第13話

 微かに潮の香りがする階段を降りていき、自宅の地下にあった空洞と同じような場所が現れる。開けた場所と沢山の水晶がある空洞。


 ここはかつて、漁師のモーリス・ペシャラが守護していた場所だ。彼は空想種ファントムであったが、昔はこの街で一番の漁師だった。そんな彼がある日、海へ漁に出たっきり帰ってくることは二度と無かった。私はこの街に住んでなかったので詳しくは知らないのだが、当時他の場所を守っていた仲間達から手紙が届き私はそれを知った。


「私の方が先に逝くのかと思ってたが、お前が先に逝ってしまうとはな、モーリス……」


 核があれば長い時を過ごせる空想種。だが、その核となるものが破壊されてしまえば、彼等はすぐに姿を消してしまう脆い者達で、モーリスの核は恐らく船だったのだろう。海に出た船すら見つかっていないのだと、そう仲間達から聞いた。


「さて、いつまでも過ぎ去った日を懐かしんでないで、ここの水晶を起動させなければならないな」


 自宅の地下の時と同じように詠唱をしはじめると応えるように紋様が浮かび、唱え終わる頃には綺麗な魔法陣となり、無事に動力源を起動させることができた。輝く水晶を眺めながら、映り込む景色に無意識にモーリスの姿を探していた。


「モーリス、お前の役目は果たしたからな」


 だから、心配することなく安らかに眠れ。そう祈りながら、私は上に戻って灯台の外へ出た。外はもう日が沈みかけていて、海が燃えるように色づいていた。海面に何かがあるような気がして目を凝らすが、それはすぐに消えて見えなくなってしまった。なんとなくだが、心配性な誰かが見ていた気がした。


 ふと、灯台の近くに今にも朽ち果てそうな小屋があるのに気づき、私は気になりその小屋の中へ足を踏み入れた。部屋の中は埃の臭いがし、壁はツタが伸び放題になっており長いこと誰も住んでいないことが窺えた。小屋の中を少し歩き回っていると作業机のような物を見つけ、中途半端に開いた引き出しが気になり取っ手を引いた。その中には、ボロボロで色褪せた古い写真が二枚入っていた。一枚は家族写真のようで、もう一枚は私も見覚えがあるものだった。


「そうか…… ここは、モーリスの作業場だったか」


 写真に残された過去と私独りが取り残された現在いまを比べて、どうにもならないことだというのはわかっていても寂しさを覚えた。だがその感情に蓋をし、私は写真をもとの場所に戻して小屋を出た。明かりの点いた灯台を背に、私は宿のある方へと戻り始めた。


「あら、お客さん、お帰り。食事は済ませてきたかい?」

「いえ、実はまだ。この辺りはあまり知らないので、どこか美味しいお店ありませんか?」

「この街は美味しいものが沢山あるけども、やっぱり海の物が新鮮で美味しいよ」

「海の物ですか。それは美味しそうですね!」


 その後、女主人からいくつか美味しいと評判の店を教えてもらい、私はそのうちの一つに行くことにした。聞いた場所によると、この宿がある通りをもう少し進んだところにあるそうで、そこまで離れていないようで少し安心した。食事を済ませたら早めに帰ってきて、長い一日になりそうな明日に備えて準備を済ませてから休むことにしよう。


 私が色々と考えながら歩いていると、目的の店を過ぎてしまい少し引き返すことになってしまった。そういえば前にコトリにも、私は考え事をしながら歩くと、よく目的地を通り過ぎてしまうことがあるからやめるようにと言われたことがあったのを思い出した。彼女は元気だろうかと思いながら、店の扉を開けた。


「いらっしゃいませ、空いてる席へどうぞ」


 ウェイトレスの若い女性に言われ、空いている席に座る。店内は慌ただしいわけでは無かったもののお客が何人か来ており、ウェイトレスも彼女ともう一人しか姿が見えなかった。机に置かれたメニューを見ながら、私は何を食べようか考えていた。マリネやムニエルと魚料理が沢山並び、正直どれにしようか迷っていた。


「お決まりでしようか?」


 しばらく悩んでいると、見かねたのか入口で声をかけてくれたウェイトレスの女性が声をかけてきた。


「すみません。初めて来たのでまだ決められていません」

「そうでしたか。何か食べたいものでもありますか?」

「魚料理が美味しいと聞いたので、それを食べたいのですが、結構種類が多いですね」

「港が近いからですかね。このお店では、ムニエルやポアレなどが人気ですよ」

「それじゃあ、ムニエルをひとつ。あと、ライスと水もお願いします」

「ムニエルとライス、あと水ですね。少々お待ちくださいね」


 女性は手早く注文を書き込み、厨房の方へと届けに行き、水をコップに注いでテーブルに置き次の注文を取りに行った。その様子を見てから鞄の中から読みかけの本を取り出し、私は続きを読み始めた。


「お待たせしました。ムニエルとライスになります」

「ありがとうございます」


 読んでいた本を閉じ、運ばれてきた料理に顔を向けてナプキンを広げる。野菜が添えられた皿には、白身魚のムニエルが美味しそうな色をして綺麗に盛り付けられていた。これは美味しそうだと思いながらナイフとフォークを使い口に運んだ。


「うん。流石、港の近くなだけあって美味しいな」


 その後、黙々とムニエルとライスを口に運び、気がつけば皿の上は綺麗になっていた。ふと店内の時計を見るとそこそこいい時間になっていたので、テーブルの上にちっぶを置き会計を済ませて宿へと戻った。宿の受付にいる女主人に店を教えてもらったことに対してお礼を言い、私は部屋へ戻り明日の準備を始めた。


「明日は朝早くに宿を出て南東の方に下ってエスト地区に行き、三つ目と四つ目の場所を探すことにするか」


 古い地図を広げながら印が付いている場所を確認しながら、明日の予定を組み立てていく。巨大な結界、いや障壁とも言える巨大な魔術の動力源が残り四か所あるが、普通なら五日間で全てを巡るのは無理がある。


「どうしたものか……」


 一つ目の水晶を起動した時、昔組み込んだ術が起動して国王へと連絡は行っているはずなのだが。その連絡を受け取って国王が動いてくれるとは限らないので、私がやれるところまで動くしかない。その間に変な動きをしているからという理由で、魔女狩りに捕まって処刑されなければいいのだが。


「汗を流して来るか」


 悪い考えが頭を巡り始めたため、気持ちを切り替えるために私は風呂に入ってから明日に備えて寝ることした。今日の出来事や考えを日記に細かく書き込み、それを終えてから明日の旅路で着る服を持って風呂場へを向かった。寝巻は普段着ないので持ってきておらず、着替えの服も二、三組くらいと少なめにしていた。旅先でも洗濯くらいは自分でできるので、多く持ってくる必要は無いだろうと考えていた。それに、次の日着る服を着て寝れば、いざという時にすぐに動けるので楽だった。


 風呂で汗を流した私はベッドで本を読みながら体を休ませていたが、明日も早いため部屋の明かりを消して今日はもう寝ることにした。

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