い、大っ嫌い、大っ嫌い……(エコー)


「ひ、め……あぁぁぁぁ」

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