黒き装甲の猛攻
黒く輝く『
男が謎の光に包まれたと思っていたら、いつの間にかその装甲を纏った姿になっていたのだ。もはや神秘や奇跡としか言いようがない現象であった。
「……どこからそんな鎧を?」
ニオンは驚愕することしかできなかった。
おそらく魔術の類いではないだろう。しかし、こんなこと神秘的な力以外でなせるのだろうか。何もない場所から鎧を出現させるなど。
「奇跡に見えるか、ニオン」
外殻を纏った男がニオンに振り返る。
今はもうガスマスクをつけていないためか、声は濁っていない。その声質は若々しい青年のものであった。
「この外殻は、量子化することでベルトの中に格納させていた。ゆえに自由に持ち運びができる。ベルトに備わっていた風車を高速で回転させ、そしておれの声紋認証によって呼び出すことができる仕組みになっているんだ」
「……どういう」
男の難解な言葉の数々に、ニオンは理解に苦しむことしかできなかった。
目の前でおきた非現実的な現象、そして初めて聞く言葉。とても今の自分の知識では理解できないことが眼前で起きたのだ。頭が混乱するのも仕方ないことだった。
しかし実際に起きたのだから、これらはまぎれもなく現実だ。それは認めざるをえない。
「それも、魔術の類いではないのですね?」
「無論だ。おれは魔力を持っていない」
黒き装甲を纏った男は無機質な顔でニオンに返答すると、忌まわしいゴブリン達に向き直った。
緑の邪悪な輩の数は百匹以上、こちらは二人。
「ニオン、お前も手をかせ。とっとと終わらせるためにもな」
「わかりました、先生」
二人は背中を合わせて、各々ゴブリンの位置を把握する。前後どころか、左右にも、木の上にも奴等はいた。つまり完全に包囲された状態。
少数でこの状況を打破するのは、腕の立つ冒険者でも不可能であろう。
しかし、この外殻を纏った男と銀髪の少年はなんら緊張した様子も見せずに身構えるのであった。
そして次の瞬間、無数の粗雑な矢や投石が降り注いだ。それらが襲いかかったのは黒き装甲の方であった。
ゴブリン達は
しかし、金属音が鳴り響くだけだった。
男は避けようともせず、全ての遠距離攻撃を直立不動で迎えただけであった。
「無駄だ。そんな廃れきった武器で、この
彼の言うとおりであった。洗礼を受けた外殻の表面には掠り傷すらついていない。
そして男が一歩踏み出した。
「ゴブリンども、数百年先の戦いかたを見せてやろう」
そう言って一瞬の間をおいた瞬間だった。男の姿がいきなり消え去り、数体のゴブリンが上空に吹っ飛んでいたのだ。
宙を舞ったゴブリン達の肉体は、弾けたように所々が欠損していた。
そして、その死骸が地に降り注いだ時に男はニオンの傍らに再び姿を表した。
「高強度人造筋繊維の出力と電気パルスによる神経伝達の高速化によってなし得る身体能力と反応速度。とうてい魔術では不可能な領域だろう」
男は、そう言いながら無機質な顔をゴブリンの死骸に向ける。
「……一瞬、姿を消したと思ったけど、そうじゃない。もの凄い速さで個々のゴブリンに当て身を放ったんだ」
辛うじてではあるが、ニオンは何が起きたのか見えていた。
装甲を纏った男は神速の動きで数体のゴブリンに当て身を打ち込んでいたのだ。
しかも、その拳と蹴りの威力足るやゴブリンの体を粉々にして上空に巻き上げるほどであった。
「グガアァー!!」
「ゲギャア!!」
仲間達の惨たらしい死体を見た緑の魔物達は、怒りにかられてか雄叫びをあげながら突っ込んできた。
しかし声をあげたのはゴブリンだけではない。
「しゃあっ!」
男も声をはりあげた。
覚醒外殻から生み出されたのは強力な跳躍力。飛び上がった男が向かった先には
