奴が来た

 黒鉄の装甲に覆われた巨体が吹っ飛び、轟音を響かせながら幾度も転がったため凄まじい土煙が舞う。

 肘から両腕を切断、さらには右脚も断ち斬られた。

 もはや戦闘どころか、まともに歩くことさえ不可能な損傷。

 ……しかし、それでも。


「ン゙マッシ!」


 土砂が晴れないなかをメリメリギギィと軋む音をあげさせながらクサマはどうにか動けるように体勢を整え、土煙ごしに佇む白銀の超獣に目を向けた。


「ン゙マッ……」


 そして残された両上腕部と左脚で這いつくばるように、ヴァナルガンのもとへ向かおうとする。

 上腕部の切断面でガリガリと大地を抉りながら腹這いで進むその姿は、不様な死に損ないのようですらある。

 だがそれでも、この魔人は今だに闘争心が消えていないのだろう。

 使命感ゆえか存在意義ゆえか、あるいは意地それ以外か。

 いずれにしても全ての行動はクサマの意思によるもの。

 魔人は機械であり人でもあるからこそ、覚悟を決めて戦いに戻ろとしているのだ。


「クサマ! もう戦えないよ。そんな体じゃあ!」


 悲鳴のような声をあげたのは、這いつくばる魔人のもとに駆けつけた、くの一少女である。

 しかし黒鉄の魔人は、その指示を聞き入れなかった。


「……ン゙マッ」

「止まって、クサマ!」


 無理は承知の上、と言わんばかりに酷く破損した機体を酷使する魔人。

 その行動を制止させようとナルミは泣き叫ぶが、それでもクサマは止まろうとはしない。

 ……今自分達が戦うことを諦めれば、また多くの犠牲が出るのは分かりきっている。

 ゆえに動かなければならないのだ。

 それにそもそも相手は超獣。敵を殲滅するまで攻撃を続ける、ただの化け物。

 こちらが戦闘能力を失ったからと言って、攻撃を止めるなどあり得ない。

 負けても、戦闘を放棄しても、どのみちナルミもクサマも終わりなのだ。


「ジュオォォォ!」


 そのことを物語るが如くヴァナルガンは咆哮し、背部と足底部のプラズマ推進器官を着火させた。

 青白いプラズマの噴射音を鳴らしながら白銀の巨体が上昇する。

 そして高度約五百メートルに達すると、紅い複眼を輝かせて這うクサマを見下ろした。


「ジュオ!」


 すると機械的な音ともにヴァナルガンの胸部が左右に展開し、大きな砲身らしきものが生えるように姿を表した。


(不味いぞ!)


 それと同時に二人の頭の中にハクラの叫び声が木霊する。

 あの砲身こそが、ヴァナルガンの最大の武装であるがゆえにだ。


(中性子砲だ!)


 クサマと戦闘開始する前に襲撃された規模の大きな都市を一撃で消滅させた主砲。

 それが今、放たれんとしている。

 超獣はクサマもろともこのへん一帯を焼きつくして、とどめをさすつもりなのだろ。

 その透過力ゆえに外殻や装甲の強度や厚みは、ほぼ無意味。内部から焼失するのは確実であろう。

 いかにクサマと言えど耐えられるわけがない。


「ジュオォォォ!」


 そしてエネルギー充填が開始されたらしく、高音をあげながらヴァナルガンの胸部主砲が輝きだす。

 体内の核融合器官から直接に高エネルギー中性子が薬室チャンバー内に供給され保持される。

 そしてあと数十秒の充填後、全てを破壊する光の奔流と化するだろう。


「……うぅ」


 優々とした様子でエネルギー充填を続ける白銀の超獣を見上げながらナルミは呻くような声しか出せなかった。

 戦いを生業としている以上、戦闘で死にいたることは仕方ないこと。

 それはナルミだって覚悟している。

 しかしだからと言って、一矢報いることもできずに終わるのは、あまりにも悔しい。

 だがその思いも虚しく、ヴァナルガンの主砲発射口の輝きが時とともに増大してゆく。


(ナルミ! クサマ!)

