神は脅威を感じる

 魔獣も超獣も巨大な超絶生命体であることはわかるが……それにしてもである。

 この恒星系は、地星、水星、火星、風星、空星、そして恒星から三番目に近く文明と生命が存在する本惑星たる生球しょうきゅうの六個の天体によって構成されているが、その事実を知る者は科学技術に秀でた者達のみ。

 して火星と風星の公転軌道との間にある無数の小惑星が集中する領域に、威圧的に漂うそれは巨大ですら物足りない。


「……これが、生物なのか?」


 ハクラは唖然とした濁った声をあげ、メインスクリーンに映し出されるサナガンテスを見上げた。

 そのサイズたるや、都市や山どころではない。もはや小惑星と言ってもおかしくはないだろう。


「超獣とは言え……これほどの個体が」


 もちろん、これには副司令も驚愕の言葉しか述べなかった。

 唇を震わせ、その美しい青い肌に汗を伝わせる。


「別に不思議なことでは、あるまい」


 コンソールから手を離した、ドクロの悪魔ごとき顔が彼女に向けられた。


「奴等は神の産物ではない。そんな得体の知れない化け物が数億年も前から存在していたんだ。その悠久の中で戦闘と破壊を繰り返し、おのが肉体と能力を強化し続けてきた。ならば神々おれたちの想像をこえる程の存在にいたっていても、おかしくはあるまい。そうだろ?」

「……うっ」


 ギエイの赤く輝く視線はまるで、副司令を貫くように鋭く重圧。まるで何かを見抜いているような……。

 たまらず青い肌の美女は低い声を発して後ずさった。


「ところで、こいつはいったい何なの? あれは超獣なんでしょ、なら破壊と知的生命の殺戮が目的のはず。なのになぜあんな領域で、ジッとしているの」


 そして、やや怖じ気づいていたリミールが威圧感を振り払うようにメインスクリーンに映る超獣を指差す。

 それに答えるようにギエイは、悪魔的な顔をあげた。


「サナガンテスは率先して戦闘や破壊を行う超獣ではない。だからと言って戦闘能力が低いわけではないが……。奴の行動目的は大型魔獣や超獣達を搭乗させて銀河系全体に輸送することだ」

「……銀河系全体にだと」


 静かに説明する邪神の言葉の内容に、たまらずに重々しくハクラが濁った声をもらす。


「そうだ。全てではないが、悪友が色々と分析してくれていた。サナガンテスは空間収縮機能によって時空を折り畳むことで空間を連結させ、瞬時に銀河系全体に移動することができる。ゆえにか時間の遅れの影響も受けない。よほどに高度な船行能力を有しているのが分かるだろ」


 ギエイのその言葉が本当だと、すれば……いや冗談など言っている様子ではない。本当のことだろう。

 つまりサナガンテスは何らかの手段を用いて出発点と到着点を結合させ移動することができ、それにより距離的や時間的な制約なしで途方もない超距離を瞬時に渡り歩くことができる。

 となれば一瞬にして銀河系全体に姿を現し、魔獣や超獣をばらまくことができると言う意味である。


「……つまり魔獣や超獣どもの超性能生体宇宙船と言うわけか」


 魔獣や超獣は高い知性を持つのは理解できるが、これほどの規模の大きい行動をしようとは。

 ガスマスクの中でハクラは囁くことしかできなかった。


「……俺も正直、驚いている。魔獣や超獣どもが、ここまで大規模な活動をしていようとは思っても見なかった」


 そう言ってギエイは、ハクラを見やった。


「知っているとは思うが、奴等は戦闘を繰返し自己強化することを主目的としている、善悪など関係なくな。そして気の遠くなるような年月を戦い破壊し進化を継続したその結果、その主目的がさらに増長されより強力な存在や文明と効率的に戦うために、こんな大規模な活動を行うようになったのだろう」