跳躍した男はホブの頭を掴み、その顎に膝蹴りを叩き込んだ。
一撃でホブの頑丈そうな頭は粉砕され、脳味噌をぶちまけた。そして、その巨体が力なくズズンと倒れ込む。
「よそ見をするな!」
倒れたホブの巨体に気をとられていた一匹のゴブリンの頭に金属に覆われた手を伸ばした。そして、グシャリと緑色の頭部を握り潰す。果汁のごとく脳髄や眼球が飛び散った。
その攻撃後の隙をつかんと四匹のゴブリンが黒き装甲の背中に飛びかかる。しかし訳も分からず迎撃された。四匹のゴブリンは宙吊りになっていたのだ。
「……グゲェ」
「ゴバァ!」
それは外殻の臀部に備わっている装甲に覆われし九つの尾であった。
その尾が槍のような鋭い先端で自分達を串刺しにしていたのだ。
「背後を取ったからって油断するなよ」
男はそう言いはなつと尾を振り払い、四体の亡骸を無造作に放り捨てる。
そして、また視界に捉えることができない機動で動き回る。
前方で身構える数体のゴブリンを回し蹴りで凪ぎ払い、左右と背後から迫る奴等を裏拳と尾の刺突でしとめた。
また遠距離から矢や石が放たれるが、特殊な合金で作られた装甲の前では豆鉄砲以下であった。
そして男は、その飛び道具を扱う木の上のゴブリンに目をつけ飛び上がる。
楽々十メートル以上の高さに達して、手刀の一撃で木の上にいたゴブリンの頭を叩き割った。
「人のなせる動きではない。あの人が持っている力はなんなのか?」
先生と認めた男の戦い様子を見ながら、ニオンはゴブリンの首をへし折った。頸椎が捻れた死体がドサリと倒れる。
そして直ぐ様に別のゴブリンに木剣を降り下ろして頭を叩き割る。とても子供が戦闘能力ではなかった。
「……グァガガガ」
数では圧倒的だがゴブリン達はニオンを恐れて接近に躊躇した。彼の間合いに入れば、間違いなく死ぬからだ。
「こないなら、こちらから」
逆にニオンは積極的に近寄り、ゴブリンを自分の間合いに引き込んだ。
短剣の突きを回避して、攻撃してきたそいつの顔を目掛け左手の人指し指と中指を突っ込んだ。そして掻き出すように指を引き抜く。
ボトリと二つの球体が落下した。それはゴブリンの目玉。
両目を掻き出されたゴブリンは醜い悲鳴を響かせた。
「ゴブリンの眼球も生暖かい」
そう言ってニオンは、失明させたゴブリンの頭を木剣で砕いた。
ニオンの木剣による一撃は、どれもが必倒であった。
正確な突きは喉を潰して窒息させ、胴への一撃は容易く骨格を破壊して内臓を破裂させる。
たった二人相手に、ゴブリン達はその数を徐々に減らしていくのであった。
緑豊かだった大地は血と臓腑で赤黒く汚れていた。
そして強烈な臭いが立ちこめる。ゴブリンの血、臓腑に残されていた未消化物や糞尿など、それらがブレンドされた死の悪臭である。
もはやゴブリンどもの死体は原形をとどめていなかった。
樹木に叩きつけられて潰れているものや、頭が跡形もなくなくなっているものなど。
まさに血と臓腑の地獄と言える光景であった。
しかし、その地獄に佇む血塗られた二つの姿があった。黒い装甲を纏う大男と銀髪の美少年である。
「やるじゃないか、ニオン」
「……まだです……まだこの程度では、とても」
外殻を纏う男が息をきらす美少年を見下ろす。
しかし、その二人の語りあいを邪魔するがごとくズシリと重々しい揺れが響いた。
「グゴアァァ!!」
そして重たい足音をたてながら咆哮するそいつが彼等の前に姿を表した。
……ゴブリン。
またもや現れたのはゴブリン。だが異常な姿をしていた。
それは、ホブ並の巨躯を誇り、関節部以外が石のごとき殻に覆われしゴブリンであった。
「ほう
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