音速を越えた超人

 黒鉄の巨体が上空を風切り音を響かせながら突き進む。

 三十メートル半にもなる大きさだと言うのに、軽々と飛翔するなど航空力学を度外視してるとしか思えない。

 しかし超技術で開発された魔人である彼には、容易いことなのだ。


「あっ! あそこだ」


 そんな魔人の巨大な手の中でナルミは地表を指差す。

 大きなクレーターが形成されており、その中央には頭部が無い黒い筋繊維がむき出しになってる二足歩行の怪物が横たわっている。

 その亡骸が激しい戦闘が終わったことを告げていた。


小型観測無人機式烏で戦闘の様子は見ていましたが、直に見ると何とも凄まじいですな」


 そう甲高い声を発しながらナルミの傍らから身を乗り出したのは、オボロの分析を行っていたチブラス人。彼は超人が丸腰にも関わらず引き起こした破壊力の規模には驚きを隠せなかった。

 三人とも、オボロによってオンバルロが殲滅されたことが分かり今到着したばかりである。

 して、その魔獣を倒した超人はと言うと……。


「いたいた、隊長だ。……なんか小便オシッコしてる。クサマ、着陸して」


 クレーターから少し離れた位置で滝のごとく放尿するオボロの姿を見つけ、ナルミは黒鉄の魔人に指示を出す。


「ン゛マッシ!」


 クサマは余程のことがなければナルミの指示には特に忠実。

 彼女の願いを聞き入れ、ゆっくりとクレーターの近間にズシンと地を揺らして着陸した。


「おう来たか! 待ってたぜ。……ちょっと待っててくれよ」


 地表に置かれたクサマの手から飛び降りるナルミと分析員をオボロは横目にするだけであった。まだ尿を出しきっていないがゆえに。


「よしっ! 待たせたな」


 してナルミ達が着陸して数十秒程、膀胱を空っぽにしたオボロは自分の巨根を数回ブルンブルンと振り、全裸のためにそれをしまわず三人に振り返る。


「見事な戦いぶりでございました、オボロ様」


 一番最初に声をあげたのはチブラスの分析員。

 小型とは言え素手で魔獣の殲滅、これには称賛を送られにずにはいれまい。


「さすがだよ……でも、また派手にやっちゃったね、隊長」

「しかたねぇぜ。相手が相手だ、このぐらいでやらねぇと魔獣は死なねぇからな」


 やや唖然とした表情で周囲を見渡すナルミにオボロはやむなさそうに答える。

 クレーターの中心には魔獣の亡骸、広い範囲にはそれから飛び散った体組織や外骨格、戦闘の余波の無数の穴ボコなど。

 確かに事後処理は大変だろうが、魔獣の生命力を尽きさせるにはそれほどの破壊力が必要不可欠。

 どうしようもあるまい。


「もうしばらく、ここに滞在しなければならないようですな」


 そんな有り様を見てチブラスの分析員も甲高い声を発する。また作業が増えたと言わんばかりに。

 ヴァナルガンの遺留物の処理も終わってない中、オンバルロの事後処理と情報収集も増えてしまったのだから。

 無論、これも仕方ないことだろう。自分達が対処してるのは宇宙の怪物ども。仕事を怠れば、何がおきるかなど分かったものではないのだ。


「ところで何であの魔獣はいきなりに現れやがったんだ。やっぱし、お前達の持ってる機械だの装置が原因か?」


 そしてオボロはパイルドライバーで絶命させたオンバルロへと目を向けた。

 不自然かつ突如の魔獣襲来。ここは科学技術や機械工学が存在しない国だ。

 魔獣は科学技術、つまり機械や装置等に引き寄せられる習性を持つ。

 異常な性質を有する超獣や大型魔獣ならともかくとして、小型の魔獣が突然に現れる要因が見当たらない。

 いや、唯一あるとすれば連合軍が有する揚陸艇やそれらに積まれた機材と言えるだろうが。


「おそらく、ヴァナルガンの遺留物たる金属細胞に引き寄せられたのではないでしょうか」

「……あの超獣が残した装甲部のことか?」


 応じる分析員をみおろしオボロは難しそうに頭を掻いた。


「はい。我々は機材などを用いて作業を行う場合、魔獣達に嗅ぎ付けられないように特殊な隠蔽フィールドを展開しておりますゆえ、発見されることはそうそうありません。無論、超獣や大型魔獣にはさすがに効果があるとは思えませんが」

