各々鍛練に励む
初夏とは言え、日差しは中々に暑い。
そして吹き抜ける風も暑気を含んでいる。
体を動かせば、汗水流す環境である。
「ふっふっ」
時はやや暑い正午。
ゲン・ドラゴン南門石カブト本部玄関付近で小刻みに息を吐く声。
木製のアレイを上下させながら、少女はその多少重量のある道具を支える右腕に集中する。
本物であり本物でない矛盾のある右腕の運動。
本来あるべき状態にまで回復させるための軽めの鍛練にミアナは懸命に取り組んでいた。
「ミアナ様、休息にいたしましょう」
と、運動に神経を集中させる傍らで甲高い声。
「ふぅー」
チャベックの指示に応じてミアナは、ゆっくりと息を吐いて握るアレイを地面に置いた。
失っていた肉体が元に戻る感覚は、中々に奇妙なものである。
正常から不便になり、その不便に慣れつつあった時に突如として正常に戻る。
最初こそ、新しい右腕に違和感があり動作もぎこちなかったが、徐々に腕を損失する前の感覚が蘇ってくる。
やはり体が覚えているのだろう。
「いやはや、さすが毛玉人ですな。こんなに回復が早いとは」
リハビリの補助を勤めているチャベックは感心するように高い声をあげる。
ミアナの腕は、もう十分に日常生活が送れる程の動作が可能になっていた。
己の細胞から生成した腕を移植したこととチブラスの医学あってのことではあろうが、やはり毛玉人由来の回復力の影響もあるのだろう。
「それだけじゃないわ、チャベック。あなたの医療技術の凄さもあってのこと」
「ほほほ、そう言っていただけるとありがたいですなぁ」
笑みで異星人の医術を称賛するミアナの言葉に、チャベックは触手を伸ばし照れるように頭を掻く。
「お二人とも、そろそろ
そして石カブト本部の玄関が開き大きなバスケットを抱えてアサムが姿を見せる。
「おお! これは、これは、素晴らしきことですぞ」
「ありがとう、いただくわ」
食事と聞いてチャベックは興奮したように駆け出し、ミアナも暑さを払うように手で顔や首回り、やや豊満な胸元を扇ぎながらゆっくりとその後に続いた。
「はい、どうぞ」
と、アサムは二人にストローが付いた水筒と食事の包みを手渡した。
包みの中は厚手のパンに具材を挟んだサンドイッチ。あまり手間隙がかかってない簡易的な食事。
「運動した後の体に染み渡るぅ!」
「さっぱりとしていて、飲みやすいですな」
ミアナとチャベックは最初に飲み物を流し込んだ。
水筒の中身は適量のレモン果汁とハチミツをキンキンの冷水でわったもの。
暑さや運動で熱を盛った体には、たまらない物である。
そして二人は乾きを潤すと、腰かけて食事を貪り始めた。
「アサムの手料理は、本当に美味しい」
「左様でございます」
同じサンドイッチににしても二人の中身の具材は違うもの。
体作りで汗を流したミアナには、ベーコン、チーズ、野菜と言った蛋白質や塩分やカルシウムやビタミンが豊富な具材。
チャベックのは、野菜とバターや調味料で味付けした
チブラスは大きな脳を維持するためにも、やや多目の糖質や脂質の摂取が推奨されているらしいのだ。
「いやはや、アサム様はやはり天才でございます。単純な生命維持に必要な栄養摂取と言う行為を、このような快楽に変えてしまうのですから。なんとも素晴らしき文化にして習慣、こればかりは我々のテクノロジーを持ってしても至ることはできなかったでしょう」
ムシャムシャと簡易的な料理をほうばるチャベックは目を輝かせる。
味を楽しむ。無駄を省き徹底的に合理性を重視する思考では、とても得られなかった楽しみ。
それは、やはり科学力などでは得られない習慣なのだ。
「そんな誉められる程に手の込んだ料理じゃないですよ」
チャベックの感情の昂りと褒め称える言葉に微笑で応じると、アサムは辺りをキョロキョロと見渡した。
「……ムラトさん、まだ帰ってきてないようですねぇ」
「んぐ。今日の正午前には帰ってくるって言ってたもんねぇ」
