知る権利

 ……食べすぎである。

 戦士ゆえに力の源泉たる食事は多めに必要とは言え、限度と言うものがあろうに。

 それしか言いようがない。


「うぅ……ぐ、ぐるじい」


 大量に購入した昼食の大半を一人で食いつくしたハンナは、ウップウップと息を漏らし膨れた腹を擦りながら街道を歩く。

 はたから見れば、考えもなしに暴飲暴食した滑稽な姿とした思われない。


「もうっ! 食べすぎよぉ、ハンナ」


 そんな彼女の傍らから叱りつけるように声をあげるのはウェルシであった。

 これでは王女の護衛役としての示しがつかない、ありさまだ。


「もうしわけありませんウェルシ様。あまりにも、ここの料理が美味しかったのでつい……」


 ハンナも、それに対しては確りと反省しているのだろう。しかも君主かつ年下の少女に叱られているのだから、そのありさまは見苦しいこのうえない。

 恥ずかしさと不甲斐なさにシュンと項垂れるのは当然だ。


「でも確かに、ここの食事は美味しかったですよね」


 そんな彼女に少しでも助けになるかと思ったのか、スティアも料理の称賛はするのであった。


「まあ、それは認めますわ。ついつい食べすぎてしまうのも仕方ないかもしれませんわね。……でも今後は気をつけてね」


 ウェルシも食事が美味しすぎたことには肯定し、それ以上に彼女に注意を述べることはなかった。

 彼女自身も分かっているのだ、なぜここまでハンナが気を緩めてしまったのか。

 ただ単に料理が旨かっただけでなく、長く辛い旅路から解放された、その反動ゆえに楽しみを得ることを抑えられなかったと。

 ……旅路の最中に、王女と言う自分の存在が皆に迷惑をかけたのはたしかだ。彼女達は常に我慢して、ウェルシの身を最優先に考えて行動してくれた。

 なら、せっかく至った安堵の時間だ多少の気の緩みは大目に見るべきであろう。


「まるで友達同士のような、やり取りですね」


 と、彼女達の会話の最中にアサムが微笑んだ。

 乳母車を押す彼は、危なくないように前方を注意しながら言葉を続けた。


「出過ぎた言葉になるかもしれませんが、主従ではなく皆さんは親友同士のようですね」

「いやいや! そんなつもりは。ウェルシ様と親友だなんて、そんなの恐れおおいわ。ウェルシ様は私達の主、下につきどこまでも付き従うそう言う関係なの。そんな友情とか、そう言う関係じゃないの」