「……ちょっと、まて。そんな便利なもんがあるなら、すぐにそれをよこせ」


 唐突に語られた魔獣から身を隠す技術に聞き捨てならずにオボロはグイと分析員のチブラスにやや激しく顔を近づけた。

 そんな装置があるなら即刻に設置するべきと考えるは当然だ。


「しかし設置するにも、土地の管理者の許可や発電施設の構築が必要になります。あとハクラ指令から了承も得なくては」

 

 分析員は特に動揺もせず冷静に応じる。


「……ああ、まあそうだな。でっ何の話だったか?」

「超獣の金属細胞に引き寄せられたと言う話です」


 いったん落ち着き、そして脱線していた説明を聞き入れるべくオボロは近づけていた顔をゆっくりと離した。

 それに合わせ分析員も説明を再開する。


「つまり特殊なフィールドを展開してるため魔獣が機材に引き寄せられとは考えにくいのです。しかしながら実際、魔獣が出現しました。と言うことは別の誘引する何かがあると考えるべきです。それを踏まえると超獣の一部と考えるのが妥当かと。魔獣は……えーとオンバルロでしたな、オンバルロはヴァナルガンの細胞サンプルを回収し、そこから情報を得ようとしていたのでしょう」

「なるほどな、つまり超獣の装甲を回収して……」


 科学や機械にはオボロは不得手だが、けして頭は鈍い方ではない。

 分析員の説明で、オボロはだいたいは察したのだろう。

 超獣ならびに魔獣は情報を得ることで成長や強化を促す。つまり率先して有力な情報を狙うのは当然のこと。

 ならオンバルロは格段に強力な存在であるヴァナルガンの情報を得て自己を強化しようと行動していたのだろう。


「となると、ヴァナルガンの事後処理を急がなければなりませんな。よもや超獣が残した体の一部分に魔獣を引き寄せる性質があろうとは思いもしませんでした」


 チブラスの分析員は持ってきた機材を立ち上げると、電子音をならしながら作業を開始した。

 彼の言う通り急がないと、確かに不味いだろう。

 このまま超獣の一部を残しておけば、この恒星系に存在する魔獣達がそれを目的に引き寄せられことを意味しているのだから。

 魔獣どもにとって超獣の情報は相当に魅力的なものに違いない。


「まったく死んだ後でさえ厄介な奴等だ。災害が連鎖するみてぇなことを」


 オボロは嫌気と面倒くささを含んだように吐き捨てた。


「オボロ様、少々聞きたいことが。よろしいですか?」


 と、分析員は操作する機材を立体映像を立ち上げる。映し出されたのはオボロとオンバルロの戦闘シーン。

 小型の観測無人機が撮影していたものだろう。

 瞬間移動のように動き回り魔獣を圧倒する超人の姿が映し出されている。


「なんだ? いいぜ」


 オボロは迷うことなく返答した。


「こたびの戦い……いえ、この位置に来るときにもオボロ様は超音速で動き回っていたことが解析した結果、分かりました」

「ほう、オレそんなに速く動いていたのか。なんつうか、すんごい変な感じだったな」


 分析員の話を聞いて、オボロは少しばかり驚いたように応じた。

 そして分析員は話を続ける。


「おそらく肉体が変異したことで筋組織も神経系も作り替えられたがために、これ程の身体能力が発揮できるようになったと思うのです。……しかしそれだけでは、あんな超音速戦闘はできません」


 そう超高速で動けば周囲の者達から視認されにくいだろう、だが動き回ってる方もどうよう。

 そんな状態で敵の位置を正確にとらえられるだろうか? 


「なんうか……あのときは周りが変だった。聞こえてくる音は分解バラバラしてたし、何よりオレ以外の全てがスローモーション緩慢だったな。さっぱり何がおきてるか分からなかったぜ」

「……やはり、しかしあの技術は実用化されておりませんし……しかし全身を機械化でもしなければ……腰椎部に脳に酷似した器官が形成されたのはこのため……」


 するとオボロの言葉を聞いた分析員は突如として一人ブツブツと語り始めた。まるで止まる様子もない。


「……おーい、さっきから何をブツブツ言ってるんだ?」


 あまりにも難解な言葉を暴走したように囁き続けるチブラスに、オボロは思わず声をかける。

 しかし分析員の言葉は止まらなかった。何かとんでもない発見があったのだろう。


「……感覚や思考が加速され……脳に酷似した器官が情報処理を……つまり生体機能で加速装置の機構と同等の能力を発揮してるわけで……」

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