その超獣を見た者は

 長旅で消耗しつくした体力も回復し、戦闘や道中で負った負傷も治癒した。

 体調は万全と言えよう、しかし長い避難生活でこの身は泥や埃にまみれていたため衛生的とは言えない。

 そんな彼女達にとって、領主館の浴場はこのうえない至福とありがたいものであった。


「いやぁ、なるほど。この地に来て覚えた言葉、『極楽』とはこのことなのですなぁ」

「パヨパヨ」

「わたくし達にはない風習です。適度に温められた水に浸ることで疲労回復を促したり、洗浄剤で外皮系を磨いて衛生を保つ。わたくし達は手間隙なく薬液ミストとエアシャワーで体の洗浄を瞬時に終わらせますが、時間がかかれどこのような衛生的手段も悪くありませんなぁ」

「フンゲェーア」


 ……しかし、この会話やりとりは彼女達のものではない。

 先客で湯船に浸かる、異星人チャベック陸竜ベーンである。

 なぜに、この二人が彼女達より先に入浴していたかは不明である。

 その事に対して女性陣が何も気にしないのは、もはや二人が愛玩動物的にしか思われていないためだろうか。

 さておき、領主エリンダに入浴を勧められた彼女達は長旅で汚れた体を洗ってもらっている最中である。


「……ふぅ」


 囁くように小さな声が思わず漏れてしまう。

 姫様の身を守る者ではあるが、どうか今だけは落ち着かせてほしい。

 しかしだからと言って油断はしない、そう胸に刻みながらアリシアはアサムのシャンプーの上手さに表情を緩めた。


「……ひとつ聞いて、いい?」


 そして唐突ながら彼女はアサムに語りかける。


「はい、何でしょうか? アリシアさん」

「……キミは本当に男の子なのよね?」


 アサムは彼女の髪を優しく扱いながら、失礼とは分かっていようその問いに真面目に応じた。


「ええと……そんな年齢としではないですけど、男ですよ」


 時おりあることだ、その可愛らしい容貌から彼の性別が問われるのは。

 そんな情景が微笑ましかったのか、傍らでハンナの背中を流す人間形態のトウカは思わず微笑を見せるのであった。

 そして唐突に性別を聞かれたことで思いいたったのかアサムは、表情をやや不安げにさせる。


「……もしかして、男に体を触れられるのは嫌でしたか? それなら洗い手を変更しますが」

「いや、キミがいい。何故かキミがいると、落ち着く」


 慌てる様子の彼にアリシアは笑みで応じた。

 勿論、下心がなくとも男性が洗い手を担当するのであれば拒否していたが、彼なら肌に触れていいと何故か本能的に思ってしまったのだ。

 いやむしろ今はアサムが担当で良かったと言う考えも芽生えている。

 異性ではあるが、不思議なことに羞恥もなく抵抗もまるで感じないのだ。

 そして、なれない環境や初対面の人々との出合いで緊張していた心も緩んでくる。


「ねぇアサム、今度もし一緒にお風呂に入る機会があったら私の背中を流してね」


 実際それを裏付けるかのように隣のハンナが、やや恨めしそうな流し目をアリシアとアサムに向けていた。


「あら、ハンナ。もしかしてアサムに恋心があるの?」

「べ、別にそんなじゃないよ! ただ体を洗うのが上手そうだから……」


 恨めしそうなハンナに対し、アリシアはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 そして否定するかのようにハンナは慌てた様子を見せる。


