第14の扉  それぞれの戦い

「「え」」


 ペキッという音がして、フェンスに体重をかけていた風花と彬人は落下してしまう。


「!?」


 今の風花は魔法を使えない。風魔法で体を浮かすことは今の彼女にはできない。このまま落下すれば、二人の命は確実に消える。

 風花がどうしたらいいか考えを巡らす中、空中で彬人が風花を庇うように抱きしめた。


「……本城くん」


 突然の彼のぬくもりに風花は戸惑いの声をあげるも、彬人が抱きしめる腕は緩まない。風花が傷つかないように、ぎゅっとしっかり抱きしめてくれている。彼女の心の中に暖かな感情が入ってきた。

 風花は新しい感情に困惑しているが、どんどん地面が近づいてくる。地面にぶつかると思った瞬間、ギュっと目をつぶって衝撃に備えた。


「……む?」


 何か手の中に暖かさを感じ、彬人は目を開ける。彼が握っている心のしずくが暖かく光っていたのだ。


「なんだ?」


 何が起きているのか考えていると、突然頭に声が響く。彼は訳も分からずその名前を必死に叫んだ。


『「安樹あんじゅ!!!」』


 彬人の身体がたくさんの葉に包まれる。突然の出来事に驚きの表情を浮かべるも、皮膚に当たる葉の感触が心地よい。優しく包み込んでくれるような感覚を覚えていたのだが、突然その感覚が消える。自身の身体を見ると、緑色の髪、緑の衣装へと変身を遂げていた。彬人は自分の変身に戸惑い表情を浮かべるも、頭の中で再び声がして、力いっぱい叫ぶ。


『「leafリーフ cushionクッション!!!」』


 彬人が呪文を唱えると、たくさんの葉が現れ、ボフンッと二人を受け止めた。





 ※※※※





 落下してしまった二人の様子を、俺は屋上からのぞき込んでいた。どうやらあの少年も精霊付きだったらしい。たくさんの葉が出現して風花たちを受け止めていた。二人が無事であることを確認すると、俺はぺたんと座り込んでしまう。


 あー、焦った。俺の心臓の方が先に止まるんじゃないかと思った。

 ふぅっと息を吐く。額に手をやると汗が噴き出していた。胸に手を当てるとドックンバックン心臓がうるさい。


 こんなんじゃだダメだな、いつ父様にバレてしまうか……


「もっとちゃんとあいつの敵にならないといけないのにな」


 俺は一人空に向かって呟いた。


「?」


 人の気配を感じ後ろを振り返ると、俺と同じ黒色のローブを着た少女が立っていた。


「お前のことも何とかしないとな」


 俺は少女の顔を見て、悲しそうに呟き頭を撫でる。少女はキョトンと不思議そうに首を傾げていたが、気持ちよさそうに頭を撫でられていた。俺はそんな少女の様子に、ふっと笑みをこぼすと口を開く。


「待たせたな、今日は帰ろう」

「もうよろしいのですか」

「あぁ」

「かしこまりました」


 少女が魔界への扉を開き、俺たちは扉の中に消えていった。




 ※※※※



 ボフンッ


 俺たちを受け止めた衝撃で葉が宙を舞う。一体何が起きたのだ?

 混乱してフリーズしていたのだが、腕の中でもぞもぞと動く感覚に気がつき、慌てて抱きしめていた桜木を確認する。


「桜木、怪我はないか?」

「大丈夫、本城くんは?」


 ふぅ、良かった。俺は抱きしめていた彼女を離した。相変わらずの無表情だが、特に怪我はないようだ。


「俺も大丈夫だ。葉っぱたちがクッションになってくれたんだな。……彼は?」

「もう大丈夫だと思う。攻撃してこないよ」


 上を見ると、さっきまで襲ってきていた彼の姿はなかった。それにしても、結構な高さから落ちたのに二人とも無傷とは…… この葉っぱたちが助けてくれたようだが。


 俺は自分たちを助けてくれた葉っぱをじっくりと眺める。特に何も変わったところのない、ごく普通の葉っぱのようだ。


 これは俺がやったんだよな。さっき何か変な言葉を叫んだら、出てきたし……

 まさか、俺に秘められし魔力がこれほどとは…… ふふふふふふ

 おっと、失礼。本当に俺の中に魔力が秘められているなどとは思っていなかったのだ。

 しかし、ついに、ついに!

