迫り来る破壊者

 英雄の国メルガロス。

 唯一魔族と渡り合える神秘の力を持った者達が生まれる国家。

 勇者、剣聖、など英力と呼ばれし異能の力を保有する者達によって繁栄していた、まさに偉大な国。

 千年以上も魔族と戦い続け、幾度も世界を救ってきた、まさに歴史の英雄達。

 ……しかし、その勇ましい時代が終わらせる時が来たのだ。

 魔族はほぼ壊滅し、隠されてきた真実の数々が暴かれたのだから。

 今の事態がある程度落ち着きを見せたら、他の国々にも英雄時代の終焉を告げなければならないだろう。

 そのためにも準備は必要だ。貴族、国民、ならびに元英雄達。

 そんな彼等と話し合いながら、少しずつ本当のことを明かして世論に公表していかなければならない。

 ……だが現状を考えて、そんな先のことを考えてる余裕はないのかもしれない。

 今となっては英雄達は守る側ではなく、守られる側、そして狩られる側なのだ。





 夜を迎えし、メルガロスの王都。

 日が沈んでから、まだあまり時は経過しておらず、ゆえに都は人々の喧騒で賑わうはずだが……しかし響き渡っていたのは不気味な警報音であった。

 腹の奥から響くような音は無論のこと、女王メリルの城にまで聞こえている。


「め、メリル様! 他の都市や町などへの避難命令はどうしましょう? 魔術が使えなくては連絡が……」

「狼狽えるな! ヨナ」


 玉座の間で泣きながら慌てふためくは元賢者の少年、そしてそんな彼を叱責するは元英雄達の頂点たる女王である。


「……くっ、時間はかかるが近間の都や町には使者を用いて通達するしかあるまい」


 メリルは苦しげに言った。

 ナルミから超獣出現の知らせを聞いて、はや半刻。

 灼熱の超獣グランドドスが出現した時同様に、住民に避難を報せる音が鳴り響くのは当然のこと。

 しかし空気圧を用いた警報器により王都全域や近間の町などには避難を報せることはできるが、国全土への避難命令を迅速に通達する手段がなかった。

 本来なら魔術で全土の都や町にもすぐさま指示を出せるのだが、今はもはや超獣の能力ちからによって、英力も魔術も使用不能。

 超獣は一国を機能停止させる程に出力の高い魔粒子拡散波動を発しているのだ。

 ゆえに女王は頭を抱えていたのだ。


「それ以外は国民の自主的な判断にゆだねるしか……」

「そんな……そんなことをしていたら!」


 ヨナの言う通り、そんな悠長かつ的確な指示もなしな避難方法では多くの犠牲が出るのは明白。

 ……しかし。


「……残念だけどヨナ、そうするしかないわ」

「……うぅ」


 二人は悔しくも唸るような声しかだせなかった。

 魔術に依存した通信手段が完全に破綻した今、もうどうすることもできないのだ。

 ゲン・ドラゴンのように電気的な通信手段があるわけでもない、あとは成り行きに任せるしかなかろう。

 そもそも、なぜここまでに急を要する事態になったのか。

 やはりそれは、今回の超獣が高速で飛行できる個体だからだろう。

 前回のグランドドスのように、大地をノロマに行く存在ではないのだ。

 今回の超獣は地形に一切制約されることなく、高速で広範囲に移動可能。

 ゆえに避難に時間をかけてはいられないのだが……どうしようもないのが現実であった。


「何をしているのです? お二人も早く逃げてください」


 女王と元賢者の秘書が顔に苦悶の色を浮かべていたその時、まだ幼げな声が玉座に響いた。


「……ろ、ロラン」


 頭をあげた女王の目先に佇んでいたのは、綺麗な銀毛の犬の美少年、そして超人オボロの直弟子である。

 彼は冒険者家業ではあるが、魔王軍幹部をたった一人で倒したことを評価され、今では国に従える騎士や兵の武芸指導を勤める程になっていた。


「メリル様、今現在暴れている超獣はプラズマ推進を用いた優れた飛行能力を有しています。国内どこにでも短時間での移動および攻撃が可能です。王都襲来と言う最悪の事態を考慮して、貴方も早くお逃げください」


