第10の扉  初めての友達

「結局釣れなかったな」

「そうだね、また今度挑戦しよう。桜木さんも一緒にどう?」

「やりたい」


 京也が去った池の淵で3人は話をしていた。しずくは風花の中に戻り、ほんの少し感情の戻った風花。また釣りができるとあって、ほんのりと嬉しそうだ。その様子に翼と優一は頬を緩めている。すると……


「ん?」


 風花は何か気配を感じたようで、池の奥へと目を向けた。


「どうしたの、桜木さん」


 不審に思った翼が、風花の見ている方向に目を向けるも、特に変わった点はない。池の奥には多くの木が生い茂っているのだが、時折吹く風に葉を揺らしているだけ。


「ごめんね、気のせいみたい」


 風花は相変わらずの無表情で翼に告げる。何かを感じたようだが、不思議な所は見つけられなかったようだ。







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「またね」


 翼と優一は風花を家まで送り届けてくれる。手を振りながら家の中へと入っていく彼女を二人で見送った。


「……翼」


 家の扉が完全に閉まると、何やら難しい表情をしている優一が話しかけた。翼はその表情に首を傾げながらも、言葉の先を問いかける。


「なに?」

「……これからよろしくな」

「あ、うん! こちらこそ」


 一瞬間の開いた彼の返事を不審に思ったが、差し出された手を取り、二人は握手を交わす。







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 日曜日


「カフェに行きます!」

「行きます!」

「楽しみ」


 風花、美羽、一葉は金曜日に約束していたカフェへ向かう。本日は休日であるため制服姿から一変、私服の三人である。

 風花は白色のブラウスに紺色のスカート。美羽はピンク色のワンピース。一葉は水色のパンツに黄色のトップス。そんな三人組をちらちらと周りの男性陣が見ているような気もするが、話に夢中の三人は全く気がつく気配がない。


「じゃーん! ここでーす」

「可愛いお店だね」


 ワイワイ騒いでいると、目的地へ到着する。カフェはおとぎ話に出てきそうなくらいファンタジーな外観で、店の前には小さな庭のようなスペースがあった。庭の至るところにウサギ、猫、トラ、パンダなど様々な動物の置物が置いてある。その置物たちを見て、風花の目が輝いているようにも見えた。


「さあ、入ろう!」


 風花の瞳の中の感情を見て、嬉しそうに口元を緩めた美羽が元気に店の中へと入っていった。風花も目をキラキラさせながら後に続こうと歩みを進めるが、入り口で立ち止まり、スッと目の輝きを消す。心のしずくの気配を感じたのだ。


「風花? どうしたの?」

「あ、ごめん。なんでもない」


 後ろに居た一葉が不審に思い、声をかけるも、風花は何もなかったかのように店内へ入っていった。彼女の表情はいつも通りの無表情。一葉は風花の行動に首を傾げたが、自分も店内へと歩みを進めた。


「いらっしゃいませー!」


 店内に入ると三人は席に案内される。風花は席につくと周りをキョロキョロと見まわし始めた。心のしずくはどこにあるのだろう……


「風ちゃんどうかした?」


 挙動不審な風花に美羽が声をかける。風花はその声にびくりと肩を揺らすも、感情を顔には出さない。慌てながら無表情のまま、口を開いた。


「ううん、何でもない。あ、あの、お店の中も可愛いなって思って」

「確かにそうだね」

「中のインテリアも凝ってるよね」


 言葉に戸惑いが出てしまったが、美羽と一葉は特に疑問も感じず、納得してくれたようだ。

 店の内装も外装に負けず劣らず、可愛い置物たちが所狭しと並んでいる。天井には小さなシャンデリアのような電気が吊るされていた。女の子が大好きそうな内装に二人の目も自然と輝く。

 そんな様子の二人をみて、無事に誤魔化すことに成功した風花の口から息が漏れた。


「いらっしゃいませー!」


 風花が一安心していると店内に明るい店員の声が響き、黒いパーカーにフードを被った全身真っ黒の少年が入ってきた。店員は全身黒づくめの少年を不審に思ったようだが、店の隅の席へと案内する。






「ごゆっくりどうぞ」


 数分後注文した品が運ばれてきて、三人は楽しい時間を過ごしていた。風花はチョコレートケーキ、美羽はイチゴのタルト、一葉はモンブランを注文し、紅茶と一緒に楽しむ。店の中には風花たちと隅の少年、主婦のグループ、大学生のグループ。美味しそうな紅茶の匂いが漂う店内で穏やかな時間が過ぎていく。


