となりの松

 我が家のお隣は、とても大きな一軒家だ。


 庭の面積なら我が家の二倍弱、150坪以上はありそうである。


 世代的には、私達と同じか、少し上の感じの方が住んでいる。


 お父さんは戦死され、かつて教員だったお母さんは、おそらく病院で健在のようだ。数年前までは庭の手入れをしたり、犬の散歩をしたりしていて、私ともよく喋っていたのだが、病気になってしまったようで、今はおそらく病院にいらっしゃるようだ。この辺りの事情はよくわからず、あくまでも推測の域を出ない。もしかすると亡くなっているかもしれない。


 息子が三人いる。長男が私達より少し上、次男が年齢はわからずで所帯持ちの関東在住、三男は少し下といった感じだ。


 この家には、長男と三男が住んでいる。共に独身だ。


 かつては警備員のアルバイトをしていたような感じだったが、今現在、二人とも仕事をしている様子はない。


 三男は引きこもってしまい、殆ど姿が見えない。長男は時々マスクもせず、スーパーに買い物に行く姿が見受けられるが、それ以外殆ど外には出てこない。


 はじめに言ったように、この家の庭はとても広い。しかし、二人とも手入れをする気は全くない上、庭師なども依頼しない。庭木が伸び放題なのだ。


 カミサンの友人など、この家を見た人は、「ここは空き家なの?」と必ず言う。


 土地が広いのでそれほど目立たないのかもしれないが、中にある庭木は全てに手が入っておらず、伸び放題だ。


 我が家との境に松の木があるのだが、この松の木もここ数年は全く手が入っておらず、伸び放題だ。天に向かって伸びていた枝が、いつからか私の車の出入りを邪魔するようになっていたので、気になっていた。強い風が吹いたなら、折れて、車を破壊しそうな感じもしていた。


 この枝を剪定するために、私は先日、アイリスオーヤマ製、バッテリー駆動の電動のこぎりを買い、一昨日Amazonの置き配で配達された。さすがに中国製のリチウムイオンバッテリーはちょっと怖かったので、国産ラベルの製品を奮発した。このシリーズはバッテリーが共通で、庭の草払い機、家の掃除機に次いで三台目である。これだって中国製造だが、日本人の指導と監視が行き届いているようで、商品はなかなかいい。


 昨日、この電動のこぎりを使って、お隣の松の木の気になる枝を剪定させていただいた。本来なら一言言わねばならないのは人間として百も承知だが、相手がそれに対応していないのだから仕方がない。断ることもなく、電動のこぎりのスイッチを押した。


 直径10センチはあろうかという強靱な枝は、いとも簡単に電動のこぎりによって払われた。ヘルメットを被り、倒れてくる側に入らないように最新の注意を払って作業したのだが、かなりの重量があり結構怖かった。


 枝や葉を払い、真ん中の真っ直ぐな中心となる太い幹は、何かに使えるかなと思い、我が家にストックさせてもらった。私の背丈か、もうちょっと長いくらいの高さがあった。


 他の部分は払い落とし、有料のゴミ袋に詰めて、ゴミに出した。地域の決まりで、剪定した枝は一定の大きさに縛る事で、有料の袋を使わずともゴミとして出すことができるのだが、それも面倒なので、電動のこぎりで小さく切り刻んで、ゴミ袋に入れて出した。昨日は祝日だったが、燃えるゴミの日だったのでちょうどよかった。


 このゴミを出しに行って、家の中に入ると、義父が自分のゴミを部屋の外に出していた。お願いしますとも何とも、自分の口からは何も喋らず、私達がやってくれると思っているのが腹立たしい。私は彼の崇拝する神棚の前にそのゴミ袋を移動して、視界に入らないようにしておいた。


 午前中に訪問看護が来るらしかったので、その間私は二階で静かに過ごし、帰ったのを見計らって一階に下りてみると、先ほどのゴミ袋が地域の「ゴミ袋中」に入って、再び廊下に放り出されていた。頭に来たが、私はそれを「特小」の袋に詰め直し、再びゴミ集積場まで出しに行った。


 お隣にしろ、義父にしろ、私と妻の周囲は何も喋らない方達が多すぎる。


 せめて私達だけでも、真っ当な人間としての生活を営んで行こうと、何とか前向きに思うのであった。真面目な妻はうつ病になりかけてしまったが、私は何とかいろいろと適当に発散しながら頑張って行かねばと思っている。



 

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