「たしかにアサム様の流しの腕前は達人ですよ。流し、と言う仕事はそんな簡単なものじゃありません。何年もの経験を積んでいかないといけませんから」


 そんなアワアワする彼女に助け船を出すのはトウカだが、その表情はニンマリとしていてハンナに下心があるのはお見通しな様子だ。


「そ、そのとおりよ。達人だって言うんだから、流して貰いたいじゃない、うはははは!」


 トウカの助けに必死にすがり誤魔化すようにハンナは高笑いするが、まあ誰がどう見てもアサムに好意を持っているのは一目瞭然であった。


「久しぶりだね、二人があんなに楽しそうにしてるの」


 そして、そんなごく普通の少女達の語り合いを見やるのは一番奥でメイドのスティアの背中を流してあげる王女ウェルシである。

 その言葉使いは姫様らしさはなく、普通の少女とかわりない様子。


「ええ、たしかに」


 そんな彼女の言葉に肯定するようにスティアは頷く。

 アリシアもハンナも優秀な戦士、しかし装備を外せば年相応の少女達。

 楽しい遊びもしたいし、美味しいものも食べたい、気になる異性にだって好意を抱く、しかし仕事となれば忠実、本来ならそれが普通でそれが理想的だったのだが……。


「私達はどうなっちゃうんだろう」


 ウェルシはたまらず深い息を吐く。

 命は助かり、危険もなくなった。

 しかし先は何も分からない闇である。国に帰ることもできないし、この先何をすれば最善なのかも分からないのだから。





「それでは本日の会議はこれまでといたします」


 ニオンが拵えた大きなテーブルを中心とし、人々が各定位置に腰かけている広間に領主エリンダの声が木霊した。ここは領主屋敷の会議室である。

 そして集まっていたのは、ペトロワ領の有力者達。以前と比べると、その人数は多い。

 それも数ヵ月前にルゴアス領と合併したからであろう。

 領地運営の方針を定めるために、各地域の人々と意見をだしあい、吟味して物事を決定していく。

 けして独善的にならず、合理的に方針を固める。

 それがエリンダのやり方なのだ。

 ゆえに住民達は彼女を慕い、そしてトラブルが少ない要因となっている。


「エリンダ様!」


 ゾロゾロと会議参加者達が広間を出ていくなか、エリンダのもとに向かう姿があった。

 無論、彼も会議の参加者ではあるが、しかしこの地の者ではない。


「おや、どうしたの? ロフウさん」


 領主にそう呼ばれたのは、かつて難民を率いてバイナル王国からやって来た猫の毛玉人の男。

 一応、難民の代表者で今回の会議に出席していた。場違い感ゆえにか会議中は落ち着かない様子であったが。

 そもそもなぜ彼が会議に出席したかと言うと……。


「その……なんとお礼を言ったらよいのか」

「そんなのいいよ。みんな賛同して可決したことだから」

「我々のためにわざわざ、街一つの開発をしていただけるなど」


 今回の会議の主題はバイナル王国からの難民達が生活する街の開発計画の決議だったのだ。

 いつまでも都市や各街の付近で天幕くらしさせておくのは、忍びないと思ってのこと。

 ……それに国に帰還するのも、現実的にもう期待できないからであろう。


「エリンダ様、よろしいでしょうか? 話があります、重要案件ゆえに私達二人だけで」


 と、そこへボサボサ髪の女性がやって来た。もちろん彼女も会議の参加者。

 そしてニオンに次ぐ技術者でもある。


「マエラちゃん……」


 そんな彼女の言葉を聞いてエリンダは押し黙る。

 重要案件、つまり宇宙領域の内容であることを理解したからである。


「それじゃあロフウさん、また後で」


 そうエリンダは猫の毛玉人に告げ、マエラを共にして会議室を後にするのであった。





「領内に銀河連合軍の主要拠点を造りたい……」


 内容に驚きつつもエリンダは屋敷のバルコニーに響き渡らないように声を抑えた。


「はい建築は我々が行います。……魔獣ならびに超獣も予測を上回る程に脅威度が増してきてますので。私達も協同し組織的に大きくしていかないとなりません」


 マエラはバルコニーから街並みを眺めながら説明を続ける。


「先日、超獣や魔獣達の生体要塞とも呼べる超獣サナガンテスと呼ばれる存在が小惑星地帯で発見されました。今はもう、この恒星系を離脱しましたが。おそらく、その超獣は超獣や魔獣を銀河中へ運搬したり前衛基地としての役割を持っていると思われます。つまり一部の宇宙生物達は、かなり組織的な行動を行っていることが理解できます」

「……もう一種の軍事組織的な話ね。最近、頻繁に超獣や大型魔獣が出現していたのは、その超獣の仕業ね」


 あまりの敵性生物の強大さに、エリンダは頭を抱えたくなる。

 ただ住民達と安心して日常をおくれれば満足と思っていたのだが、もはや自分達は銀河系の命運に関わるほどの事態に巻き込まれているのだ。

 普通なら辺境の領主ごときが、その真実を受け入れるのは重圧すぎるもの。


「サナガンテスも十分に脅威ですが、今はジェノラの対策が先です」

「……あまりにも情報が少ない超獣なのよね」


 その名を聞いて、エリンダは顔をこわばらせる。

 ジェノラ。度々、マエラからその名は聞いていたが、今のところ極めて危険な存在としか知らされていない。


「情報量があまりにも少ないから、対策手段が分からないがゆえに危険。……そもそも何故にそれほどに情報が少ないのか」


 マエラはそう言いながら、空を見上げる。

 そのはるか先に存在するであろう数多の文明を感じとるがごとく。


「今までの数少ないジェノラに関する情報は全て崩壊した惑星から収集したものです。つまり滅びた星……いえ、滅ぼされた星でしか情報が見つかっていないと言うことです」

「……えっ」


 マエラの説明にエリンダは眉を寄せた。だいたい内容は理解できるが、彼女のはいったい何が言いたいのか? 

 そして、またマエラの説明が続けられた。


「それら文献の内容を解読しましたが、ジェノラは遥か数万年も前から数多の星々を滅ぼしてきたと思われます。……しかし今まで接触してきた異星人の中に、その超獣を知る者はいませんでした。おかしいとは、思いませんか?」


 マエラは顔をあげると領主に問うのであった。


「……数万年も前から存在してるのに、その超獣を知る種族がいない、と言うことよね」


 エリンダは頬に指をあて考え込んだ。

 ……たしかに、おかしいかもしれない。数万年も破壊を続けてるのに、その超獣を知る種族が皆無。

 ジェノラの情報が得られたのは崩壊した惑星のみ。

 そしてマエラは、重々しく口を開いた。


「……それらを考慮すると、ジェノラと接触及び目撃した者達は誰一人生き延びることができなかった、と思われます」

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