災いの再来
魔族の血肉が飛び散る大虐殺から一月。メルガロスの王都の復興が黙々と進められていた。
皆が協力して瓦礫の撤去や建物の修復に勤しんでいる。そして、その中には住民だけではなく、英雄の地位であった元正位剣士の少年少女や城の兵達や建築技術に優れたドワーフの姿もあった。
英雄の伝説が崩壊したことで身分の隔たりがなくなり、互いに協力しているのだ。
しかし落ち着きはしても、多くの人々は不安な毎日をすごしていた。
魔族との争いこそ終わったが、国の権威の失墜、さらに魔族など比にもならない怪物の脅威。
長年に渡る宿敵の存在はなくなったが、平和や安泰を語るのはまだまだ先なのである。
「ぷっはー!」
そんな復興中の王都の南門付近で酒を煽る存在があった。見た目は忍服を着込んだ幼い少女にしか見えないが彼女は十九歳、飲酒しても問題はない年齢であった。
そして、その彼女の横には黒金の装甲を纏った巨人が佇み、機能を停止させたように俯いている。
「……あーもう、アサムに会いたいよぉ」
ナルミは不満そうにのべた。
石カブトの一部は帰国したが、宇宙生物の出現に備えてオボロとナルミとクサマはしばらくメルガロスに滞在することになったのだ。
ゆえにナルミはアサムに触れ合うことができず、その欲求不満を少しでも満たそうと、日頃あまり口にしない酒を飲んでいたのだ。
これはナルミ特有の禁断症状であり、アサムにしばらく接触していないと彼女は飲んだくれになってしまうのだ。
こうなったナルミを完治させるには、アサムに膝枕されながら哺乳瓶で迎え酒を飲ませてもらうほかない。
「……ン゙マッ」
と、その時だった。俯いていたクサマが、いきなり頭をあげ目を光らせたのだ。
そして、はるか南の方に目線を向けた。
「どうしたの? クサマ」
ナルミは飲み干した酒瓶を地面に転がし、クサマに問いかけた。
「少しではあるが、戻りつつあるようだな」
玉座に腰かける女王メリルは、自分の傍らに佇む少年にそう告げた。
以前までは英雄達の頂点であったが、今の彼女はただの統治者。かつての威厳はもうない。
「はい、女王様。城の者達も協力していますので、それほどかからず王都は元に戻るはずです」
女王に返答したのは眼鏡をかけた少年。
彼はかつて勇者とともに魔王を倒す宿命を持っていた優秀な賢者だった。
しかし今は、その優れた頭脳で女王の秘書を勤める身である。
「けれど人々の多くは今だに不穏を抱いています。……また、あの強大な怪物が現れるのではないかと」
少年は不安げに顔を伏せた。あの怪物が王都に現れた時の惨劇の場景が頭をよぎる。
この国の誰もが恐れる存在、宇宙と言う未知の領域から飛来せし怪物。
その巨大な怪物の得体のしれなさと破壊力が彼に絶大な恐怖を植え付けたのだ。
自分の拠り所である魔術を無用の長物にし、超常的な力で襲い来る存在。
その人智を越える化け物は
「ヨナ、奴等は必ず姿を現す」
メリルは脅えるヨナに非情にも現実を叩き付けるように言った。
混乱を防ぐため、あえて星外魔獣に関することは一部を除き秘匿にしていた。
一ヶ月前に都市を崩壊寸前に追いやった金属生命体ガンダロスについても、新種かつ強力な魔物として公表しているだけである。
それだけ事態が大きいのだ。
もしも事実が
「ヨナよ、心して聞け。ニオンから聞いたことだ、すでに二体がこの国のどこかに潜伏しているそうだ」
「……そ、そんな……あんなのが二体も」
「いや、あの程度どころではないかもしれんぞ」
メラルダは深刻そうに顔を歪める。
この大陸で唯一宇宙生物と戦い続けていた存在である石カブト。そんな彼等でさえ、今回現れた宇宙生物は異常と言っていた。
そして潜伏している二体の怪物は、今回現れたガンダロス以上に危険な存在だとも。
「そも二体は単体で大陸全土を容易く滅ぼすことができるほどの力を秘めているらしい」
「……大陸全土ですか?」