 アサムの言葉を自信満々に否定し、ハンナは荒々しく鼻息を吐く。

 命あるかぎり余計なことは挟まず、ただ単に姫に忠誠を誓うのが自分の役割と言いたげに。


「これわ、すみませんでした。やはり、出来すぎた言動でしたね」


 そしてアサムは笑みを見せてハンナに応じる。

 彼女の言葉に納得した様子を見せるが、まあ実際はハンナ本人が気づいてないだけで、彼女達の関係は主従ではなく完全な親友同士のそれとしか思わなかった。


「……まったくもう。私は、そう言う関係じゃないと思ってるのに」


 傍らで聞いていたウェルシも、やや呆れ気味に微笑し聞こえないように囁く。

 確かに立場的に主従関係になってしまうが、だが本当は幼児の頃から隣にいてくれた親友としか思っていないと言うのに。


「アサム、お願いがあるんだけど」

「はい、なんでしょう」


 と、最後尾で黙り混んでいたアリシアがアサムの傍らに駆け寄ってきた。

 さっきまでウェルシやハンナやスティア達は嬉々とした様子で会話していたと言うのに、彼女のその表情は思いつまったように真剣であった。


「今、私達は石カブトの本部に向かっているんでしょ?」

「ええ、そうですが。それが何か?」


 アサムは常に領主屋敷にいるわけではない、なら購入した物品を石カブト本部に運ぶのも別に不思議なことではない。

 屋敷だったり本部だったり、と仕事状況によってレオ王子の世話をする場所は変わるものだ。


「石カブトの代表と話をさせてほしいの?」

「ええ、それは別に構いませんが。ただ隊長のオボロさんが任務で不在のため、今石カブトを取り仕切っているのは副長のニオンさんになりますね」


 隊長不在ゆえに副長が頭目になるのは当然。

 だがしかしニオンの名を聞いた瞬間、少女達の表情からやや血の気が引いた。


「……あの男は石カブトの一員なのね?」

「ええ、そうですよ」


 ハンナはあの美剣士と初めて会ったときのことが忘れられないのだろう、あの時は本当に殺されるかもしれないと思ってしまったのだから。

 しかし、その後は手料理を振る舞ってくれるなど良くしてくれたので、あの美青年に対しての印象は複雑である。


「アサム、あなたも石カブトの一員なんでしょ。いったいどんな組織なの?」


 そしてアリシアはアサムに問いかけた。

 アサムはどう説明するが少し頭の中で考え込み口を開いた。


「一種の万屋のようなものですよ。依頼があれば、魔物の討伐から商品などの輸送、依頼品の製作などをしています。石カブトの人達は、それぞれ得意分野が違いますから、一緒に作業することもあれば、現状のように別々に行動することもあります」


 ……無論それは全て表面上の仕事内容である。真実を隠すための。

 してその説明に関心したのか、ウェルシが目を輝かせた。


「へぇ、個性を生かせそうで面白そうなお仕事ですわね。アサムはどのような仕事を専門になされているの!」


 好奇心たっぷりの視線を当てられ、アサムは素直に応じる。


「僕は他の人達とは違い体力も肉体能力もないので、お薬や加工食品を作ったり、本部とエリンダ様の屋敷の炊事、洗濯、掃除などが主流ですかね。後は裁縫に装飾品作りに、陶芸もしますかね、それに按摩に鍼灸、屋敷のメイドさん達に家事の手解きや、料理教室などもしてまして、たまに都の子供達にお菓子や縫いぐるみを作ってあげたり……」

「……えっ?」


 次々とアサムの口から語られる自身の仕事内容。その多種多様すぎる職務にウェルシは唖然とする。

 確かに彼は戦闘や力仕事には向いていない、しかし別分野では紛れもなく彼は天才なのだ。

 生活面では間違いなく万能な人間と言えるだろう。

 ……そしてそんな才を持ちながらも、けして彼を妬む者が存在しないのも凄いことだろうか。


「とても素敵です、可愛いだけでなくそんなに色々とこなせるなんて」


 実際にその話を聞いて、嫉妬するような様子もなく今度はスティアが目を輝かせたのだから。

 メイドゆえにアサムとの仕事内容は近いものだ。彼の有能さを一番理解でき、感激するのは当然と言えよう。


「是非ともご教授を……」

「アサム、ニオンに会えば教えてくれるの?」


 とスティアの言葉を遮るように、アリシアが会話の中に入り込んでくる。

 話がそれてしまったがゆえに。

 そう今聞きたいのはけして石カブトの業務内容やアサムの有能さではなく、ただある真実一つだけなのだから。


「サンダウロで本当は何があったのか」

「……ど、どうしてそれを?」


 彼女がそう告げると、アサムは驚き目を見開いた。

 アリシア達はサンダウロの戦乱に裏の事情があることなど知らないはずなのに。

 それだけあの戦闘の経緯は機密なのだが。


「彼女達にも知る権利はあるでしょ、アサム」


 そして唐突に言ったのは、進行方向を警戒するように最前列を歩くミアナ。

 その一言で彼女がアリシアにあの機密を語ったと理解したアサムは諦めたように息を吐いた。

 うかつに公表してはならない情報なのだが、ミアナの言うとおりアリシア達にも知る権利はあるのだから、そのことを咎める気にはなれなかった。


「分かりました、石カブトの本部に到着したらニオンさんに許可をとってみます」


 アサムはそう言うと、わずかばかり足取りを重くさせた。

 そして話の内容が上手く飲み込めていないウェルシとハンナとスティアが頭を傾げるなか、また唐突にミアナが言い放つ。


「いいよく聞いて、彼等石カブトから語られることはどんなに非現実的でも全ては真実よ。それだけは覚悟しておいて」

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