咀嚼していたものを飲み込み、ミアナも同じく周囲を見やる。
あれは昨日のことだ。
「鍛練のために少し出かけてくる。明日の正午前には帰ってこれるだろう」
エンボルゲイノを無事殲滅して帰還してきたムラトは、行き先は告げずそう言い残して出かけしまったのだ。
無論、彼のことだから心配はなかろうが。
「うーん、せっかくガーボの丸焼きを準備したんですけど」
そう言ってアサムが顔を向けたのは本部の傍ら、こんがりと焼かれ良い匂いを発する大型家畜一頭を丸ごと調理した食事がドッシリとした様子で置かれている。
家畜を丸々一頭をたいらげるなど、オボロかムラトぐらいだ。
ならこの料理がムラトのために用意されたものであることは言うまでもなく。
「ガーボのお肉は、焼き立てが一番美味しいんですけど」
困った表情でアサムは頬を指で掻く。なるべく一番美味しい状態のものを食べさせてあげたいのだろう。
「ムラト様のことですから、きっとすぐにお帰りになられますよ。アサム様も、わたくし達と一緒に食事をとられては?」
そんなチャベックの提案。
しかし、アサムは申し訳なさそうに首を横に振る。
「ありがとうございます。でもレオ様にミルクを作ってあげないと、それに稽古中のニオンさんや御弟子さん達にも食事を届けないといけないので」
そう言ってアサムは、空になったバスケットを抱えまた本部の中へと戻っていった。
彼は戦闘能力こそほぼ皆無だが、それ以外のことに対してはかなり有能と言えよう。ゆえに多忙なのだ。
家事関しては右に出るものはなく、思いやりがあり、気配りもできている。
それに面倒見も良い。
実際、ちょうど良い時間帯に食事をとどけてくれ、その料理も栄養管理がしっかりと考慮されたものなのだから。
縁の下の力持ち……と言うよりかは。
「……みんなのお母さん、みたいね」
アサムが本部に戻る姿を見届けて、ミアナはそう囁くのであった。
と、いきなりに地面が小刻みにゆれだした。
地震ではない。
「おっ! 戻られたようですな」
都市から数百メートル程離れた位置で土煙が舞い上がり、その光景を視認していたチャベックは口とおぼしき部位をモグモグさせながら言うのであった。
× × ×
地面を砕き、大地から俺ははい出る。
数十時間ぶりの大気と日光が何とも心地よい。
ふう。ひとまず今回の鍛練はこんなもんか。けっこう長い旅ではあった。
疲労こそないが、筋肉をしっかりと動かした感覚は十分にある。
と言うのも疲労物質や老廃物等はすぐさま分解されてしまうからな。
「……もっと強くならんとな」
以前のディノギレイド戦での思わぬ苦戦。明らかに俺の実力不足が招いたものだ。
俺達にヘマは許されないと言うのに、肉体的にも精神的にも俺は未熟だったとしか言いようがない。
実際に怪獣と一体化してから、仕事や戦闘以外で肉体を動かす機会は少なく、鍛えるようなこともしていなかった。
……怠けすぎていた。今となっては後悔しかない。
ゆえにどうすれば、この体を鍛えられるか自分なり考えた結果がこれだ。
筋力だけで地中移動を淡々と繰り返す。
理屈事態は水泳によるトレーニングに近い。水が抵抗力となり、それが筋肉への負荷となるからだ。
しかし俺の場合は水ではなく、土や岩と言った物質を砕き掻き分ける動作を繰り返しマントルまでたどり着いて往復すると言うものであった。
「……正直、鍛練と時間の経過でより強くなれるかは良く分からん。怪獣と人間とではわけが違うからな。……だが強くなるにしても、何かしらはしなければならないだろう」
怪獣の成長の伸びしろや潜在能力は、今だにその限界は分からない。
だがどうにかして強さと力を獲得しなければ、この先張り合えないだろう。
とりあえず、今は考えることは後回しにしてみんなに帰還報告しなきゃあな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます