幕間 色褪せない過去の記憶

森精と人類

 サンティエ帝国の隣国にあるフリュイ国。その両国を跨ぐように、広大な森が広がっている。人々はその森のことを「神聖なる森」と呼んで、誰も近づかなかった。そんな森の奥深くで、森の守護者である私達森精種エルフの一族が暮らしていた。動物達と共に過ごし、木の実を食べ、時には狩りをすることもあった。それが、私達の暮らしだった。だが、一族の中で私だけが他と違っていた。


「森精種のくせに耳が短いとは、底辺の人類種ユマンみたいだな」

「本当は、そいつらと同類なんじゃないのか?」

「短耳な奴はここにはいらない、出ていけ!」

「そうだそうだ!」


 浴びせられるのは心無い罵倒の数々。自分達を神聖なる種だと考えている彼等は、私が耳が短く産まれたことが気に入らずどうにかしてこの森から追い出そうとしていた。時には石を投げられることもあった。それが、私に用意された日常だった。それでも私は「諦めずに成果を出せば皆が認めてくれるだろう」と、甘い考えを抱いていた。しかし、そんな考えは一族の長からの話によって打ち砕かれた。大事な話があると呼ばれた私は、何事かと思いながら族長の所へと向かった。


「エリック、お前をこの一族から追い出すことに決めた。荷物をまとめて、すぐに立ち去れ」

「待ってください! せめて、理由を聞かせてもらえませんか」

「一族の多くの者の意向じゃ。ワシ一人ではどうすることもできなかった、済まない」

「……わかりました。族長でもどうにもできないのならば、私は従います」

「すまないな……」

「いえ、親のいなかった私をここまで育てていただき、本当に感謝しています。ありがとうございました。では、さようなら」

「元気でな、息子よ」

「父上も、どうかお身体に気を付けて」


 最後の挨拶を交わし、私は荷物をまとめるために家へと向かった。途中で何度も指を差されて笑われたりしたが、それももうすぐ終わりを告げる。親のいなかった私にとってここで過ごした日々はあまり思い入れなどないが、父親代わりになって育ててくれた族長との日々だけはすぐに思い出せた。彼のおかげで私は様々な知識を身に付け、生きていく術も覚えることができた。周囲の視線もあることから、あまり世話を焼くことができなかったようだが、それでも陰から支えてもらっていた。その点についてはとても感謝しており、返しきれないだろうと考えている。


「この家ともお別れか。随分と長い間、ここで過ごしたな」


 衣類や書籍といった持ち運べる物を鞄に詰め、家具等の大きな物は置いていくことにする。もうここに戻ることはないだろうから、持ち出せる物はすべて持ち出そう。そう考えながら荷物をまとめていき、あとには大きな家具以外の物が無くなり寂しくなった部屋が残されていた。


「さてと、そろそろ行こう。どこへ向かうかは決めていないが、近くの街へと行けば何かあるだろうか」


 私は大きな荷物を背負って扉を閉め、森を抜けるために歩きはじめる。行先などはなく、森の外に頼れる者などいない。だが、どうにかしてこれからを過ごしていくしかない。そんな不安を抱えながら木々が生い茂る神聖なる森を抜け、川沿いをひたすら歩いていた。


 しばらく川に沿って歩いていた私は、人里らしきものが見える所まで来ていた。見える範囲ではそこまで大きな村ではなく、多種族がいそうな気配もなかった。


「よし、この辺りで過ごすことにしよう」


 村が見える所に荷物を置いて簡易テントを張り、動物達が悪戯をしに来ないように結界を周囲に巡らせる。それから私はどんな様子なのかを知るために、里へと下りていった。


「おや、旅人さんかい?」

「その様な者です。この里の近くに住もうかと思いまして」

「そうかい。ここは静かでいい場所なのだが、医者がいないのが問題でな。大きな街も遠くて、薬もなかなか手に入らないんだよ」

「薬ですか……」

「それ以外はいいところだから、兄ちゃんも気に入るはずさ。ゆっくりしてくれな」

「はい、ありがとうございます」


 村に降りて声を掛けてくれた男性にお礼を言い、私は人々の様子を見ながら歩く。川の近くなだけあって作物は多く作られており、家畜として飼われている動物も多くはないが見られた。だが、やはり先程の男性が言うように、薬となる薬草が余り育てられていないようだった。そういった知識を彼等は持っていないのだろう。となると、私が彼等の手伝いとしてできることは、薬を作ることになるだろうか。


「大体わかったから、一旦帰ることにするか。そろそろ日も暮れる」


 一通り見て回った私は、荷物を置いておいた簡易テントへと戻ることにした。


「今日はもう休むか。明日から忙しくなりそうだからな」


 ここに身を置くとして、雨風を凌ぐためには家が必要になる。いつまでもテントだけでは、いずれはダメになってしまうだろう。あとは、野菜や花を育てるために土地を整えよう。食べたり飾ったりするだけではなく、植物は薬にもなるものも多く、育てておいて損はないだろう。


「そろそろ寝るか」


 テントの中に入り寝袋を荷物から引っ張り出し、明日からのことを考えながら目を閉じ横になる。テントの外では虫達の鳴き声が音楽のように響き、その中に時折動物の声が混じるのが聞こえた。虫達の合唱を聞いているうちに、気付けば私の意識は落ちていた。


 それから幾年の時が過ぎ、村だったものは小さな街へと発展した。住民もだんだんと増えていき、それに伴って家屋も多くなった。街では子供の明るい声が響き、多くの人々が行き交っていた。だが、争いは起こる。それは、この街でも同じだった。きっかけは些細なことだったかもしれない。だが、それが波紋となって大きくなり、結果的に隣街と争いが起こることとなった。多くの人々が血を流し、数多の命が散った。私はそれを黙ってみていることもできず、自分で育てた薬草を持って街へ出向き怪我人の手当てをすることもあった。争いが続く中で、疫病も発生したこともある。その時は人々に煎じた薬草茶を飲ませ、症状を少しでも軽くしようとした。この街には医者が少ない。そして、その医者達だけでは多くの病人や怪我人を診ることはできなくなっていた。


 しばらく続いた争いも終わり再び大きく発展してきた頃、街中には昔と変わって見慣れない建物が並びはじめていた。背の高い建物が多くなりはじめ、中心部に当たる場所では建築作業が続いていた。私は一度、何を作っているのかを訪ねたことかあった。


「これかい? これは時計塔を作っているのさ。きっとこの街のシンボルになるだろうよ」


 笑ってそう答えて大工の男は、本当に楽しそうにしていた。出来上がったらどうなるのだろうか、今から完成するのが楽しみだな。内心ワクワクしながら眺めていると、一人の女性が隣に来ては私に話しかけてきた。


「あなたも、この時計塔が出来るのが楽しみなのですか?」

「はい。どんな風になるのか、とても楽しみです」


 女性はきれいな黒髪に蒼瞳をしており、服はシンプルなワンピースを着ていた。そのまま彼女と会話が弾んでしまい、私は長時間話し込んでしまった。


「あれ、もう日暮れですか。こんなに長い時間、誰かと話をしたのは久しぶりでした」

「ふふ、楽しかったならよかったです。お兄さん」

「ありがとうございました。お嬢さん」

「よかったら、また話しましょう?」

「ええ、またお会いしたいです」

「はい。そうだ、お名前を聞いてもいいですか? 私はアリシアって言います、お兄さんは?」

「私はエリックです。よろしくお願いします、アリシアさん」

「よろしくお願いします。それでは、また会いましょう。エリックさん」

「えぇ。また会いましょう、アリシアさん」


 お互いに手を振りながら別れ、それぞれが帰路に就く。優しげな彼女との会話は楽しく、ついつい時間も忘れて話してしまった。今日のことを忘れないように、家に帰ったら内容を思い出しながら日記に書こう。私はそんなことを考えながら、森の近くに建てた家へと帰っていった。


 それが、妻となる女性。アリシア・フィルとの出会いだった。

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