 

 再び二人の頭の中にハクラの叫び声が響き渡る。

 すぐにでもシキシマが到着さえすれば、今の戦況を挽回できるだろう。

 だがハクラの様子から察するに、海洋戦人の到着は望めそうにもない。


「……こんな終わりかた」


 思わずナルミは目を閉じる。

 最後の時だ、と言わんばかりにヴァナルガンの主砲が青白い閃光を発していた。

 都市を丸々焼き払う攻撃ゆえに避けるなど不可能。

 そして、その膨大なエネルギーが放出される瞬間であった。

 突如、大音量が鳴り響いた。


「……ジュオォォォ!?」


 それはヴァナルガンの頭部に大質量の塊が着弾した音響。

 そして超獣の頭に直撃したそれは巨大な岩。

 中性子砲発射のために滞空していたヴァナルガンはあまりの衝撃にバランスを崩すと、大きく仰け反りその主砲の先を遥か上空へと向けてしまっていた。

 そして同時に夜空へと高エネルギーの奔流が照射される。

 眩い青白い光が夜の空を染め上げ、強烈な轟音が拡散した。

 目標を外れたビームは大気を電離させながら空の彼方へと消えていく。


「な……何?」


 助かった、と安堵したいところだが行きなりのことにナルミは体勢を崩したヴァナルガンを一瞥してから周囲を見渡す。

 そして、それは自分達の遥か後方にいた。

 それはまるで山。しかし岩ではない。

 筋肉の山脈であった。

 ……語るまでもなかろう。こんな筋肉の塊は、まぎれもなく奴だけ。





「ふぅ……あぶねぇ、あぶねぇ。ギリギリだったぜ!」


 と、筋肉と馬力の要塞が一息吐く。

 放り投げた岩が見事にヴァナルガンに着弾し、ナルミ達への砲撃をそらすことができた。


「とりゃあ!」


 そしてその強靭な脚力で一跳躍、高度数百メートルに到達しナルミの傍らにズズンと着地した。

 二十トンを越えるオボロが大地に立てば大地が揺れるのは当然であろう。


「よおく堪えたな。ナルミ、クサマ」

「……隊長!?」


 大地を揺るがす巨大な熊の大男の身長は四メートル半を越える。

 その巨体を見上げてナルミは緊張がとけたのか、涙を溢してわずかな笑みを見せる。

 絶大な信用を寄せる者の出現に安心したのだろう。


「……ン゙マッシ」


 それはクサマも同じこと。

 ましてや彼にとってオボロは超獣グランドドスを協力して打ち倒した存在なのだから。

 これ程に心強いものはない。


「お前らは下がってろ。あとはオレが引き継ぐ」


 そう言ってオボロは指の間接をボキボキ鳴らしながら高度五百メートルで滞空する銀色の超獣を睨み付ける。

 魔獣ゴドルザーと闘ったばかりだと言うのに、今度は超獣。

 強敵との連戦だ。

 しかし、この大男に疲弊や気の滅入る様子はない。

 気力で目はギラツキ、全身の筋肉がさらに膨張。

 膨大な筋肉で服は弾け飛ぶように破れて、オボロはズボンだけの姿になる。

 その異常な肉体が露になった。

 肩と腕は岩石でもみっちりと詰めし込んだように膨れ上がり、胸板は雨宿りができそうな程に分厚く発達し、荷物でも背負ってるかのように背面も盛り上がる。

 常人ではあり得ない筋肉量、これが超人の肉体である。


「行くぞ、銀々ギンギン野郎!」


 開戦を告げるかのように吠えるとオボロは駆け出した。


「ジュオォォォ!」


 ヴァナルガンも岩をぶつけてきたことでオボロを敵と認識したのだろう。

 時速数百キロで走る小さな目標に正確な照準をつけ、頭部に内蔵されし金属細胞で構成された電磁加速機関砲を撃ち出した。

 膨大な量の徹甲弾が超人に襲いかかる……しかし。


「あてててて!」


 四門のレールキャノンの集中砲火をオボロは両腕を顔面の前でクロスさせ真っ向から受け止めた。

 表皮が裂け、血が飛び散るが、しかしそれだけ。

 オボロは砲火も痛みも気にせず駆け抜ける。

 この超人を痛みで倒すのは不可能なのだ。

 もちろん避けることもできようが、だが回避行動は攻撃の機会を減らしてしまうことを意味している。

 、のだから回避など不要。ただただ攻めるべし。

 電磁加速砲は超人の命を脅かすには、あまりにも非力であった。

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