頑固者ドワーフ
夜空を赤く染め上げる猛火。その光景は遠くとも十分肉眼で確認できた。
そして理解している。その地獄の火災を引き起こした火山のごとき巨大な怪物が徐々に向かって来ていることも。
もはや自分達の手には負えない災厄であることも。
だが、それにも関わらずドワーフ達の避難は遅れていた。その要因は……。
「いやじゃ! 離れたくない、ここはワシの家だぁ!」
「なに我が儘を言っていやがる! 早く逃げるんだ」
集落内で揉め事がおきていた。
一部のドワーフ達が家を捨てたくないと、避難を断固拒否して動こうとしないのだ。
避難派のドワーフ達は、そんな頑固者達に説得を試みるもののまるで効果がない。
その頑固さがドワーフらしいと言えるが状況が状況だけに、今は深刻な問題である。
「お前達! 何をしている。今なにがおきてるのか分からんのか」
そう声を荒げたのはドワーフの族長である。
他のドワーフよりもドッシリとした体型で髭の量も多い。
「気持ちは、全員同じだ。ワシだって、ここを離れたくはない!」
族長は厳つい声を居座ろうとするドワーフ達にぶつける。
誰だって自分の住まいを見捨てたくはない。しかも完成間近の家を。魔王軍との戦闘で残った傷跡、その復興が完了する寸前だった。
魔族と言う脅威も、国からの偏見も、そういった不安がなくなり、ここで安泰な生活が始まるはずだった。
新しい暮らしが始まる間近だったのだ。
「だがな、ここに居座って死んで何かになるのか? たしかに、また集落は壊されるだろう、しかも今回は跡形もなく。しかしだ、死んだら家はもうたてられんぞ」
居座ろうとするドワーフを叱りつける族長。
と、そのとき上空から声が響き渡った。
「そのとおりだ!」
族長の傍らに巨大な何かが着地した。
かなりの重量が大地に降り立ったため、集落全体が震動する。
そして、ムクリとそれは立ち上がった。
「何をしている、お前ら。今向かって来ているのは、魔物なんかじゃない。早く避難するんだ」
立ち上がったオボロは避難を拒むドワーフ達に目を向けた。
「……あ、あんた、来てくれたのか」
傍らに佇んだ常人を遥かに凌駕した肉体を持つオボロを見上げながら、族長は安堵の表情を見せる。
「いいかよく聞け、今ナルミ達があのバケモンの足止めをしようとしている。その間に早く逃げるんだ」
そう言ってオボロは、グランドドスがいる方向を指差す。
その先にドワーフ達が目を向けると、オボロの言う通り灼熱の怪物の進行を妨げようと身構えるクサマの姿があった。
「そんなこと、できるか! ここはワシ等の故郷なんだ、おとなしく壊されるのを見ていろと言うのか。……ワシ等も協力する、ワシ等も戦える」
「あの怪物と戦うために、あんたは来てくれたんだろ。なら魔王軍の時みてぇに、あんた達の力をかしてくれ、ワシ等も戦うから」
しかし、それでも一部のドワーフ達は逃げるのを拒んだ。それどころかオボロと供に一戦交えるべきだと言う声も聞こえてきた。
だが、その言動を聞いてオボロは表情を歪ませる。
「……お前らなぁ」
たしかに自分達の安住の地を守るために、外敵に勇敢に立ち向かうことは悪いことではない。
しかし相手は人類が太刀打できるような存在ではない、魔王軍との戦いの時とはあまりにも違いすぎるのだ。
戦ったところで死ににいくようなもの、いや戦いにすらならない。
ただただ無益な犠牲が増えるのが目に見えている。
「いい加減にして!」
その声が聞こえたのはオボロの背後からだ。
するとオボロの背中から人影が飛び降りた。
それは剣を携えた少女。美しい容姿ながら、その目付きは鋭い。まさに修羅が宿っていそうな眼差しである。
「……勇者様」
「……ユウナ様」
ユウナの姿を目にしたドワーフ達は一斉に声をあげた。
