傷を癒そうとする戦士達

 駆け寄ってくるは、大きな頭に無数の触手が生えたような生物。

 一見不気味と思われるかもしれんが、両目がクリクリとしていて、なんだか愛嬌を感じさせる姿である。

 そんな二人はチブラスと呼ばれる、高い医療技術を持つ異星人。


「いやはや、オボロ様にお会いできるとは感激でございます」

「我等が英雄!」


 そんな彼等はオボロの足元につくなり甲高い声を響かせた。

 チブラス特有の声質である。

 かつて自分達の故郷を破壊しつくした怪物と対決し、魔人と協力して見事にその超獣グランドドスに勝利した男が目の前にいるのだから、二人のチブラスが感激するのは当然と言えるだろう。


「お前達はチャベックの仲間だな」


 そう言ってオボロは体高一メートル程しかないチブラス二人を見下ろした。


「はい、そうでございます。あなた様についてはチャベックを通して色々と聞いています」

「それに、グランドドスとの戦闘データも閲覧いたしましたし」


 と二人のチブラスは、オボロと対話できたことがよほど嬉しいのか飛び跳ねながら答える。


「あなた様は、きっと我々……いえっ異星人達数多の者達を救ってくださる救世主なのです」

「超人にして救世主様ですぅ」


 英雄、救世主、そう崇めてくれるのに悪い気分はしないが、しかしなんとも困ったものである。


「いやぁ……別にオレは英雄視されたくて戦ってるわけじゃあねぇんだがなぁ」


 あくまでも自分達が魔獣や超獣に挑むのは自己防衛や仲間のためだ。

 けして誰かに誉め称えられたいわけではない。

 危険極まりないことを自らの意思で行っている、と割り切っている。

 そこに見返りや期待や称賛など、求めるはずもなく。

 ……口々に称賛されても複雑なものだ。

 そう思いオボロは肩をすくめる。


「ところで、オボロ様。ケガの方は大丈夫ですか?」

「もし、よろしければ私達が治療いたしますが?」


 して二人のチブラスは、いきなり落ち着くなり、オボロに手当てを申し出た。


「いやっ、それは不要いらん。しばらく、すりゃあ治るからなぁ」

「まぁ、そうでしょうなぁ」

「得られた情報から、あなた様が並の生物を上回る程の回復力を持っているのは承知済みですから」


 オボロの治療の謝絶に対し、チブラス達は納得したように頷く。

 そもそもオボロは数十時間前にもゴドルザーと戦闘を繰り広げ、重い傷を負っていた。

 しかし、それもヴァナルガンと戦う前には完治していたのだ。

 そんな輩に治療など無用と言えよう。

 意地悪く言うと、治療器具、薬品、時間が無駄になる。


(オボロ、頼みがある)


 と、いきなりオボロの頭の中に言葉が響き渡る。


「なんだ、ハクラ?」

(予定だと調査が終わるまで、二~三日程かかる。それまで、現地にいてくれ)

「そうか。まぁ、そりゃそうだな」


 そう言ってオボロは、遠くで大地にメリ込む銀色の装甲に目をやった。戦闘中にヴァナルガンが投棄した物だ。

 超獣の遺留品とも言える金属物質であり、無論のこと分析兼回収対象であるのは言うまでもなく。


「念のために」


 おそらくヴァナルガンは消滅したはずだ。

 しかし万が一や予期せぬ事態に備えて調査の間、必要最低限の戦力はとどめておくことは当然と言える。


(助かる。……ところでオボロ、何か必要な物はないか? 大抵の物資なら準備できる。何かあったらチブラス達に言うといい)


 響き渡るハクラの言葉。

 今は戦闘後の休養中であり、それにこれからしばらく滞在しなければならない。

 オボロ達に物資が必要なのは言うまでもなく。 


「……エッチな本はあるか? 戦闘続きで自慰ができてねぇんだ」


 ハクラの提案に対して、返ってきたのがこの言葉である。


(そんな物はない! 性処理はしばらく我慢してくれ)


 怒り気味なハクラの言葉が伝わり終えると同時に、ギュルルルルル! と言う大きな音が夜の空間に鳴り響いた。

 それは超人の腹の音。


「そんなら飲みもんをくれ。腹が減ってんだ」

(ああ分かった、用意させておく。空腹だと言うなら、後は食糧か?)

