第7章 かくしごと
第132の扉 なんでぇ!
「あいつら嘘ついてるんじゃないだろうな」
「あはは……」
丹後の国から帰国して数日。翼と優一が風花の家へと向かっている所なのだが、さっきから優一の文句が止まらない。
今日は風花がクッキーを作ったそうで、試食会なのだ。他のメンバーにも声がかかっていたが、用事があって来られないらしい。本当に用事があるのだろうか。
と、いう訳で、優一は機嫌が悪い。しかし、文句を言いながらもきちんと来てくれるのは彼の良い所。
翼が機嫌を取りながら歩いていると、風花の家に着いた。しかし……
「「ん?」」
風花の家の呼び鈴を鳴らすも、応答がない。二人が来ることは分かっているので、出かけていることは考えにくい。緊急事態でもあったのだろうか。家の中に耳を澄ませていると、中から声はする。やはり家にはいるようだ。呼び鈴に反応できない程の事態でもあったのだろうか。
翼と優一は急いで家の扉を開いた。すると……
「姫様!」
「いやだぁ! やめて!」
言い争いをしている風花と太陽が。二人は喧嘩に夢中で、呼び鈴の音が聞こえなかったのだろう。とりあえず敵襲などはなく無事なので、ホッと胸を撫で下ろしていた。
しかし、二人の言い争いはヒートアップしており、翼と優一が部屋に入ってきても一向に気がつく気配がない。
「我がまま言わないでください!」
「やだもん!」
喧嘩の原因は一体何なのだろう。今日は休日。太陽はいつも通り黒の燕尾服。風花は白色のパーカーに黒色のスカートを身に着けている。風花の胸元の服が、もごもごと動いているような気もするのだが。
翼と優一には全く状況が理解できないが、二人が落ち着くまで、成り行きを見守ることに決めた。
「姫様!」
「いやだぁぁ!」
「もう! 怒りますよ!」
「やだ! やめてぇ!」
「姫様!」
「やだ! 太陽なんか、大嫌いっっっ!」
風花の放った言葉に太陽の動きが止まった。その隙に風花はパタパタと自室へと引っ込んでいく。
太陽なんか、大嫌い、大嫌い、大嫌い……(エコー)
太陽はピタリと固まって動かない。そして
「うぁ……ひ、め……ひめさまぁぁぁぁぁぁ」
ついに床に崩れ落ちた。風花に嫌いと言われたことが余程ショックなのだろう。ポロポロと涙を流している。
「あーあ」
「一体何が……」
一連の喧嘩を見ていた翼と優一だが、相変わらず状況が理解できない。風花と太陽はいつも仲良しで、喧嘩している所なんて見たことがなかった。二人の間に何があったのだろうか。
時は翼たちがやってくる数分前まで遡る。風花と太陽は翼たちを迎えるために準備をしていた。風花作クッキーは、三人分にきっちり同じ個数分けられている。太陽は遠い目をしながら、自分の未来に想いを馳せていた。すると……
「太陽! 猫ちゃん拾った!」
「ニャー」
風花が満面の笑みで猫を抱きかかえている。彼女は郵便受けを見てくると出て行って、なぜか猫を手にして帰ってきた。
「庭でニャーニャー鳴いていたの。一人みたい」
母猫とはぐれたのだろうか。風花が手にしている猫はまだ子猫。
風花は満面の笑みなのだが、太陽はそんな彼女をジトっと見つめた。
「ダメですよ」
「まだ何も言ってないよ」
太陽の言葉に、風花がぷくぅと頬を膨らませる。
「言わなくても分かります。飼いたいのでしょう?」
「うん! 猫ちゃん飼いたい」
「ダメです」
「なんでぇ!」
太陽の言葉に、風花が更に頬をぷくぅと膨らませる。
「そんな簡単に命を預かってはいけません」
「ちゃんとお世話するよ」
「しずく探しで家を空けることもあるのですよ? 可哀想です」
「んーんー」
太陽の言葉を聞いて、風花がうなり出す。彼女も飼えないことは理解しているのだろう。しかし、可愛いモフモフを前にして離れられないようだ。そして、太陽が猫を取り上げようと手を伸ばし、先ほどのやり取りになったらしい。風花の服の中で動いていたのは子猫だろう。
