魔を糧にする者達

 その森は、辺境の街から徒歩で二時間程のところにある。空は晴れてはいるが森の中は木々で日が遮られるため、やや薄暗い。

 そんな薄暗い空間で、どっしりと石に腰かける姿があった。

 その腰かける彼は子供だ。しかし全身に尋常ならざる闘気が満ちて溢れており、何処をどう見ても微塵の隙も見当たらない。

 とても、ただの少年とは思えない様子であった。


「少し早かったかな?」


 誰もいない森の中でニオンは一人呟いた。

 あの奇っ怪な面を着けた男と、ここで合流する約束をしていたが、到着するのが早かったようだ。

 ここは森のやや深い位置で、ニオンがいつも修業を行っている場所である。

 時には、ここで野宿をして鍛練に勤しむこともあり、数日間も屋敷に帰らないこともあった。

 おそらく、物心がついて以来ここにいる時間の方が長いだろう。

 そんな、ニオンには目的がある。

 それは正位剣士しょういけんしになること。

 その地位を手にして、自分は英力を持たないからと言って、けして出来損ないではないと証明することが目標であった。

 ……母が産んでくれた、この身は断じて劣る者ではない。それを証明して、母を安堵させる。それが彼の心の内であった。

 そう考えに耽っていると、ガサガサと茂みから物音がした。


「……ふむ、数が多い。十、いや二十くらい」


 ニオンは、みしりと木剣の柄を握り立ち上がる。


「ギギギィ!」

「グゲゲゲ!」


 周囲から聞こえてくるのは、醜悪な笑い声のようであった。

 ここは森の中、ならばそれらが存在するのは必然である。とくに、ここら辺は多く現れる。


「ギョギョギョ!」


 薄汚い声とともに奴等は茂みから現れた。

 子供ぐらいの背丈で、醜い緑色の魔物。ゴブリンであった。

 弱い魔物ではあるが数が揃うと厄介者である。そして、この場にいるその数は二十匹以上であった。


「数は予測できていた。まあ、こんなものだろう」


 多数のゴブリンに包囲されているにも関わらず、ニオンは冷静に周りに目を向けた。

 弱小魔物ゴブリンとは言え、子供がどうにかできる相手ではない。

 ましてや十匹以上にもなると、並の冒険者でも手こずりかねない魔物。


「グゲゲゲ!」


 ゴブリンどもは笑うことしかできなかった。

 こんな森の中に子供が一人。襲ってくださいと、言わんばかりの眺めである。

 だが、その少年はこんな状況にも関わらず恐怖した様子は見せず、ゴブリン達を値踏みするように見つめるだけであった。


「そう言えば、当て身の鍛錬用に利用していたゴブリンが死んでしまってねぇ。ちょうど良かった、お前達を生け捕りにして、補充しておこう」


 そう言ってニオンは木剣を構えた。

 ……はたして、彼は普通なのか?