「……」


 風花は心のしずくのことが気がかりだったが、事情を知らない美羽と一葉の手前、行動できずにいた。魔法のことを隠さなくてはいけないにも関わらず、なんと言えば二人に不審がられずにしずく探しができるだろうか。


「ケーキ美味しいね」

「ねー」


 グルグルと悩んでいる風花の耳に、美羽と一葉の楽しそうな声が届いた。しずく探しをすると、二人との楽しい時間が終わってしまうことになるだろう。自然と風花の目の中に寂しさの感情が沸き起こる。


「風ちゃん、このケーキ美味しいよ」


 風花の目の感情を勘違いをした美羽が、ケーキを差し出してくれる。風花は美羽の行動に瞳の感情を濃くし、グッと唇を噛んだ。


「ん?」


 なかなか食べようとしない風花に首を傾げる美羽。


「……」


 風花の心の中で、二人との時間を楽しみたいという感情が生まれていた。記憶も失っている彼女にとって美羽と一葉は初めてできた友達。心のしずくを探しに行けば、楽しい彼女たちとの時間が終わりを告げてしまう。今は心のしずく探しよりも二人を優先したかったのだ。幸い京也の襲撃は今のところない。いつもならもうとっくにドーンと彼が現れている頃だろう……

 しずくは二人と分かれた後でも回収できる。


「ありがとう」


 風花は心の中で葛藤をしていたが、美羽が渡してくれたケーキをお礼と共に受け取る。彼女の瞳の中にもう寂しさの色は浮かんでいない。その様子を見て、美羽と一葉の口元が緩んだ。


「美味しい」

「良かったよぉ」


 風花は美味しそうにケーキを食べている。以前よりも笑顔のぎこちなさは減ってきたようだ。表情の変化は少ないが、美羽たちとの会話を楽しんでいるように見える。美羽と一葉は彼女の様子に、一緒に来てよかったなと心の中で思っていた。






_______________







 数分後、主婦たち、大学生たちは店を出ていき、風花たちのグループだけとなった。


「そろそろ行こうか?」

「そうだね」

「すみません、お会計お願いします」


 一葉が奥の厨房に向かって呼び掛けるが、返事はない。何度か呼びかけるも、一向に返事は帰ってこない。店内にいる客は風花たちと隅の少年のみ。風花はしずくの気配を感じながら、嫌な予感がしていた。


「んー、困ったね」

「このまま帰るわけにもいかないし……」

「ちょっと外見てくるね。庭の掃除とかしてるのかもしれない」


 美羽はそう言うと店の外に出ていく。


「んー、いないなぁ~」


 あたりを見回しても店員の姿は見えない。やはり店内になるのだろうか。不思議そうに首を傾げながら戻ろうとすると、足元でキラリと光る物を見つけた。







 一方、店内では___


「美羽ちゃん、戻ってこないね」

「何かあったのかな? ウチ、様子見てくるね」


 数分経ったものの帰ってこない美羽を心配し、一葉が店の外へ出ていった。風花の嫌な予感はどんどん強くなる。


「美羽?」


 一葉が扉を開けると、店の入り口で美羽がしゃがみ込んでいた。体調でも悪いのかと思い、心配そうにのぞき込んだのだが、美羽の瞳は嬉しそうに輝いている。


「みてみて! 綺麗な石拾ったの」


 美羽が見せてくれた石は、手のひらサイズでしずくの形をしている綺麗な石。宝石のようにキラキラと輝いていた。


「わぁ、綺麗だね! ん?」


 一葉は体調が悪い訳ではなかったと安心すると共に、美羽が先ほど自慢してきたものと同じ石を見つけ、手に取った。


「もう一つ見つけた」

「あ、本当だ! 気がつかなかったよ」


 えへへ、と美羽は頭を掻く。

一葉は辺りを見回すも、店員の姿は見当たらない。不審に思いながら一旦店内へ戻ろうと、先ほど出てきた店の扉を開けようとする。


「あれ? 扉が開かない」

「ん? 本当だ。なんでだろ」


 一葉が強く引っ張るが扉が開く気配はない。





 誰にも気がつかれることなく、店の隅に座っている少年がニヤリと笑った。






「二人とも遅いな。帰ってこない」

「あの二人は帰ってこないよ」


 風花が心配していると隅から声が聞こえた。店の隅に座っていた少年がフードを外しながら、風花の方へ振り返る。


「京也くん!?」

「人払いの魔法を使った。だから店員もお前の友達も帰ってこれない。お前との戦いの時にはいつも邪魔が入るからな。さぁ、今日こそしずくを渡してもらおうか」


 京也はそう言うと、にっこりと不気味に微笑んだ。

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