 解放された我が魔力をこれから存分に使えるのだな…… ふふふふふふ

 考えたら笑いがとまらない、ははははは!


 おっと、いけない。取り乱した。俺は心の中で魔王のような笑い方をしてしまい、反省する。

 ふーと自分の心を落ち着けつけるように一つ息を吐き、桜木を見る。その彼女の表情に俺は目を見開いた。


「む?」


 俺が心の声と格闘している間に何かあっただろうか?

 後になってどこか痛むのだろうか?


 どうしたものかと俺が首を傾げていると、桜木が口を開く。


「本城くん、巻き込んでしまってごめんなさい。あのね……」


 ほぅ、なるほど。それで桜木は重く暗い・・・・表情をしているのだな。


「あの……」

「しっー」


 桜木が説明しようとするとその口元に俺が人差し指を当てる。

 ふ、我ながらかっこいいことをしてしまったな。惚れてもいいんだぜ……


 桜木は俺の行動がよく分からないのか、不思議そうに首を傾げている。俺はふっと笑うと、そのまま口を開いた。


「俺は何も見なかったし、今日ここでは何も起きなかった」

「……え?」


 俺の言葉に今度は桜木が目を見開いた。

 それもそうだろう。普通秘められた力が解放されたら何が何でも物にしようとするはずだ。だが、俺はその権利を自ら放棄すると告げたのだ。


「俺に深淵の覇者との戦いがあるように、お前にもお前の戦いがあるってことだ。無理に事情を話す必要はない。もちろん桜木が話したいなら俺は聞くし、力になれるのなら協力させてほしい」


 本当のことを言えば、欲しい。とても欲しい。この魅力的な力を物にしたいと思う。

 だってこんなにも楽しいワクワクする力なのだ。まるでアニメや漫画の中の主人公のようではないか。

 カッコイイ!


 だけどそれ以上に……


 俺は桜木の目を見つめて、優しい声を意識して口を開く。


「俺は一瞬だけだったけど、桜木と冒険ができて楽しかったぞ。だからそんな暗い顔するな、初めて見た、桜木のそんな悲しそうな・・・・・顔」


 桜木にこんな悲しそうな顔をしてほしくないと思ってしまったのだ。

 ずっと無表情だが、キラキラと目を輝かせたりと、目だけは素直な感情を示す彼女が、こんな悲しそうな顔をしているのだ。今回のことを余程気に病んでいるのだろう。屋上から落ちたり、良く分からない敵の出現など、怖い経験はしたけれど、俺はとても楽しかった。


「……」


 俺の言葉に桜木は驚いたような表情をしていた。うん、多分驚いているんだと思う。瞳の中には戸惑いと迷いの色がうかがえた。やっぱり彼女の感情は儚く、読みにくい。

 少し考える素振りをしていた桜木だが、しばらくして口を開くと、


「楽しんでもらえたのなら良かったよ」


 と言い、ポロリと一粒の涙・・・・を流した。


「泣くほど楽しかったのか?」


 俺は涙を流した桜木に戸惑うも、その後の彼女の返事と表情に安心する。


「うん……たぶん」


 桜木は柔らかく微笑んだのだ。たまに見せてくれたぎこちない笑顔ではなく、柔らかく優しい笑顔で。


 あぁ、やっぱり女の子は笑っていた方がいいな。秘められた力は秘めておけばいいのだ。


 納得しようとしていた俺に、彼女は柔らかい表情のまま話を切り出す。


「あのね、本城くん、聞いてほしいことがあるの……」


 彼女が話したいというのなら、その言葉を止めるつもりはない。俺はゆっくりと首を縦に振った。




 ※※※※














 その様子を物陰から一人の少年が見ていた。


「五人目ですか。これ以上増える前に何とかしないといけませんね」

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