 多数の魔物に包囲された子供が、そんな台詞を言えるものだろうか。


「ついでに、もう一つ伝えておこう」


 ニオンは正面に立つ一匹のゴブリンに目を向けた。


「ゴブリンは鍛錬用具以外にも利用方法がある。ゴブリンからは利用できる素材は得られない、一般ではそう認知されている」

「……グエ? ……ギィ」


 ニオンは言葉を続けながら、大胆にズカズカと目の前にいるゴブリンに歩み寄る。

 さすがに、やや不気味に感じてきたのかゴブリン達は一歩後退した。


「私は、ここで野宿することがあってね。無論のこと食糧が必要になる。山菜や果実、時には蛇や蜥蜴を捕まえて食した」


 修業目的で森に籠るため、ニオンは生存道具は必要最低限と決めている。

 そのため食糧は自力でどうにかしなければならなかった。

 あえて過酷な生活をすることで、強靭な精神力を身に付けようと考えたのだ。


「しかし常に獲物がとれるとは限らない。そんな中、ゴブリンを一匹仕止めて、何かに使えないかと考えたんだ。ちょうど空腹だったのでね、とは言えなまではとても無理だ」

「……グェゲ?」


 言葉は通じないが、この少年が普通ではないことにゴブリン達も気づき始めたようだ。

 醜い緑の怪物達は警戒しながら、ニオンから距離をとる。


「そこで頭部を黒焼くろやきにしてみた。味は酷かったが、腹は満たされ気力もみなぎってきたんだ。分かるかい? ゴブリンの頭の黒焼は滋養強壮に優れている」


 そう言い終えた刹那、ニオンは目の前にいたゴブリンの背後に回り込み、その緑色の頭と顎に手を添えた。そして、ゴキリと砕けるような音が森に拡散する。

 ニオンが手を離すと、頚椎を捻り砕かれたゴブリンがドサリと草の上に倒れこんだ。


「さて、どうしたものか。鍛錬用具どうぐか、それともくろやきにして粉末にしてみるか。二十匹以上は利用できる」


 木剣を確りと握り直し、ニオンは周囲のゴブリン達を冷たい視線で一望する。

 ゴブリン達は声も出せず、怯えるしかできなかった。

 さっきまでは自分達が襲う側と考えていた、しかし今は襲われるどころか捕食される側であることに気づいたのだ。

 

「おやおや、魔物を食うのか? お前は」


 ふと、いきなり森の中に声が響いた。

 そして、それはどこからともなく現れ、身軽な動きでニオンの目の前に着地した。ガスマスクを被った、渡世人のような大男であった。


「すまんな、遅れた」


 大男はニオンを一瞥し、そしてゴブリン達に目を移す。


「滋養があるとは言え、不味まっずいだろこいつら。小鬼こんなん食うなら、魔族のほうがうめぇぜ」

しょくしたことがあるのですか?」


 渡世人の言葉を聞いて、ニオンは問いかけた。

 それ以前に魔族は人間に限りなく近い種族のため、生け捕りにしたとしても食べようと言う発想は普通は生まれないが……。


「かなり昔の話だ。初代の魔王を捕まえてな。内臓なかみをくり抜いてめしをつめていて、食ってみたんだ」

「……初代魔王を捕まえた? どういうことですか、それに……初代の魔王など千年も前の話」

「それについては秘密だな、それよりもゴブリンどもを片づける。しばらく惑星ほしから離れるからな、少し暴れておくか」


 ガスマスクの男は腰に両手を回すと、二つの筒状の物を取り出した。


「……それは」


 それは初めて見る道具であった。ニオンは、その筒のような物をマジマジと見つめる。金属の筒と上質な木材を組み合わせたような道具、いや武器であった。

 筒の先端付近には、刺突や斬撃にも使えそうな斧のごとき刃が備わっている。

 ……刀剣の類だろうか?

 ニオンがそう思った瞬間、男は両手にしたその筒を前方のゴブリンに向けた。

 そして閃光が発生した。

 男が両手で握る筒から青白い塊が放たれ、それを食らった二匹のゴブリンが爆発して粉々の肉片とかしたのだ。


「今のは……いったい?」


 ゴブリンの肉片を見てニオンは小さく声を出した。

 魔術だろうか? 筒から小さな光の塊が放たれ、それがゴブリンを粉砕したのだ。見たまんまでは、それしか言いようがなかった。

 しかしゴブリンの肉片を見て、ニオンは何かに気づいた。


「……高熱の塊」


 肉片は焼け焦げ、なかには燃えている物もある。

 なにか高エネルギーの塊をぶつけられたようだった。


「見た目は古風レトロな馬上筒だが、内部機構なかみは高初速電離体プラズマ弾を発射する熱線銃だ。まあゴブリンに言っても理解なんかできんか」


 そう言いながらガスマスクの男は銃口を別のゴブリンに向ける。そして、また筒から高熱のエネルギーが発射された。 

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