超人的な対魔術手段

 いきなりオボロに向かって水の拘束魔術を放つという暴挙にでたミアナ。

 これにはたまらず、アサムもムラトも声をあげた。


「ミアナさん、何をするんですか!」

「ミアナ! てめえ、どういうつもりだ!」


 ミアナを止めようとアサムは駆け出し、さきほどまで温厚に彼女に接していたムラトも怒号を響かせる。


「アサム、来ないで! あなたはだけは傷つけたくないから」


 ミアナはそう叫んで、近づいてくるアサムを逆に制止させる。

 自分のことを本当に思いやってくれる彼だけには危害を加えたくないのだろう。

 それを考えると、ただ自棄やけになって乱暴なことをしているわけではないようだ。


「お願いムラト、力を貸して。石カブトの総力を動員してなんか言わないわ、あなた達の主力の誰か一人がいれば事足りるはずだから。ムラトあなただけでもいいから、わたしに協力して。……もう、わたしにはこんなことしかできないの」


 そして懇願するようにミアナは、後ろに佇むムラトの巨体を見上げるのであった。


「いい加減にしろ! ミアナ」


 しかし、ムラトは承諾などしない。

 自分達の戦力があまりにも強大だからだ。そんな力を、この惑星の国家同士の争いに介入させるなど言語道断。

 人智を超越した大怪獣、人類の規格から外れた超人、英雄をも蹂躙する魔剣士、星外由来の超技術による機械仕掛けの魔人、それほどの戦力を用いて一つの国の尊重に荷担などして言い訳がない。

 石カブトが動けるのは、自衛、領地防衛、人類と惑星の脅威となる存在が現れた時だけなのである。


「まったく可愛い顔してるわりに、なかなかに荒っぽいお嬢ちゃんだな。いきなり無警告で、魔術を発射ぶっぱしてくるとわ」


 その声に思わずミアナは振り返る。

 なぜなら彼は今溺れているはずなのだから、喋ることなどできないはず。


「……そ、そんな。どうやって」


 驚くミアナの目の先では、びしょ濡れのオボロが何事もなかったかのようにしていた。

 どういうわけか、オボロを包み込んでいた水の牢獄が消え去っていたのだ。

 ミアナが用いた膨大な水を圧縮して形成した拘束魔術は、一度捕まれば脱出するのは困難なもの。

 ならば、どうやってこの超人はその水責めから脱け出したのか。


「飲んだ!」


 それは、キッパリとした返答であっだ。

 

「ば、バカなことを言わないで。わたしの魔術が、そんなふざけたことで破られるわけ……」


 しかしミアナは改めて気づく。

 目の前にいるのはただの毛玉人ではなく、通常の人類から逸脱した超人だと言うことに。

 ならば自分達の常識など通用するはずがないのだ。


「くっ、だからって……」


 しかし、それでもミアナは足掻くのをやめなかった。


「ファイヤー・ボール!」


 また少女が叫ぶと、今度は炎が形成され、それが一ヶ所に集まり始める。

 そして完成したのは、巨大な紅蓮の玉であった。


「食らえ!」


 作り上げられた火の玉が、オボロ目掛け放たれる。

 もちろんオボロは自分の肉体にそんな攻撃魔術が通用しないのはわかっている。

 しかし飛んでくる魔術を、わざわざ受け止めるような気の良い男ではない。

 すかさずミアナが放った火球の迎撃にでる。


「オレは魔術は使えんが消火作業は得意なんだぜ。さっきの、お水をお返しするぜ! オレの黄金水しょっぱいのをお浴び!」


 そう言ってオボロは先ほど吸収した水の牢獄を、向かってくる火球目掛け放水した。


――ドバアァァァァ!!


