第12話 始まりは静かに
第12話 始まりは静かに
美少女二人に囲まれて激しく詰め寄られる。理由はどうあれ、男なら一度は想像したことのある夢のようなシチュエーションである。俺も中学校くらいの時は、浮気した奴が彼女に問い詰められているのを見てすごく羨ましかったのを覚えている。
でも実際に自分がその立場になってみると、何故中学生の時の俺は浮気した奴を助けてあげなかったのだろうと後悔した。それほどに俺は心をやられていた。
風呂に勝手に入り、あまつさえアリスたちの裸を見た罰としてアリスと麗華に無視をされ始めてから1日が経った。気分は最悪でこうやって、普段はあまり見ない空を見上げるくらいである。アリスは席が隣のため、いつもは授業中のわからない所を聞いていたのが、無視され始めてからは授業中に何も聞けなくなってしまったのが、非常に辛い。机の距離も離されているし。しかし、そんな俺に話しかける天使は存在した。
「山田君。教科書開かなきゃダメだよ?」
少し頭を傾げながらそう話しかけてきた女の子は西園寺 桜さん。学年でアリスとともに一番人気のある、可愛らしい女の子だ。どのくらい人気があるかと言うと、麗華至上主義であるサッカー部の連中ですら「今日、彼女の半径50センチ内に入ったんだ」とか話しているぐらい。確か、学年で囁かれている名前は、「微笑みの天使様」だ。こうして俺に声をかけてくれるぐらい、誰にでも優しく接するらしい。
話は変わるが、麗華も二人に匹敵するか追い抜くぐらい可愛いのにも関わらず、あんまり異性からの人気は無い。ちなみに、麗華がよく言われてる通り名は「悪魔大元帥様」という名前で本人はブチギレていたが、俺はそんなに間違ってはいない気がする。
ともかく、その女の子は俺に話しかけてきた。
最初から目的を持って。ずっと。そっと。正しいかどうか自分の胸に問いかけながら。
「17ページだよ。まだ二年生の最初の方だからね。置いて行かれないようにしないと。」
「ああ、うん。」
アリスは薄目を開きながら、明らかに俺と西園寺を見る。でも、別に何かを言う訳ではなくまた黒板の方に視線を向けた。俺はアリスがキレてるんじゃないかとビビりながらも、急に話しかけてきたその女の子を不思議に思い、前の黒板の方を見た。
そうして、いつも通りすぎる1日が過ぎる。教室で麗華が落とした髪の毛が部室で売られていて、それを見た麗華がアリスを伴って部室に怒鳴り込んでくる。俺は知っていたのにも関わらず何で言わなかったのだと、麗華にビンタを張られる。キレた麗華が練習を二倍に増やし、そして部員たちは更に恍惚とした表情を浮かべて練習に取り組む。俺から見たらそれはただの負の連鎖だが、彼らにとっては勝利の方程式らしい。意味はわかんないからもう気にしなくてはいいと思う。
いつもはあるハリスの指導も今日は無い。ハリスは何か用事があって、アメリカに行かなくてはならないそうだ。急なことだから驚いたが、それ以上にハリスが慌てていて何も聞けなかった。いつもなら、ハリスの指導が無ければ新海達と一緒に遊びに行く所なのだが、今日は彼らにも予定があるようで俺とは一緒にいない。そうして、俺のことはもう許したらしい黒髪の幼馴染は俺の目の前に現れて言った。
「今日はアリスがいないわ。そして、屋敷の人たちにも今日は休みを出したわ。」
「そりゃ、また何で?」
「アリスはアリスのお母様の命日で、屋敷の人たちは家を離れてもらったわ。」
「アリスはそうか。でも、屋敷は何でだ。」
「ハリスさんが居ないと危ないでしょ。誰かが攻めてきた時に誰が守るの。」
「そうか。でも、肝心のお前が危なく無いか?」
その瞳は俺のことを目をそらさずに見つめる。
「あんたが守るんでしょ。」
「俺が?」
「そうよ。あんたが守るのよ。だいたい8億も払ったのだし。ていうか、あなたも昔そう言ったでしょ。」
幼い時に約束した気がする。一生守り続けると。こいつはきっと俺が約束を守れないとか守らないとかは考えてすらいないのだろう。信じているのだ。俺は絶対に麗華のことを守り続けると。だからなのかだろうか、幼い時のように素直な気持ちになれた。
「麗華」
「な、何よ。急に名前で呼んだりして。」
俺は、幼馴染に久しぶりにニッコリと微笑む。
「ご飯食べに行くか。」
「う、うん。」
麗華の顔が赤く上気して、声がかぼそくなる。でも、俺はそんなことにも気が付かなかった。ただ、嬉しかったのだ。麗華というこの世界の誰よりも可愛い宝石のような女の子に自分が今でも、頼りにされているということが。
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