五年前の戦慄

 闇夜の中のゲン・ドラゴン。

 その大都市の街道と言う街道は鎖のように列なる住民達に埋め尽くされていた。

 しかし日頃から訓練がなされていたためだろうか、人々に混乱した様子はなく避難に手間取るようなこともないようだ。

 彼等は領主に従える陸竜達に先導されて黙々として行動していた。

 今、この都市は非常事態化にある。いや、本当なら人類存亡クラスのことだろうが……。

 そんな状況下でも人々に喧騒はない。だが、けして落ち着いている訳でもない。

 住民達は恐怖のため震え上がり、息を荒くさせていた。恐ろしい状況ゆえに、逆に声が出せないだけなのだ。


「はぁ……はぁ……」

「……ふうっ……ふうっ……」


 ……荒く息をする人々の多くは五年前の大災害を鮮明に思い出しているだろう。

 そんな都民達だが、都市の南方に出現している怪物の正体を知るものはいない。

 今だに、その件は超機密事項なのだから。その情報を知るものはこの地域でもごくわずか。

 ゆえに彼等は五年前と同じ災いが襲来したとしか認知していない。

 これも大きな混乱がおきないように秘匿されているがゆえにだ。

 ……惑星の外で人知を凌ぐ怪物が蠢いている。

 こんな真実を知ったら人々はどうなるだろうか?

 それ以前に信じるだろうか?