「いやっ、食い物は自分で調達する。新鮮な肉が食いてぇんでな」


 あれだけ激しい戦闘だったのだ。それなら腹も減るだろう。

 ……だが単純なエネルギー補給だけが目的ではない。


(大規模な負傷を回復させるためにも、大量の蛋白質や滋養が必要と言うわけか)


 ハクラは無人観測機『式烏』で超人の体の情報を得ているのだろうか、囁くような言葉を発する。

 損傷部を再構成して復元するためにも、オボロの肉体は養分を欲しているのだろう。

 傷を治癒するためにも細胞を増殖させて患部を修復しなければならない。

 細胞を生成するにしてもエネルギーや素材が必要になる。

 そう言う意味であるなら、栄養補給こそがオボロにとっての治療と呼べるだろう。


「ちょいと、そこらへんから獲物を取ってくるぜぇ……それにしても体が、さっきから痒くてしょうがねぇぜ」


 獣肉にくと言う名の蛋白質源を手にいれるべくオボロは脇腹や背中をボリボリと、かきむしりながら深夜の草原へと向かって歩みだした。

 ……痒み。

 それは皮膚に異常があるときに、知らせてくる反応である。

 別に普通のことであり、気にするようなことでもあるまい。

 ……だがしかし、この痒みがただ事でないことをハクラだけは見抜いていた。


(……体組織の構造が変化してきているのか? 今だに成長しているとは言うが、今回は単なる骨格筋の増幅による巨大化どころではないかもしれん。……細胞や遺伝子と言った微小領域から体質改善が行われている。……これが超生命体か)


 聞いていなかったのか、あるいは伝わっていなかったのか、ハクラのその言葉に反応する者はいなかった。





 そして治療を必要としているのはオボロだけではない。

 いや、彼の場合は修理と言うべきか。

 大地に横になるは黒き装甲の魔人。

 しかしその姿は痛々しい、超獣の電離体刀で両腕と片足を切断されてしまったのだから。

 そして、その溶断されていた手足はシキシマによって回収され、今はクサマの傍らに並べられている。


「大丈夫、クサマ? 必ず治してあげるからねぇ」


 そんな魔人の顔のすぐ横で、ナルミは悲しげな声をあげた。

 大事な相棒の痛ましい姿に涙を浮かべる。


「でも、だいぶ修理時間がかかりそう」


 クサマには自動修復機能が備わってはいるが、それを踏まえても、破損の規模が大きく復旧までには、だいぶ時間がかかりそうな具合である。


(安心しろナルミ。クサマはシキシマ達が修理してくれる)


 と、悲観しているくの一の頭の中に言葉が響き渡る。


「副長の先生! シキシマって、そんな便利な機能が備わってるの?」

(ああ、シキシマには生産機能がある。言うなれば機体内に工場設備があるわけだ、その要となっているのが小型作業ロボット達だ。シキシマ、頼んだぞ)


 するとハクラの指令を受けた青と灰色を基調とした装甲を纏う水陸両用魔人が地面を揺らしながら二人の元へ歩み寄ってきた。


「ガァオォォォォン!」


 そして咆哮を響かせ、方膝を大地につけた。

 いったい何が始まるのか?

 するとシキシマの魚雷発射口でもある腹部のシャッター状の部位が開き、そこからウィーンっと階段らしき物が伸びてきて地面に接触した。


「な、何?」


 いきなりの良く分からないシキシマの行動にナルミは困惑する。


「「「「エッサー! ホイサー! エッサー! ホイサー!」」」」


 そして甲高い声をあげながら、そいつらが姿を現した。

 シキシマの腹部から物凄い数の小型ロボットが隊列を組んで出動してきたのだ。

 その形状はまさに鉄色のアリンコ、大きさは指先にも乗れそうな程に小さい。

 そして、そんなロボット達が階段を下って大地に降り立つ。


(シキシマの機体内に常駐している小型作業員『我等見参オラタチダー』。クサマの修理は、コイツらに任せる)

 

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