極秘実験

 金属を叩く音や重機を駆動させる音、それらが混じりあったものが空に響いていた。

 その日も変わらず科学の街スチームジャガーでは騒がしい作業音がしていた、新たな発明品を生み出さんと。

 そして、その街にある広大な敷地でとある実験が行われようとしている。その広い敷地内には、四人の姿だけがあった。

 その敷地のど真ん中で、ニオンが何かの作業をしている。

 頑丈そうな金属性のテーブルの上に置かれているシャーレの中に電極をいれているようだ。

 そして実験の準備が終わったらしく、彼はテーブルから遠ざかった。


「危険かもしれませんので、離れてください」


 ニオンが、三人の女性に注意を呼び掛ける。

 それを聞いて、領主エリンダとマイルは首を傾げた。そんな中、マエラだけは冷静な面持ちである。

 二人が疑問を抱くのは当然であった。

 今からニオンが行おうとしている実験は、彼女達がすでに実行済みだからである。

 その実験の内容は、ムラトの体組織のサンプルに電流を流すと言うもの。


「ねぇ、ニオン君。どうして、今頃にこんな実験を?」


 不思議でしょうがなかったエリンダは問いかける。

 電気を利用した実験は、すでに実証済みで今さらやることでもないはずだからだ。その結果内容もすでに記録されている、もちろん閲覧権限がかけられて。

 それに対し、ニオンは穏やかな面持ちで返答した。


「今から行う実験は、現状のムラト殿の体組織利用したものです。以前実験に利用した物とは、まったくの別物。それゆえ、新たな生体機能を有してる可能性があるのです」


 それを聞いて、エリンダは考え込むように顎に指を当てた。

 たしかに巨大化したムラトの体組織は、以前の物とは多少の違いはあるかもしれない。だが、まったくの別物と言えるほどの違いなどあるのだろうか?

 それに、こんな大がかりな実験をするほどだろうか。わざわざ、こんな広い敷地を利用してまで。室内でも、問題ないはずだが……。

 彼女の疑問を抱いているような顔を見て、ニオンはさらに言葉を続ける。


「ムラト殿が、成長したことに関しては言うまでもありませんね」

「もちろん。帰ってきたら、あんなに大きくなってるんだもん。とても驚いたわ」


 エリンダはメルガロスから帰還した時のムラトの姿を思い返す。

 九十メートルだった彼が、隣国から帰ってきたら百メートル以上のサイズになっていたのだ。驚きもしたが、喜びもしたものだ。

 しかし、その過程に謎がある。ニオンは、また話を続けた。


「ムラト殿は巨大化したとき、いっさい質量の供給を行っていないのです」

「……どう言うこと?」

「肉体を肥大させるにしても、質量を増やすにしても、外部から何かしら物質を取り込まなければなりません。しかし、ムラト殿は巨大化したさい経口摂取するなど何かを取り込むと言うことは一切していなかったそうです」


 と、ニオンは言うがエリンダもマイルも首をひねることしかできない。

 それとは逆に、マエラだけは納得しているような様子だった。


「つまり、大きくなるために必要な物質をどうやって供給したのか、それを調べるために今回の実験を行うわけね」

「そのとおりです、マエラ殿。おそらくムラト殿は、何かしら質量を供給する生体能力を保有していると思うのです。今から実験に利用するサンプルには培養液などの栄養源となるものは与えていません」

「……やっぱり、ついていけないわねマイルちゃん」

「……そうですね、エリンダ様。ニオンさんは、大陸最高の科学者で技術者でもありますから。だから、わたくし達はついていけない」


 ニオンとマエラの科学に関する知識は、他をおいてずば抜けているのだ。それゆえに周囲の存在はついていけない。

 これに関しては、エリンダもマイルも諦めるしかなかった。同レベルの知性を持った者同士しか、入れない空間なのだろう。

 




 そして、ついに実験が開始された。

 ニオンが無線式の電源のスイッチを入れた瞬間、シャーレ内の体組織に強力な電流が流される。

 すると、いきなり吸い込まれるような突風が起きた。周囲の大気を全て吸い上げてしまいそうな勢いであった。

 これにはたまらず、エリンダもマイルもマエラも座り込んだ。


「なっ! なんなのこれ!!」


 エリンダは突風に耐えながら、電流が流されているシャーレの方に目を向ける。

 そこに映ったものは、ボコボコと膨れ上がっていく赤黒い塊。ムラトの体組織であろうものだろう。

 しかし、これはどう言うことなのか?

 実験に利用したサンプルの大きさは、指先でつまめるサイズだったはず。

 それなのに、今や大人の頭ほどありそうな大きさになっていたのだ。


「電源を切ります」


 突風に屈することなく堂々と佇んでいたニオンが電源を切った瞬間、それに合わせて激しい気流の動きはおさまった。

 そしてニオンが実験されたサンプルに向かって歩き出すと、彼に付き添うかのように三人も足を踏み出す。

 金属性のテーブルにたどり着くなり、エリンダとマイルはギョっと目を見開く。

 実験前まで豆粒大だった体組織がシャーレから溢れるどころか、テーブルを埋めつくすほどの生々しい塊になっていたのだ。


「……お、重い」


 エリンダは躊躇なく膨張した肉塊につかみかかり、持ち上げようとする。しかし重すぎて持ち上げることはおろか、動かすことすらできなかった。

 あきらかに体積も質量も増大している。


「細胞が増殖するにしても、何かしらの素材が必要。でも培養液のようなものは入っていなかった……」


 そう言ってマエラは、ヌメヌメとした肉塊をブニブニと指先でつつく。

 何かを作るさいには必ず材料が必要だ。無から有を作るなどという物理を超越したことなど不可能、神ではないのだから。

 では、なぜこんなことがおきたのか? 


「やはり、これは空中元素固定能力。まさか、とは思っていましたが」


 三人が困惑しているなか、ニオンだけは納得したかのように肉塊を見つめる。

 するとマエラはニオンの顔に目を向けた。


「空中元素固定能力。でも、それを保有しているのは一部の星外コズミック魔獣ビーストぐらいのものだけど……」

「おそらく、ムラト殿は成長の過程でこの力を会得したのかと思われます」


 そんな難しい会話は理解できないとばかりに、エリンダとマイルは口をあんぐりと開くことしかできなかった。

 それに気づいたのか、ニオンは二人に目を向けて説明し始める。


「簡単に説明するとムラト殿は、エネルギーの供給さえあれば大気中の分子や周囲の物質から生体組織や生命活動に必要な物質を生成することができると言うことです」


 それを聞いて、マイルは少々理解できたのかニオンに問いかけた。


「……つまりエネルギーさえ与えれば、空気やそこら辺にある物で色々な物体を作れると言うことね」


 それに対して、ニオンはゆっくりと頷いた。


「マイル殿、今回の実験は外部には漏らさないようにしてください。この力は時代にそぐわないものです。情報が漏れれば、世界規模で何が起こるか分かりませんので」


 彼の真剣な表情に、マイルは震えぎみ首をを縦にふる。


「マイル殿、極秘研究室をお借りします。そこで、詳しい話をしましょう」

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