「ひめさまぁぁぁぁぁぁ」
太陽は相変わらず大嫌いショックから回復できない。床に突っ伏して、めそめそと泣いている。
「翼、行くぞ」
「う、うん……」
二人は太陽のことはとりあえず置いておいて、風花の部屋へと向かった。
コンコン
二人は風花の部屋の扉を叩く。彼女は扉に背を向けて、ベッドの隣に座り込んでいた。
「あ、相原くんと成瀬くん。こんにちは」
「「こんにちは」」
彼女の育ちの良さなのだろうか。この状況下でもきちんと挨拶してくれる。思い返せば、彼女はいつも必ず挨拶をしてから話し出していたような気もする。
二人がそんなことを考えていると、風花の服の中がごそごそと動き出した。
「あ、ダメ。見つかっちゃう」
風花は翼たちが猫を取り上げに来たと思っているのだろう。必死に服の中に押し込めようとしている。さっきから猫がニャーニャーと鳴いているので、バレバレなのだが、彼女は必死に子猫を守ろうとしていた。
そんな彼女の様子を見て、翼が柔らかく話しかける。
「桜木さん、大丈夫だよ。僕たちにも猫ちゃん見せて」
風花は翼たちに警戒するような視線を投げる。疑っているようだ。しかし、翼は優しい雰囲気を放ち続けた。
「そっちに行ってもいい?」
「……うん」
しばらくして、警戒を解いてくれる。入室の許可を得て、足を進めると、可愛らしい頭がぴょこっと見えた。
「ニャー」
「かわいい子だね」
「三毛か?」
風花に抱っこされている子猫は、三毛猫のようだ。茶色と白色のふわふわした毛並みが可愛らしい。子猫は翼たちを見ると、彼らにすり寄っていく。人懐っこい性格のようだ。
風花は男性陣と猫とのやり取りをニコニコしながら見ていたが、暗い顔をして口を開く。
「でも、太陽がダメっていうの……」
「お前も飼えないって分かってるだろ?」
「んーんー」
優一の言葉に風花がうなり出し、翼から猫を奪還する。取られると思ったようだ、彼女の警戒心が上がった。
「でも、この子一人ぼっち……」
風花が発見した時、すでに子猫は一人だった。母猫とはぐれてしまったのだろうか。子猫はさっきから母親を探すようにニャーニャーと鳴いている。
風花は猫を抱きかかえて離そうとしない。ここで猫を取り上げようと手を伸ばすと、太陽の二の舞になるので翼が言葉での説得を試みる。
「お母さんの所に返してあげようか?」
「んーんー」
「僕たちも一緒に探すからさ」
「んーんー」
翼が優しく声をかけ続けるも、風花はんーんーとうなるのみ。彼女も分かってはいるのだ、子猫を飼えないと。
先ほど太陽も言っていたが、しずく探しのためにこの家から人が居なくなることも多い。そんな彼らが猫を飼えば、寂しい思いをさせてしまうだろう。加えて、風花のいる場所に危険は付き物。この家で戦闘が行われる可能性も否定できない。
「かわいい子だもんね」
「んー」
「一緒に居たいよね」
「んー」
飼えないことは分かっている、でも一緒に居たい。風花は今自分の心と戦っているようだ。
「んー」
どれくらい彼女は格闘していただろうか。翼と優一は風花がきちんと心で決着をつけるまでジッと待った。そして
「……はい」
風花が翼に子猫を手渡してくれる。手放す決心をしてくれたようだ。悲しそうに子猫を見つめているが、もう触ろうとしない。
「行こうか」
翼が風花に手を差し出すと、彼女は素直に応じてくれる。二人仲良く手を繋いで、階段を下りていくが、彼らは無自覚だろうか。翼の顔が赤くなっていないので、自覚なしでやっているようだ。優一はそんな様子にため息をついた。
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