ロイザーの血族

 メリルは正位剣士しょういけんしに囲まれたニオンを見て、あの数年前の悪夢を鮮明によみがえらせてしまった。

 この光景は、あの時に酷似している。あの時もニオンは包囲されていた。

 そして、騎士全員が殺され、自分も戦いに巻き込まれ死にかけた。

 あの想像を絶する苦痛と死の恐怖、今だにその記憶は頭の奥で蠢いている。

 思い出したくなかった記憶が一気におしよせ、メリルは恐怖に包まれ震え上がった。

 どう考えても今の正位剣士達では、ニオンを相手に勝てるはずがない、いや戦いにすらならないだろう。

 対魔王の戦力不足の穴埋めのために、未熟と分かりながら正位剣士の地位を与えた少年少女達とでは実力に差がありすぎる。虫ケラが竜に戦いを挑むようなもの。

 そして恐怖に加え緊張も生じる。相手は最高の勇者と最強の剣聖をも打ち倒した最凶の剣士。その最凶の剣士と幼い剣士達が一触即発の状態なのだ。

 もし、若さと純粋さゆえの正義感と使命感に捕らわれて子供達がニオンに斬りかかったら……。

 とにかく、この場を落ち着かせようとメリルは口を開いた。


「……け、剣士達よ。まず落ち着くのだ」

「女王様?」

「しかし、このような者を……」


 女王の震えた声に、少年少女の剣士達は首を傾げる。そして命令を聞き入れたかのように、剣士達はニオンから距離を離した。


「メリル様、いつまで英雄の威厳にしがみつく、おつもりですか? 現実を受け入れて、全てを公表するべきではありませんか」


 ニオンの言葉に、メリルは表情を曇らせる。

 彼の言っている公表すべき事とは、五年前にニオンが引き起こしたあの惨劇のことだろう。

 それを隠蔽するためにも、当時の事を知っている者達の記憶を英力によって書き換えたのだ。国と英雄達の栄光を保つために。

 そのメリルの英力により、ニオンはただの逃亡中の犯罪者としか周囲には認識されていない。そのため人々の反応が乏しかったのだろう。


「お前に何の関係がある!」

「このまま魔族を放置しておけば、隣国にも影響が出てしまいますので。そう、私が今移住している国にもです。それに今回の戦いについては、どうするおつもりでしたか? また国の人々に、ありもしないことを刷り込むつもりでしたか?」

「……ぐぅ」


 メリル言葉を詰まらせた。

 たしかに今回の戦いで、事実魔王軍を打ち倒したのはニオンが所属する雇われ屋だ。

 彼等がいては、真実をねじ曲げることはできない。

 ことを上手くおさめるには、彼らの手柄を譲ってもらうか、彼らを抹殺するかの二つ。どう考えても両方不可能だ。

 メリルが苦悩していると、清らかな声が響き渡った。


「やっと、見つけましたよ兄上!」


 すると、その場にいた幼い正位剣士達は隊列を組んだ。そして列の中央に道を作るように左右に別れる。

 その道を堂々と歩いて来たのは、銀髪の美少年だった。

 身長は一六〇センチ程で、細身、白い肌、中性的な顔をしている。


「ねえ見て! ミース様よ!」

「なんて美しいの! とても異性には見えないわ!」

「剣聖候補にして、正位剣士の剣士長けんしちょう。そして天使と謳われる美貌」


 少年の姿を見るなり、貴族の女性達は騒ぎ立てた。

 そんな声を気にした様子はなく少年はニオンの正面で足を止め、長身の彼を見上げた。二人の体格差はかけ離れていた。

 そして向かい合うなか、最初に口を開いたのはニオンだった。


「久しぶりだね、ミース。まだ私を兄と呼んでくれるのかね?」

「よくも、こんなところに堂々と顔がだせましたね。罪を受け入れず、逃亡者と成り果てたあなたが……」


 そう言うとミースは剣を抜くなり、剣先をニオンの首筋に当てた。

 しかし、ニオンは穏やかに会話を続ける。まるで、懐かしんでるようであった。


「多くの事を学び、剣聖候補と呼ばれるまでに到ったのだね。しかし、まだ鍛練は必要だ」


 するとニオンは自分に向けられている剣先をいきなりに握り、力を込めてポキリと折ってしまった。折れた刃がカランと床に落ちる。

 とてつもない握力であった。


「……な、なぜです、兄上? なぜ母上をあやめたのですか?」


 落ちた刃を見て一瞬だけ驚愕するミース。しかし、気を取り直しニオンに問いかけた。


「私が本当に母上を殺したと、思っているのかね?」

「父上から聞かされました。突如錯乱したあなたは、父上に襲いかかり、その後母上を殺したと……」

「……そうか、あの男に……」

「貴様! よくもぬけぬけと、姿を見せられたものだな! 数年間、どこに逃げていた!」


 二人の話のさなか、突如怒号が響き渡った。

 少年少女の剣士達の隊列を掻き分けながら、ニオンとミースに近づいてくる姿があった。

 それは長身で白髪、真っ白な仮面で素顔を隠した男であった。


「……父上」


 激昂する仮面の男を見つめて、言葉を発したのはミースであった。

 彼の父上と言う言葉を聞いて、ニオンの目付きが鋭くなる。そして仮面の男に、その鋭い視線を向けた。


「あれから、そのような仮面をつけて生活していたのですか?」


 ニオンの言葉に、仮面の男は吠えるように口を開いた。


「なんだと! 全ては貴様のような悪魔のせいだ! わしの顔を切り刻み、自分の母を殺し、あまつさえ罪を受け入れず逃亡しおった! 貴様はロイザーの名に永遠に払拭できぬ泥をぬったのだ!」


 それを聞いてニオンは、忌々しそうに口を開いた。


「よくそんなことを堂々と口に出せますね。たしかに、あなた……アドル・ロイザーの顔を斬り裂いたのは私だ。しかし母を死なせたのは、断じて私ではない」

「わしの名を口にするな! 貴様は息子でも、ロイザー家の者でもない!」

「無論です。私はロイザーの名を捨て、あなたを父などとは思っておりません」


 すると仮面の男アドル・ロイザーは我慢の限界が来たのか、体を震わせながら声を響かせた。


「貴様のような罪人と話すだけ無駄だ。決闘だ! ミース! その悪魔を殺すのだ! わしの顔を刻み、ロイザーの名を汚した悪魔を!」

「父上……分かりました。兄上、ぼくと戦ってもらいますよ」


 ミースは一瞬躊躇したが父親の言葉を聞き入れ、ニオンの足下に白手袋を投げつける。決闘の申し込みであった。 

 それを見て、ニオンはメリルに視線を向けた。彼女は小動物のように震えあがっていた。


「メリル様。彼らは、こうおっしゃっておりますがよろしいですか?」

「……しかし」


 メリルは決断に戸惑。だが、もう止められる状況ではない。

 そしてニオンは、ある提案を持ちかける。


「もし私が負けたら、今回の我々の功績と私の命をあなた方に差し上げましょう。しかし逆に弟が負けた場合は、事実を全て公表してもらいます」

「そんな無茶な! ……お前に勝つなど……分かった」


 もう彼女に選択の余地はなかった。

 事が上手くおさまるには、ミースが勝つしかない。それしか残されてなかった。

 ……しかし、ミースは彼に勝てるだろうか。

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