 その放たれし水流は、とてつもない高圧で激流と言える程のもの。

 それは、まさに人間ポンプならぬ超人ポンプと言えるだろう。

 ……しかし水流が放たれているのは下半身からであった。


「オレの膀胱と尿道は強靭で無敵なんだ!」


 強烈な放尿を浴びせられた火球は、宙でたちまちに消火されオボロに届くことはなかった。

 そして小便による鎮火が終わっても放尿はおさまらず、ジョボジョボとミアナとオボロの間の地面に大きな水たまりを作り上げ、どんどんその範囲を拡げていく。

 大量の尿のたまりが、ミアナの足下近くまで来ていた。


「うっ!」


 これにはたまらず、ミアナは慌てて杖をつきながら後退する。


「見ろ! でっけぇ水たまりができたぞ、ハーハッハッ!」

「笑うなっ!……こんなところに汚池おいけを作らんでください。……もっと普通の対処は、できないんですか。あんた、本当最低野郎ですよ!」


 自分の尿で作られた水たまりを楽しげに指さすオボロに、ムラトとは忌々しげに返答するのであった。


「……うぅ……これは、ひどい」


 この下品なありさまにアサムも後ずさる。

 もちろんのこと目の前の光景があまりにも育児によろしくないので、レオ王子に見せまいとしっかりと抱き寄せる。

 馬鹿馬鹿しい迎撃手段と下品さに雰囲気を乱されそうになるが、ミアナは気を取り直し再び詠唱を開始する。


「フリーザー・バインド」


 その魔術は強力な凍気を吹き付けて、対象を氷付けにして動作を封じる効果がある。

 放たれた凍気は、大地にまかれた尿を地面ごと氷結させ誘導されたかのようにオボロに向かっていく。


「何の! ベーンから授かった迎撃技を見せてやろう!」


 どこに隠し持っていたのだろうか、オボロの手には携帯着火器ライターが握られている。

 そして放出される凍気に尻を向けた。


「これぞ直伝、エンガチョ・フレイム!」


 そう言ってオボロは自分の尻のあたりで、ライターを着火させ……凄まじい放屁をはなった。

 オボロの火がついた屁は強烈な火炎放射そのもので、ミアナの凍気と相殺しあいながら周囲に火の粉を撒き散らす。


「……どうして、こんな馬鹿げた手段で、わたしの魔術が打ち消されるの!」


 効果が期待できないと分かり、無駄撃ちしないためにもミアナは凍気の噴出を止める。

 それに倣いオボロも放屁を止めた。


「あっち! あっち! ……くっ、まだ未熟だな」


 どうやら屁を止めるタイミングを間違えたのだろう。尻の中に火が逆流し、さらに尻尾のあたりが発火したためオボロは自分のケツをバシバシとひっぱたいて火を消すのであった。


「あんた露出魔と放火魔の両方になるきですか! あと屁を燃やさんでください、せぇんだよ!」


 飛火のせいで周囲の草がメラメラと燃えていることに気づいたムラトは、しゃがみこみ手で焼ける大地を覆って消火しながら怒りの声をあげる。

 彼の言葉から分かるとおり、周りには異臭が立ち込めていた。


「お嬢ちゃん、そろそろやめたらどうだ」


 露出、野糞、立ちション、火遊び、など犯罪まがいを繰り返すオボロはムラトの言葉に耳を貸さず、そう言いながらミアナを指さす。


「グローリーサンダー!」


 そして、ミアナもオボロの言葉など聞き入れず、また魔術を放つ。

 これはミアナがもっとも得意とする電撃の攻撃魔術。対象に高電圧・高電流を放電するもの。

 電撃は……オボロの男恨に着弾した。


「ひょんげえぇぇぇ!!」


 さすがに電気は迎撃できず、まともにオボロの全身を駆け巡る。

 多少なりダメージはあったのか、奇妙な叫びをあげた。

 しかし、それはおかしなこと。ミアナの電撃は相手を一瞬にして黒焦げにするほどの威力を秘めている。

 即死してもおかしくない魔術なのだ。

 にも関わらずオボロに致命傷を負った様子はない。


「……これでも、ダメなの……ムデロが残した遺書は、本当だって言うの……」


 ミアナは追い詰められたように後ずさる。

 元大魔導士である自分の魔術がまるで通用しない。しかも、それを生身で平然と耐えてしまうため不気味に感じてくる。


「エホッエホッ……オレには効かんぞ。定期的に、チンコットンで鍛えてるからな」


 咳き込んで黒い煙を吐き出すと、オボロは自分の巨恨ブツを誇らしげに指さした。


「いいものを見せてやろう、チンコットンはこうやるんだ。ベーン、コットンをくれ」

「アヒョオォォォ」


 オボロに頼まれ、ベーンは大量のコットンを手渡す。


「まず、こいつで巨恨じまんのせがれを包み込む。そして後は簡単、着火するだけだ」


 そう言ってオボロは、綿で包んだ自分の男恨ぶつに火を着けた。


――ボッ!


「うわあぁぁぁ! ちゃちゃちゃちゃ!」


 もはや、そのあまりにも知性と理性から外れた行動を見て、誰も口を開くことができなかった。

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