彼女はかつて魔王と戦う宿命を持っていた偉大な勇者。しかし今やただの戦士の少女である。
「状況が分からないの、あなた達。あの怪物は魔王どころじゃないのよ」
ユウナは避難を拒む者達に厳しく言いはなつ。今の彼女に以前のような子供っぽい様子は皆無であった。
「ここを見捨てられるか!」
「だいたい魔王軍幹部にも負けた奴が、でしゃばるな」
「あんたは、もう勇者じゃないだろ。何を偉そうに言うか」
しかしドワーフ達も負けじと声をあげた。
今や英雄の地位は失墜しているため、もう遠慮することも立場をわきまえる必要もないのだろう。
メルガロスの方針の変わりにより多種族への差別は少なくなりつつある。
しかし、やはり長年の溝は深い。そう短期間では、なかなか埋まらないところもあるのだろう。
だが今は、そんなことで揉めている場合ではない。
「たしかに、はるか昔から私達は、あなた達を偏見していた。それに関しては後でいくらでも謝ってあげるわ。でも今は言うことをきいて」
ユウナも負けまいと険しい顔をドワーフ達に向ける。
ドワーフ達は、まだ何も知らないのだ。宇宙生物の恐ろしさを。だからこそ、その危険性をドワーフ達に伝えなければならないのだ。
「今接近している怪物は王都を襲撃した奴より、はるかに危険な存在なの。あなた達に分かるの? あの怪物の恐ろしさが」
鮮明に記憶がよみがえった。
王都がガンダロスに襲われたときの、あの恐ろしき光景が。
多くの人々が虫ケラのように殺され、家々が砕け散る、あのときは人類が滅亡してしまうのではないかと思ってしまった。それほどまでに圧倒的な破壊と殺戮だったのだ。
そして勇者である自分は何もできなかった。
人々を誘導しながら、ただ地獄のような時間が終わるのを待つことしかできなかったのだ。
そして、いざ戦いが終われば家族や恋人や友人を失った人々の慟哭が待っていた。
あんな思いは、もうしたくないのだ。
「あなた達が避難してくれれば、わたし達も戦いに迎える。だから……」
その時、凄まじい轟音が響き渡った。いきなりの爆音にユウナの言葉が閉ざされる。
爆発のような音がしたのはグランドドスの方からであった。
目線を向けた先に映ったのは、爆風を受けて大地に叩きつけられるクサマの姿であった。
……いったい何が起きたのか?
「バオォォォォ!!」
するとグランドドスが咆哮を轟かせた。その背中にそびえ立つ火山が著しく発光している。
「何かヤバイ!」
オボロは本能的に危険を察知した。
「バオォォォォ!!」
そしてグランドドスが再び咆哮を上げたとき、火山状の背中の天辺から巨大な火球が放たれた。
火球は徐々に高度をあげながら、ドワーフの集落に向かっていく。
そして弾けた。
巨大な火球は分裂し数百の小さな火炎弾となり、ドワーフの集落目掛け高速で降り注いだのだ。それは、まるで
小型の火炎弾が雨のごとく着弾し、いくつもの小規模な爆発を引き起こした。
拡散した攻撃にも関わらず、それは強力な一撃であった。建物は大きく破損し、幾人ものドワーフ達が爆風で吹き飛ばされ、石礫が舞い上がった。
「ぐ、ぐうぅぅ……」
「が、うぐぅ……」
土煙が晴れぬなか呻き声が聞こえてくる。
ユウナは周囲を確認しようと起き上がった。
「……
左肩に鈍い痛みが走る。石礫がぶつかったのだろうか。しかし、とっさに伏せたためか酷い負傷はおっていなかった。
ユウナは痛みを我慢し周囲を見渡す。
所々で赤い輝きが見える、火が上がっているようだ。
「ひ、ひどい!」
土煙が少しづつ晴れ、周囲の状況が見えた。
それは惨い有り様。多数の家がバラバラに倒壊し、血で衣服を濡らしたドワーフ達が転がっていたのだ。
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