国王への報告

 全てを失った。

 名誉も仲間ともも、そして自分の存在意義を。

 自分には魔術しか取り柄がなかった。

 だがもう戦うことは不可能だ。利き腕を失った者など、戦いの場に出られる訳がないのだ。

 魔導騎士として、もう全てが終わりであった。

 ……こんな自分に何か存在価値はあるのだろうか?

 騎士達の惨い遺体を確認しおえたミアナは、絶望を噛み締めながら廊下をフラフラと歩き続ける。

 公表によると、なぜか今回の騎士達が壊滅した件はギルゲスとの戦闘が原因とされていた。激しい戦いのすえ、両方が壊滅したとなっているのだ。

 なぜ、そのような発表になったのかは不明であった。……どうして、事実騎士達を蹂躙したあの巨大な怪物の存在を伏せているのか?

 色々と思いながら陛下の元に報告に向かうミアナの足取りは重かった。

 そして、そんなミアナを見かけた城に仕える兵や従者達は横にそれて彼女に道をゆずっていく。

 ミアナは国家最高戦力の一員、彼等より遥かに地位は高い。道をゆずるのも当然と言えよう。

 だが彼等はミアナに冷たい表情や軽蔑するような目を向けていた。

 彼等が、そのような目で自分を見てくるのは仕方ないことだった。

 騎士達が悲惨な姿になるほどの激戦だったにも関わらず、ミアナ一人だけが生き延びたのだから。あまりにも不自然なことだ。

 だからこそ彼女は色々と疑われているのだ。

 ……命欲しさに戦うことを放棄して逃げ回っていたのではないか。

 ……恥知らずにも、戦いが終わるまで仲間達の遺体に埋もれて身を潜めていたのではないか。

 ……疑われるのを避けるため、わざと利き腕を切断したのではないか。

 明らかにデタラメな内容も含まれている。

 だがしかし、巨大な怪物との絶対的な力の差、見るも無惨に殺されていく仲間達のありさま、それらの恐怖で体が萎縮して何もしなかったのは事実だった。できたのは、親友を楽にしてやることだけ。

 それは自覚している。だからこそミアナは何の反論もしないのだ。

 すると一人の兵士が彼女の横で呟くように言った。


「……どうしてだ……なぜ、お前だけノコノコと」


 それは本来なら許されぬ言動だが、ミアナは何も返答することができなかった。

 そして、その兵士の顔を見ることもできなかった。恐らく、怒りと哀しみを含んだ形相で自分を睨んでいるだろう。

 そんな彼は狐の毛玉人。そう、リイナの兄であった。

 遺体の処置している広間にリイナの亡骸とおぼしきものはなかった。いや、あったかもしれない。ただし原形はとどめていないだろうが。

 リイナを介錯した後、彼女の亡骸は何かしらの攻撃に巻き込まれてバラバラになってしまったのだろう。

 妹が戦死し、その遺体すらまとも形で帰って来なかったのだ。冷静に思考するなど、とてもできるとは思えない。

 ゆえに、この兵士はどうしようもない怒りと哀しみを、唯一の生き残りであり、そして疑いの余地があるミアナにぶつけるしかなかったのだろう。

 ミアナは、ただただ無言で歩き続けることしかできなかった。





 不自由な体を動かし続けること数十分、やっとのことミアナは王の間にたどり着いた。

 白い石造りの広大な空間で彼女を待っていたのは白獅子の毛玉人、ただ一人。他には誰もいない。

 ミアナは、その白獅子の目の前で膝まずいた。


「よくぞ帰ったミアナよ、無事でなによりだ」 


 国王、ルーノ・パルジャ・バイナルは優しげに声をかけながら膝まずくミアナに歩み寄る。


「……陛下、申し上げます」


 ミアナは、膝をついたまま震えたのよう声を発した。


「……サンダウロにて……魔導騎士隊マジカル・ナイツは、わたくしを除いて……戦死いたしました……以上です」


 そう言い終えた瞬間だった、ミアナは懐に忍ばせていた刃を取り出したのだ。

 それは国からの支給品にして魔導騎士隊の一員であること証明する短剣、そして親友リイナの心臓を貫いた刃であった。

 ミアナは、その短剣を自分の首筋にあてがう。


「……陛下……どうか、この国に栄光を」


 全て覚悟の上で懐に短剣を忍ばせていたのだ。

 仲間達が死に、自分ただ一人が生き延びた。あの巨大な怪物に恐怖して戦わなかったから、死を免れたのだ。自分は、とんでもない腑抜けだ。

 そして片腕を失ったため、もう魔導騎士はおろか、ただの魔導士としても戦うことはできない。

 こんな不様な姿で生きている価値があるだろうか、これ以上生き恥をさらすぐらいなら……仲間達のもとに行こう。

 そう思い、一気に喉を掻き切ろうとした瞬間、ミアナの手に握られていた短剣が弾き飛ばされた。

 飛ばされた刃は遠くでカランカランと音を立てる。


「この、たわけが!!」


 ミアナの刃を弾いたのは国王であった。手にしていた豪華そうな杖で彼女の短剣を叩き飛ばしたのだ。


「なぜです陛下! なぜ死なせてくれないのです! ……わたしに生き恥をさらせと、言うのですか?」

「死など許さぬ!」


 ミアナは悲しみの涙をこぼしながら立ち上がる。そして、そんなミアナの頬にバシッと平手が打ち付けられた。


「……どうしてです、陛下? わたしにみじめに生きろと言うのですか?」


 平手を食らった、ミアナは力なくしゃがみこんだ。


「ミアナよ、お前は何者だ? 我が国が誇る魔導騎士であろう。お前は、この国で最高の魔導士の一人なのだぞ!」


 ルーノは広い空間に怒号を響かせた。


「分からないのか? お前が帰ってくるのを、どのような気持ちで待っていたのかを。お前は、余の愛した騎士達の最後の生き残りなのだぞ。……そんな、お前まで余の前から消えてしまうのか、余をこれ以上悲しませてくれるな」 


 そして、国王は悲しげな表情でミアナを見下ろす。


「……すまない、ミアナ。全ては余の責任だ、騎士達に勇猛果敢に戦うことだけを説いてばかりいたからだ。ときには生き延びることも大切だと伝えねばならなかったのだ。分かっている、皆はギルゲスとの戦いで死んだのではない、人の範疇ではどうしようもない怪物に挑んだからだ。……余が無能ゆえに、読みが甘かったがゆえに、こうなってしまったのだ」


 それを聞いて、ミアナは泣き叫んだ。


「もうしわけありません……陛下! 何も守れなかった! 誰も助けられなかった! ……わたしは恐ろしくて、何もできなかったのです!」


 王の間に少女の悲痛な叫びが反響した。

 そして、ルーノも顔に涙を伝わせる。


「ミアナよ、お前は生きて次の世代の者達を鍛えあげてくれ。余とともに一からやり直すのだ。……それが余の一番の望みだ。……それに事実を公表できずに、すまない」


 ……こうするしかなかったのだろう。国の最高戦力たる騎士達が、ただの雇われ屋に従えている怪物に蹂躙されたなど公表できるはずがなかった。 

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