 犬の美少年は落ち着いた様子で告げる。


「あとのことはボク達に任せてください。今、ユウナとミースが『ジョウト・システム』で国内の各都市や町を巡って避難指示を伝えています。だから女王様も早く!」

「ロラン……お前はいったい」


 彼の言葉を聞いて、メリルは唖然とした表情を見せた。





 辺境の町に一番近い大きな都市。

 人々の賑わいは突然にして阿鼻叫喚へと置き換わる。


 「うわっ! 何だアレ?」


 一人の男が夜の上空を指差した。巨大な何かが青白いエネルギーを噴射させながら、都市の真上に浮かんでいる。

 それは突然であったのだ。

 いきなり銀色の巨体が天空の彼方から姿を表したのだ。

 その姿は銀色の甲冑らしき物を着込んだ巨人と言えばよかろうか。生物感はほとんどなく、いずれにしても魔物の類いではないのは一目瞭然。

 ……あれはいったい何か?

 人々にそんなことを深く考えさせてくれる時間を怪物は与えてくれなかった。


「ジュオッ!」


 都市に推進力であるプラズマ噴射の音を響かせながら、ヴァナルガンは無機質な声を鳴らした。

 そして次の瞬間、重く唸るような音が発せられた。

 火を吹いたのは、超獣の頭にある計四門の生体機関砲。

 その狙いは、都市の出入口たる東西南北に設置された門であった。

 頑強な防壁と一体になっている分厚い門、そう簡単には砕けない。

 しかしながら電磁加速式の三十ミリ機関砲には、あまりにも無力であった。

 門とその周囲の防壁は砕け散り、破片が吹雪のごとく飛び散る。

 そして大きな音たてながら門周囲の防壁が崩壊した。


「うわあぁぁ! 逃げろぉ!」

「化け物だぁ!」


 突然の砲撃により都市はパニックにおちいった。

 元よりメルガロスの都市などは今までに外敵に襲撃されるなどほとんどなかったのだ。

 人々が錯乱してしまうのは仕方のないことだろう。

 あまりにも戦いと言うものを知らないのだから。

 そして戦いも死も破壊も、もう遠くの出来事ではないと言う現実を嫌でも知らされたのだから。

 しかし、なぜヴァナルガンは門などを攻撃したのか?


「あぁ! 門がぁ!」


 その理由を教えてくれたのは逃げ惑う住民達。


「これじゃあ、外に出られないじゃない!」

「うあぁ! そんなぁ!」


 門を倒壊させ逃げ道を閉ざすためであった。

 滑らかで高い防壁を登るのは至難、魔術も使用不可能。人々は都に閉じ込められた、と言えよう。

 そのことを理解したのか住民達の恐怖と錯乱が加速する。


「うわあぁぁ!」

「あ……うあぁぁ!」


 転げ回り、我先にと他者を突き飛ばし、転倒した人を踏みつける。

 どこへ逃げればよいのかと……。


「ジュオォォォォ」


 そしてついに銀色の巨体が都市の中心部に降り立った。

 ヴァナルガンの足は人のような形はしておらず、凶悪そうな猛禽類に酷似している。

 それが建物も人も女子供さえも容赦なく踏み砕く。

 ヴァナルガンの体重は六万トン以上。それで踏まれて生きているなどあり得ないだろう。

 そして辺境の町と同様にレールカノンの機関砲がばらまかれた。

 量子デバイスの中枢器官を用いた砲撃の雨は高い精度で建物と人々を撃ち抜く……いや破壊力が強すぎてバラバラに吹っ飛んだ。

 建物は細かい破片や粉塵となり上空に舞い上がる、して人間はもっと酷いありさまとなる。

 撃ち抜かれて体に穴が開くどころではない、グシャグシャに爆ぜると言っていい。

 血と肉片が散乱し、体組織が地面や建物や近間の人々にこびりつき、血肉の赤、脂肪組織の黄、骨片の白が極彩色を生み出す、そして所々に体内から噴出した内容物。

 ちぎれた大腸が街路樹に垂れ下がり、そこからは糞便がひり出て異臭を放ち始める。

 辺り一帯は血と肉と異臭の地獄と化した。

 ……とても人間の死にかた、などとは言えないだろう。

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