1. カラーペーパー



「はーい、みんな起きる時間だよー」


 ぱっと灯りが付き、若い女性保育士の明るい声が、四角い部屋に響き渡る。


 ひとつ、またひとつと、昼寝していた子供たちの小さな頭が、起きあがっていく。


 伸びをする男の子。敷布団の上にペタンと座ったまま、服の袖で目を擦り、不平そうな声を出す女の子。胸の上にかけられた薄手の毛布の下から、まだ抜け出せない子供もいる。


 みな態度はさまざま。


 保育士はやれやれと腰に手をあてた。寝ている子を起こすのは、年齢に関わらず骨が折れるものだ。


 けれど、今日の保育士はへこたれていなかった。むしろ自信があった。なぜなら彼女は、強力な武器を持っていたからだ。


「新しいカラーペーパー、来たよー!」


 保育士は再び大きな声をあげた。


 一瞬、まるでその声がなかったかのように、部屋はしんと静まり返った。


 その直後だった。部屋のすべての子供たちが、訓練施設の新兵か何かのように、瞬時に起き上がった。


 兵隊たちと異なるのは、彼らの顔が、興奮と期待に満ち溢れていた点だった。


 先程まで眠っていた場所から人がばっといなくなり、後には乱れた布団たちの山ができあがった。


 子供たちは部屋の入口の引き戸に向かってバタバタと駆けていき、やがて見えなくなった。


 最後に引き戸がバタンと閉まる音があり、そして部屋はまた静まり返る。


 そこに、もぞもぞと動く影があった。


 訂正すると、飛び起きたのは全員ではなかった。


 むっくりと影が起き上がった。


 寝癖で大げさに跳ね上がった髪の一束が、頭頂部でフルフルと揺れる。


 彼は大きな欠伸と伸びをして、不機嫌にまわりを見回した。彼を起こした原因の級友たちは、誰もいなかった。


 つまらなさそうな顔のまま、彼はしばらくぼうっとしていた。


 ふと入り口の引き戸がゆっくりと開いた。


 まあるい頭と後頭部から伸びる一房の髪がセットになった、影。


「あきらくん?」


 小さく高い声が訊いた。


「あきらくんは行かないの?」


 女の子だ。優しくて心配そうで、そして少しつまらなさそうな声だった。


「からーぺーぱー、欲しいのなくなっちゃうよ?」


 そう尋ねた後、声の主はちらっと視線をそらし、保育士と子供たちが集まっている奥の方を見つめる。彼女自身もその集団に加わりたいのだろう。けれど女の子は誘惑に打ち勝って、辛抱強くそこで足を留めていた。


「いらない」


 あきらと呼ばれた男の子は、冷たく一言だけ言葉を返した。


 そしてそれ以後の返事はもう無いのだと言う代わりに、ぱたりと布団の上に倒れ、動かなくなった。


 にべのない言葉に、女の子はしゅんとして下を向いた。


「ヒナちゃーん」


 保育士が女の子の名を呼んでいた。


 幼女は小さな息を吐くと、もう子どもたちの取り合いが終わりかけている教室の奥へ、とぼとぼ歩いていった。


 横になって憂鬱そうに目を閉じていた男の子。彼は眠っていはいなかった。


 もぞもぞと手を動かし、ポケットの中に手を入れる。そこから色のついた紙片を取り出した。


 寝転がりながら、持ち上げた紙を部屋のLEDランプの光に透かしてみる。


「新しいのなんて、いらないよ。僕にはまだこれがあるから」


 そう独り言をつぶやく少年の顔は、言葉に反して暗く、どこかつまらなさそうだった。

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