もう一度愛します
ひかげ
もう一度愛します
◆◇◆
五年。
それは今の彼女と付き合った年数。
飽き性な俺が、よくもまぁ続いたもんだと思う。
さて、自分。なぜ今、そんなことを考えた?
原因は、今目の前にある花束。おかしなものでも何でもない。彼女から宅配で届いたモノ。
俺の彼女は花が大好きで、花言葉にも詳しい。告白された時も、口からではなく花で「好きです」的なことを伝えられた。
花を選ぶセンスもよく、付き合いはじめてからもたまに、花束などを貰っていた。
それはいいんだ。
今、俺の目の前にある花が問題なんだ。
机の上にある花は、白とピンクのゼラニウムと茶色のコスモス。
どれもきれいだ。きれい、なのだが。
問題なのはたぶん、その花言葉である。
◆◇◆
たしか、茶色のコスモスの花言葉は「恋のおわり」。
……待て。待て待て待て。まだそうと決まった訳では…。
そこまで考え、急いで立ち上がり本棚へと向かう。花言葉の本を引っ張り出し、ゼラニウムの花言葉を調べる。
白とピンクのゼラニウム…と。
白いゼラニウム「私はあなたの愛を信じない」。ピンクのゼラニウム「決心、決意」。
「恋のおわり」、「私はあなたの愛を信じない」、「決心、決意」。
違うという可能性に賭けたいが、これはもしや、別れましょう、ということではないか?
い、いやいや、まさかそんなこと…。
ガクン、と膝から崩れ落ちた俺の目の前に、机の端に置いていた花束から、カードが落ちた。
カードには「お返事待ってます」とだけ書かれていた。
◆◇◆
「お返事待ってます」?
え、返事しなきゃいけないの?あ、でも、物とか貰って返事するのは当たり前か。うん。
…お返事って何ですればいい?
手紙?会って口で言う?どうすればいいんだ?
というか、そもそも何で俺は別れようと言われているんだ?俺、彼女に何かした?
別にもう浮気とかはしてないし、え、本当に何した?
考えれば考えるほど、頭の中で増えていく疑問符。
あー、もうダメだ。
本を置き、床に寝そべる。花束を投げたい衝動に駆られるが、もしこれが彼女からの最後の花束だったら、と思い、抑える。
はー、と息を吐き、起き上がって先の本に目をやる。あまり読んでいないせいか、ページが閉じかけている。
その閉じかけのページを開く。
…これは。
黄色の可憐な花。名前は「ウインターコスモス」。花言葉は…。
これは「お返事」にピッタリじゃないか!
そう思い、急いで立ち上がる。財布と花言葉の本を持ち、家から飛び出た。
向かうは花屋。
◆◇◆
小さい頃から、考えや思いを言葉にするのが苦手だった。
頭の中で考えて考えて考えて。
ごちゃ混ぜになって、言葉にならなくなる。
話しかけても、返事が返ってこない子。
そう言われて、周りはみんな私から離れていった。
当然である。
が、言い訳させてもらうと、当時の私は小学生。なぜ人が離れていくのかわからなかった。
少しずつ塞ぎ込んでいった当時の私。
そんな時に出会ったのが、花と花言葉だった。祖母が、花束をくれたのだ。
ミムラスの、小さな花束。
ミムラスの花言葉は「笑顔を見せて」。
祖母から花束と共に花言葉を貰ったとき。とても感動した。こんな伝え方もあるのか、と。
その頃からだ。
私が、花や手紙で気持ちを伝えられるようになったのは。
「好き」という気持ちも伝えられた。でも、だから。
あれは、違うのだ。
◆◇◆
花屋で「ウインターコスモス」の大きめの花束を作ってもらう。お金を払い、小走りで彼女の家へ向かう。
合鍵は持ってはいるが、ここはチャイムを鳴らす。
ガチャ、と玄関の戸が開き、気怠げな彼女の顔に、花束を近づける。
ウインターコスモスの花言葉は
「ーーーーーーーー」。
◆◇◆
別に、本気ではなかった。
ただ最近、会ったり、メールをしてくれなかったから。
だから、それに対してのちょっとした八つ当たりだった。
怒ってる、かな…。
ついつい速達で送ってしまった。
同じ市内だし、もう届いている頃だろう。
ベッドの上で丸まって、クッションを抱きしめていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
仕方なく玄関へ向かい、扉を開ける。
いつもより少し重く感じる扉を開けると、目の前にあるのは「黄色」。
え、と声を出す私に、その「黄色」の持ち主…彼は微笑み、そして
「ウインターコスモス」
とだけ言った。
本気ではなかった。本気にして欲しくもなかった。お返事だって、八つ当たりの一部だった。けど。
そこまで考えて、気持ちを抑えられなくなって、彼に抱きついた。花が潰れてしまったかもしれないけど、それでも、それよりも、嬉しかった。
黄色く可憐なウインターコスモスの花言葉は
「もう一度愛します」。
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