「それはつまり我々人類だけを意味しているのではない。……魔族だろうと魔物だろうと、言うなれば全生命を」
「……」
あまりにも過激な内容にヨナは言葉がでなかった。
たった一体で世界を滅ぼす存在など、もはや人類が対処できる範疇ではない。
ヨナは気を取り直し、女王の顔を見つめた。
自分はこんなにも恐れているにも関わらず、なぜ女王は落ち着いていられるのか。
「メリル様、あなたは恐くはないのですか?」
ヨナの言葉に答えるかのようにメリルは顔を横にふる。彼女は手を小刻みに震わせた。
「とてつもなく恐ろしい、そして何もできなかった自分に怒りを覚えた。……ガンダロスが現れたとき何もできなかったのだ」
目の前で多くの人々が死に、都市が破壊されてるにも関わらず、ただ眺めていることしかできなかった。それどころか自分の命さえ守れぬ程に無力だった。
もしあの時アサムがいなかったら、ガンダロスが発射した攻撃により粉々になっていただろう。
「我々は力に頼りすぎていたのだ」
「力? 英力のことですか」
「英力だけではない、魔術もだ。それら異能に依存しなければ、まともに戦うこともできない。分かるか? ヨナ」
「……つまり、ぼく達は力によって支えられてないと生きていけない弱い存在だったと?」
メリルは、ゆっくりと頷き玉座から立ち上がった。
そして自分の両手を見つめ、己の意思で動かせる実感を得るかのようにギュッと拳を握りしめた。
神や世界から授けられし力の数々。それらにより英雄と讃えられ、魔族と戦うと言う存在意義が得られていた。
しかし、その力によって人としての大事な部分を見失っていたのかもしれない。人としての強さや可能性などを。
やがてその力に浸りすぎたがために心まで蝕まれ、英力を授からない者達を偏見するようになっていったのだろう。
「迷い、苦しみ、悶え、それでも進み続ける。強さや力を得るにしても、その不屈の果てのものでなければ本物ではないのだ」
「……ぼく達が持っている力も強さも紛いものでしかないと?」
「オボロ、ニオン、そしてムラト。彼等の絶大な強さは、華奢な授かりものではない。あらゆる過酷な状況や環境を生き延び、鍛えあげることで手にした超自然的な強さと能力なのだろう」
と、その時だった。
もの凄い勢いで女王の間の扉が開かれ、息をきらした正位剣士の少年が飛び込んで来たのだ。
「……メ……メリル様、メリル様!!」
必死に叫ぶ少年の体には至るところに砂や泥が付着している。恐らくここに駆け込む前に転倒したのだろう。それだけ気が動転しているようだ。
「どうしたのだ! 騒々しい」
メリルは正位剣士を落ち着かせるため声を張り上げた。少年の様子を見るからに、何かとんでもないことが発生したことが理解できる。
メリルは、もしやと思い息を飲んだ。
「はぁ……はぁ……ナルミ様より報告! 魔族の領域より星外魔獣が出現せりとのこと! まっすぐ北上しているとのことです!」
少年がそう伝えた瞬間、メリルもヨナも青ざめた。奴等が潜伏しているのは理解していたが、こんなに早く災厄が再びやって来るとわ思いもしなかったのだ。
しかし悲観してる場合ではない。
現状の戦力で宇宙生物と対抗できるのはオボロとナルミとクサマだけ。
ニオン、アサム、ベーン、ムラトは既に帰国している。
「石カブトの者達は?」
「ナルミ様もオボロ様も現地に向かっております」
「……王都全域に警報をならせ! 都民と周辺の街に避難準備指示を! 急ぐのだ!」
王都で多くの人々が作業に当たるなかに不気味な音響が鳴り響く。
ヴーヴー呻くような音から甲高い音に移り変わるような音であった。この国は警報音は何かの呻き声と悲鳴をイメージしたものなのだ。
恐怖と不安を感じさせる響きが、人々の鼓膜をうちならした。
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