 時が来るまでは正式公表は避けるべき。正体を隠しつつ魔物とは別種の巨大な怪物として住民達に説明する。

 それが、この領地の重要人物達が出した答えだった。

 と、突如都市が揺れに襲われた。それにより建物がガタガタと音を発する。


「うわぁ!」

「きゃあ!!」


 それほど大きな震動ではないが、避難中の人々を刺激するには十分すぎた。みなが思わずしゃがみこんだ。

 南方で行われてる戦闘の揺れが都市部までに伝わって来たのだろう。

 ……あれから五年しか経っていないのだ。人々の心には鮮明に、あの戦慄の情景が刻まれている。





 領主の屋敷にも戦いの震動が伝わっている。

 屋敷の中ではメイド達やら使用人達がドタバタと血相を変えて避難の準備をしていたが、そんな彼等とは真逆に肝が据わった様子でバルコニーから南方を眺める美女が一人。

 領主である彼女も五年前のことは、ハッキリと記憶にある。

 ……燃え盛る都市で破壊と殺戮の限りを尽くさんとする、磁力の巨人の姿を。


「エリンダ様! 早く避難の準備を!」


 そう喚きながらバルコニーにやって来たのは、桃色の長い頭髪をなびかせるメイドであった。

 荷造りが済んだらしく、その美少女はパンパンに膨れ上がった背嚢を背負っている。


「先に屋敷のみんなと一緒に避難してて、トウカちゃん。わたしは後でいいわ」


 領主は振り返らずにそう告げる。

 今、彼女の視界に写るのは殴られて沈黙した暴獣ゴドルザーの姿であった。

 先程の震動は、オボロの鉄拳を受けて頭部を地面に叩きつけれた魔獣から発生したもの。


「……ですが、エリンダ様」


 そんな領主にトウカは不安げな眼を向ける。

 領主エリンダは、蛮竜から逃げていた自分を助けてくれた恩人。

 そんな彼女を置いてきぼりになどできる訳がない。


「もし石カブト彼等が敗れたら、わたし達は終わりなの。本質的には逃げ場なんてないの。住民達を避難させてはいるけど、彼等の戦闘の邪魔にならないためにしていること」


 エリンダは冷静に、そして意味ありげに呟く。ただただ真剣な眼差しを南方に向けながら。

 星の外からやって来た怪物には、現状の人類で抗うことはできないのだ。そして誰一人見逃したりしないだろう。

 奴等は闘争と殺戮を本能とし、そして自己強化を主目的として行動するのだから。

 オボロが敗れたなら、都市は壊滅、住民は全て殺戮されるのが目に見えている。

 だからこそ逃げ場などないのだ。


「彼等は人類のために命をかけて戦っている。危険は承知のうえよ、最後まで彼等の奮闘を見届けるわ。石カブトを私兵としているからこそ、それもわたしの役目だと思うの」





 ……始まりは約五年前。

 傭兵を廃業したオボロと冤罪を着せられたニオンがゲン・ドラゴンに住み着いて約一月した頃であった。

 星外魔獣が初めて大陸に出現し、惑星の外には想像を絶する脅威が存在することを知ることとなったのだ。

 そして、この戦いが要因となり石カブトが結成されるに至った。





 真っ赤に燃え上がる都市、そこには身の丈二十五メートルはあろう巨人が佇んでいた。姿は人間のようにスマートで、目は赤く輝くゴーグルアイのようになっている。

 その体は青黒く、光沢を帯び、体表の所々で放電がおきて火花が散っている。

 まさに金属で構成された巨人と言える見た目。

 その禍々しき巨人の足下には、人の尊厳を無視したような無惨な亡骸と、粉々になった建物の破片が混じり合いながら散らばっていた。

 人々は、この巨大な怪物に抗うことも、逃げることもできなかったのだ。

 だがしかし、この巨人を殲滅せんとする二つの姿が。


「くそぉ! あぶねぇがやるしかねぇ」


 三メートルを越す巨躯の熊の毛玉人が金属の巨人を見上げて表情を歪める。

 その強靭な肉体には血が付着し、衣服は全て破れ、ほとんど全裸に近い常態であった。

 よほど激しい戦いを繰り広げていたことが分かる。


「オボロ殿、迂闊に近づくのは危険です。接近すると奴は……マグネゴトムは電磁結界を展開します」


 そう言ったのは、オボロの傍らで鋼鉄性の剣を手にした美青年。彼もまた負傷してるらしく額の辺りから血を溢し、白を主体とした軍服も土で汚れている。


「じゃあ、どうすんだ? 野郎を止めねぇと犠牲が増えるだけだぞ」

 

 互いに意見はあるのだろうが……。

 しかし二人の会話を呑気に待ってくる訳もなく、電磁魔人は一瞬身を屈めると、駆け出したのだ。


「ウオォォム」


 マグネゴトムは不気味な声を漏らしながら、身長二十五メートル体重五百トンと言う巨体に見合わない速度でオボロとニオンに接近。そして足を大きく振り上げ、両断するがごとく降り下ろされた。

 強靭な金属の踵落としである。


「やべぇ!」

「いかん!」


 オボロとニオンは、それぞれ真逆の方向に飛び退いた。

 そして次の瞬間、大きく土煙があがり、半壊仕掛けていた建物が倒壊し、瓦礫が空高く吹き飛び、広範囲に激震が走った。

 だがマグネゴトムの攻撃はこれだけで終わらなかった。


「ウオォォ!」


 再び無機質な咆哮を響かせると、その巨体で後方回転を繰り返し、踵を叩きつけた位置から大きく距離を離す。

 そして方膝を地面につけ、両腕を伸ばし拳を今だに土煙があがる位置に向ける。

 そのマグネゴトムの金属の両腕には驚異のメカニズムが備わっていた。


「ブオォォ!」


 もはやそれは肉眼では捉えられない速度であった。巨人の重鉄拳が超高速マッハ四で射出されたのだ。

 その両腕の内部構造は電磁加速器レールガン。それを用いて鉄拳を射出する攻撃であった。

 生物がこんな能力を獲得できるものだろうか?

 しかし、それができるからこそ怪物なのだろう。

 初速を得た大質量の拳は衝撃波を発生させながらオボロとニオンがいた位置に着弾した。その破壊力たるや、先程の踵落としを遥かに上回るもの。

 衝撃波で周囲の死体や残骸が撒き散らされ、着弾の轟音が響き渡り、射出された鉄拳は都市内に大きなクレーターを形成した。

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