「……もはや組織的な行動だな」


 もはや一つの高度な社会と言わざるえない。

 魔獣や超獣どもが宇宙船のような超獣に搭乗して、銀河系を渡り歩き、各領域で戦闘行動をして強化を繰り返す。

 たしかに戦闘経験を得て、より戦闘能力を向上させるのが目的だと言うなら効率的と言えよう。

 しかし人類から見れば喜べたものではない、こんな化け物達がここまでのことを仕出かしていようとは。


「なら、すぐに迎撃に向かわなければ! このままでは」


 たまらずに副司令が声をあげる。

 そうだ。こんなとんでもない怪物を放置しておけば、この銀河系内でどれ程の混乱と破壊と殺戮が起きようか。

 だが邪神は諦めたように頭を横に振る。


「駄目だ。もうすでに奴は、この恒星系を離脱した。もうどこにいるのかも分からない」


 それを聞いてハクラは肩を落とす。

 銀河系を縦横無尽に移動できる敵対象の位置を観測する手段もなければ、瞬時に銀河の果てまで船行するテクノロジーもないのだから。

 無論、多くの異星人達は超光速船法を有しているが制約が大きく、あらゆる影響も受けやすい。

 サナガンテスの超空間移動能力と比較すれば、その性能は雲泥の差である。

 現状、あの宇宙船のごとき超獣をしとめるなど不可能な話だ。


「一先ず提供する情報はこれまでだ。ガンダロス、ゴドルザー、ディノギレイド、ヴァナルガン、今回の騒動を引き起こした魔獣や超獣を引き連れてきたのは奴だ」


 そう言ってギエイは帰るかのように操作していたコンソールに背をむける。


「なに? 待ってくれ」


 ただその内容の中に気になる点があり、ハクラの濁った声が邪神を制した。


「グランドドスと、今だに活動を停止しているもう一体の超獣とは関係ないのか?」

「その二体はサナガンテスが招いたものではない。眠りについている超獣が生身での超光速船行を可能としている。グランドドスも、そいつに随伴する形でこの恒星系にやって来たのだろう」

「……つまりメルガロスのどこかに潜んでいる超獣もまた恒星系間の移動ができる、と言うことか」


 今だに活動停止にある超獣が、かなり危険なことは理解していたが、いやもはや想像以上か。

 だが、ハクラのその心境を察したのかギエイはメインスクリーンに映るサナガンテスの画像を振り返り。


「……ハクラ、言っては何だが今眠りについている超獣はサナガンテス以上だ。そいつはこの銀河系最悪の化け物だ」


 それを聞いてハクラは完全に押し黙った。


「俺は帰るとする。邪魔したな」

「なぜだ?」


 そしてギエイがブリッジを後にしようとした時、思い出したかのようにハクラが言葉を発した。


「良い意味で、お前らしくない。なぜに俺達に情報提供を?」


 この邪神は、神々の戦力となる超生物の開発たんじょうのみしか考えておらず、それ以外のことには無関心だったはずだが。

 そんな神が今になって、いったいどういう風の吹き回しか。

 そしてギエイは足を止め重々しい様子で語りだした。


「……どうやら神々も傍観者ではいられないようだ。ましてや魔獣や超獣どもも強大になりすぎて、神を脅かしかねないほどになっている。今の俺のこの肉体も戦闘目的で形成したものだ。……今となっては、魔獣も超獣も神の全能の力を中和したり、適応して耐性をつけているからな。そして最大の敵は遥か別の領域。俺から言えるのは、それだけだ」


 その言葉の意味を理解できた者は、はたしていただろうか。

 リミールはただただ眉をひそめるだけ、副司令は息を飲み、ある程度は理解できているだろうガスマスクで表情の見えないハクラは無言であった。

 そしてギエイの前に突如、時空の歪み、さながら真っ黒な球形が形成された。ワームホールである。


「……最後に、サナガンテスは先ほど述べた四体以外にもう一体魔獣を解き放っている。それと魔獣と超獣とは関係ないが、何やら不穏な気配を感じるぞ」


 それを言い残しギエイはワームホールの中へと姿を消すのであった。

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